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第五章 鉄壁上司との同居⑦

「これで最後だからな」


タコと枝豆の洋風混ぜご飯に舌鼓を打っていると、目の前からそう声を掛けられた。


「大丈夫です。充分お腹いっぱいになるのでお替りは要りません」


混ぜご飯の入った茶碗を置きながらそう答える。

今日の献立にはメインのポークピカタの他にも、グリーンサラダ、ジャガイモのコンソメスープがあって、二人掛けのダイニングテーブルは料理でいっぱいだ。


「ご飯はまだある。最後なのは枝豆だ」


「ああ」


彼が何のことを言っているのかすぐに合点がいった。


期間限定の“模擬結婚生活”を決めたその日、夜になって台風が弱まったのを見計らい、高柳さんの車で荷物を取りに自宅へと向かった。


幸い私の住む地域は停電地帯に入ったすぐで、信号が点いていない大通りはあまり通らずに済んだ。それでも十分に気を遣いながら私の家まで運転をしてくれたのだと思う。


自宅に着くとやっぱり停電中で、停電中の注意事項などが書かれた張り紙が貼ってあるのを見ながら階段で自宅フロアまで上がった。


スーツケースに必要な荷物を詰め込んでいる私に、高柳さんは聞いた。


『冷蔵庫の中身も、持って行けるものは持って行こう』


いつの間に用意したのか彼は保冷バックを持ってきて来て、私に『冷蔵庫開けてもいいか?』と許可を取る。

電気がいつ戻るのか分からないから、冷蔵庫の中身を腐らせないように気を遣ってくれたのだろう。

そんな彼に、『いいですよ』と返事をしたあと『あ、でも』と言葉を続けようとした――が。


『なにもないな』


冷蔵庫の扉を開いた彼が、呆然と呟いたのが耳に届いた。


『ええっと、買い出しに行く前だったので』


『にしても、無さすぎじゃないのか?』


そんなことありません、とは言えなかった。


それもそのはず、高柳さんが開いた冷蔵庫の中は、まるで家電量販店の冷蔵庫売り場に並べてあるものと同じような状態だったから。


冷蔵庫のドアポケットには二リットルペットボトルの水の隣にマヨネーズのチューブがコロンと転がっている状態。電気が点かなくて暗くても、間違えようもないほどにスカスカだ。


冷蔵の正面に唯一詰まっているは――


『見事なビールコレクションだな』


呆れたのを隠そうともしていない声色に、私は若干自棄(やけ)になる。


『ありがとうございます』


『自炊はしないのか?』とは聞かれなかった。

牛乳やジャムすら入っていない冷蔵庫の中を見れば、聞くまでもないのだろう。


高柳さんは何も言わずに下段の冷凍庫に手を伸ばし、それを開けた。


『主食はこれか』


鉄壁上司の唸るような呟きをよそに、私は黙々と荷造りを進めて行った。



「青水の枝豆もこれで終わりだ」


あの日私の冷蔵庫に入っていた三袋もの冷凍枝豆を保冷バッグに入れ持ち帰った高柳さんは、解凍しかけのそれを自宅の冷蔵庫に収め、せっせと枝豆料理をあれこれと振る舞ってくれた。


「わさびのやつ、美味しかったです」


「ああ、わさび漬け。あれは簡単だ」


解凍してそのまま食べるという選択肢以外に、こんなに調理方法があるのかと感心するほど、彼の料理は多彩だ。

枝豆キッシュ、コロッケ、かき揚げ――

フードプロセッサーが登場してスープが作られた日には、もうただただ感動するしかなかった。


「あと枝豆ペペロンチーノは外せません。また枝豆買っておきます」


「……しばらくはいい」


低い声が返ってきた。


一緒に暮らし始めて一週間。彼との暮らしのペースが少し見えて来て、最初の頃は緊張しっぱなしだった私も、その糸を少しずつ緩められるようになってきた。


表情があまり動かないのは相変わらずだけど、それでも職場で見る他者を寄せ付けないような鋼の鎧は無く、口調や物腰が柔らかくなることからプライベートな空間で気を緩めているのが伝わってくる。


ここにいる彼は “鉄壁上司”ではない。


そう気付いたら、私も少しだけ肩の力を抜くことが出来た。




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