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第五章 鉄壁上司との同居⑥

『今日から三か月間、青水はここで暮らすことになったんだ』


一週間前、高柳さんはそう私に告げた。


『え? 今なんて?』


『青水はここに住む。遠山本部長の奥様との話でそう決まった』


『ええっ! そ、そんなこと勝手に決められても」


『じゃあ停電の間どうする? 他にあてはあるのか?』

 

『ホテルを探します』


『台風で足止めされたのは日本人ばかりではない。外国人旅行者も多く留まって、都内のビジネスホテルはパンク状態らしいぞ』


『っ、でも』


『それに万が一ホテルが見つかったとしても、それを知ったら遠山夫人はご実家からすぐに戻って来られるだろう。それどころか、イギリス行きも取りやめにされそうな勢いだったが』


『………』


『こういう有事の際のことを、ご夫妻は一番気にされているんじゃないのか?』


高柳さんの言葉に反論できない。


確かに佐知子さんは私のことが心配で、すぐさま九州から飛んで着そうな勢いだった。もしホテル暮らしが知られたら確実に自宅に呼びよせる為に返ってくるだろうし、イギリスに行った後日本に一人残る私のことを不安に思うのは想像に難くない。


『でも……』


だからと言って、再会した(であった)ばかりの上司の、しかも一人暮らしの男性の家に住むなんて出来るわけない。

今だってこうして二人きりの空間で向かい合っているだけで精一杯なのに。


『こう考えたらどうだろう』


黙り込んでしまった私に、その言葉は投げかけられた。


『これから三か月間、“模擬結婚生活”を送ると思えばいい』


『模擬……』


『ああ。お互いが結婚したと仮定して暮らす』


『仮定して暮らす?』


『そう。もちろん“模擬”だから本当の夫婦がすることは無し』


『本当の夫婦がすること』と言われ、すぐにピンと来ずに首を傾げる。すると目の前の彼は真面目な顔で『夜の夫婦生活だ』と口にしたので、思わず顔が赤くなった。

赤くなってしまったことが悔しくて、挑むような口調になってしまう。


『どうして、そんな必要なんて高柳さんにはないでしょう?』


『いや、そうでもない』


奥二重の瞳が真っ直ぐこちらを見つめる。


『三か月一緒に暮らしてみて、君から『高柳は仕事ばかりで結婚生活には向いていない』と遠山夫人に報告してほしい』


『え?』


『ここ最近似たような案件が多くて正直面倒だと思っていた』


“案件”とは見合いのことだろう。

男性にとっての適齢期を迎えた彼の所には、あらゆるところから見合いや紹介が舞い込むことはすぐに察せられた。


『遠山本部長にはとてもお世話になっているから、こちらから無下にすることは出来ない。君と会ったあの日は何も聞かされていなかったが、翌日電話で少しだけ君の事情を聞いたよ。ご両親を亡くされていて他に頼れる人がいないと』


そう語る彼の瞳はピクリとも緩まないが、その声色からこちらを慮る気配が伝わってくる。

私は黙って頷いた。


『停電中の君を助けることで本部長へ恩返しが出来るならそれに越したことはない。その上君から『結婚不適合』だと言って貰えれば、これ以上俺の所に余計な勧めが来ることはないだろう』


要は、停電で行くあてのない私を助ける代わりに、三か月間一緒に暮らして自分は結婚に向かないことを証言して欲しい、ということ。


そういうことか、と彼の言い分に納得した。でも、そう言われても男性との同居なんて私にはハードルが高すぎる。


『そんなの無理です』


そう言うために口を開こうとしたが、彼の言葉の方が早かった。


『君は遠山ご夫妻にいつまでも気に病ませたいのか?』


『っ、そんなわけ――』


『じゃあ彼らを安心させるためにも、俺の案に乗るべきだろう』


反論の言葉が出なかった。




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