第五章 鉄壁上司との同居②
高柳さんを伴って社員食堂に訪れた私たちは、多くの人の注目を浴びていた。
食券を買ってそれぞれのレーンに行く。カツカレーを選んだ幾見君とオムライスを選んだ大澤さんは丼のコーナーへ、日替わりを選んだ私と高柳さんは定食のレーンへ並んだ。
トレーを持ってレーンに並んでいる間、私は厨房の中の動きをじっと見ていた。
それは決してキッチンスタッフの動きに魅入っていたからでも、『早く自分の番が来ないかな』と思っていたわけでもない。四方から飛んでくる痛い視線の矢を気にしないようにするためだ。
私をそんな状況に追いやっている張本人である鉄壁上司は、特に話しかけてくることもなく黙々と私の後ろに立っている。
お昼ご飯に連れ立ってオフィスを出た時も、あちこちから鋭い視線を感じていた。
幾見君も整った容姿をしているので一緒にいるとよく視線を感じるが、今回のそれは比べ物にもならない。
イケメンで将来有望なエリートを両脇に揃えた私への視線は、あからさまな嫉妬羨望をはらんでいた。
一緒にいる大澤さんは既婚者なので嫉妬の対象にはならないようだ。
私は日替わりBの麻婆茄子定食を受け取ると、そそくさとテーブルへ向かう。先にメニューを取り終えた大澤さんがこちらに手を振っている。
「席、ありがとうございます」
「どういたしまして」
大澤さんはにっこりと微笑んだ。
彼女はオフィスでは上司としての私を上手に立ててくれているが、オフタイムになるとしっかり者のお姉さんの顔になって、今みたいに私のことを上手にリードしてくれる。
アッシュブラウンのウェーブヘアーをお洒落なシニヨンにまとめた姿は、同性の私も見惚れるほど色っぽくて、結婚していると知らない男性に声をかけられるのはしょっちゅうだ。
大澤さんの隣に腰を下ろすと、すぐにトレーを持った高柳さんがやってきた。目の前に置かれたトレーには鯖の味噌煮が乗っている。
「統括は鯖定にされたんですね」
「ああ。最近魚を食べていなかったからな」
大澤さんと高柳さんが日常会話をするのなんとなく不思議な気持ちで眺めていた。こんなふうに仕事以外の会話をする彼を職場で見るのは初めてだ。
「青水は麻婆茄子定食か」
「はい。茄子が好きなので」
「二番目か?」
高柳さんの台詞に思わず固まる。私の隣で大澤さんが「二番目?」と首を傾げた。
「いや、そのっ、順番は特に決めていません」
焦って私がそんなことを口走っていると、幾見君がやってきた。
「雪華さん、茄子が好きなんですか?」
言いながら高柳さんの隣の椅子を引く。
「……好きだけど」
「なんか不機嫌ですか?」
つっけんどんな私の返しに、幾見君は首を傾げた。
「腹が減っているんじゃないか?」
「……食べましょう」
目の前に座る彼を睨みたいのをぐっと堪えて、何でもない風を装い、箸を手に取った。
仕事中は厳しく“鉄壁統括”を謳われた高柳さんだけど、ランチの雰囲気は悪くはなかった。
彼は主に聞き役に徹していて自分から積極的に話を振ることは無いが、幾見君が気負いなくアレコレと訊いてくるのに真面目に答えたり、大澤さんとも大人同士の他愛無い会話をしたりと、思ったよりも和やかなランチタイムを過ごすことが出来たと思う。
始終あちこちから飛んでくる視線が無ければ、もっと楽しめたかもしれないが。
そうしてあらかたランチが終わりそうな頃、高柳さんは『所用があるから』と先に席を立ち『お先に失礼するよ』と食堂を出ていった。
カツカレーを食べ終わり追加のデザートに口を付け始めた幾見君と、まだ三分の一ほど食事が残っていた私と大澤さんは、先に立ち上がった上司を『お疲れ様です』と見送った。




