第五章 鉄壁上司との同居①
台風が過ぎ去った翌週。
台風がどんな被害をもたらしても仕事は待ってくれず、それどころか臨時休業で滞ってしまった業務を片付けるべく、私は週明けから忙しく動き回っていた。
台風十七号はあの日の昼前に関東に上陸し、東日本を北に縦断した。
暴風にあおられ転倒によるけが人が出たり、民家の屋根や作物を駄目にしてしまうような被害はあった。人命を奪うほどのものではなかったのは、不幸中の幸いだろう。
これまで台風が上陸することの少なかった東日本では、あまり台風への危機感を持っていなかった人も多くいるだろう。私だってその一人。
台風が秋雨前線を刺激したせいで起こった落雷と、暴風による電柱や電線に被害があり、停電は長引くということだ。こうして自宅を含む広範囲の地域が停電になるなんて思ってもみなかった。
台風一過から数日経った今でも、停電復旧の進捗や台風への備えへのニュースをやっていて、私も含め、被害に遭った方たちが一日も早く元の生活に戻れることを願いながら、毎朝のニュースを見るのが日課になっていた。
会社のビル自体への直接的被害は無かったが、この台風の影響で変更を余儀なくされた予定は多々あった。
その一つに、私たちが手掛けるプロジェクト【TohmaBeer-Hopping】の全体会議の日程があった。
「出席者全員とはもれなく連絡がついたのか?」」
「はい。先週末までに連絡の取れなかったさいたま支店の担当者からは昨日、首都圏第三支店の方からは今朝一番に連絡を頂きました。さいたまの方は今週金曜日の会議への出席は出来るそうですが、第三の方はご実家が被害に遭われたそうで、有休を取ってそちらにいっていらっしゃる為、別の方が代理で来られるとのことです」
「そうか。分かった。」
私の報告を受けた高柳さんは神妙にうなずくと、手元にあるノートパソコンの画面に視線を落とす。
彼のデスクは私達の島の向かいの窓側にあるが、期間限定の出向とデスク不在のことが多い為、ノートパソコン以外何も置かれていない。彼のデスクは無駄も余分も寄せ付けない彼の鉄壁な仕事スタイルを表しているかのようだ。
上司への報告を終えた私は、通路を挟んだ自席へと戻った。
「主任、お昼になりましたよ。社食に行きませんか?」
「うわ…もうそんな時間なのね」
大澤さんに声を掛けられて顔を上げると、オフィスの時計は十二時ちょうどになっている。
「俺も一緒にいきます」
そう言って入って来た幾見君も一緒に社員食堂へ行くことになった。
貴重品の入った小ぶりなポーチを引き出しの一番下から出し立ち上がった時、幾見君が窓の前のデスクに座る高柳さんに声を掛けた。
「統括も社食でご一緒にお昼いかがですか?」
幾見君の台詞に私は思わず動きを止める。
一緒に仕事をするようになって二週間が経つが、これまで一度も彼と昼食を取ったことはなかった。その理由のほとんどが、この時間に統括が自席にいることがなかったからだ。
大体彼は午前中の内に一回はホールディングスに行ったり会議に出たりして、戻ってくるのは私達が昼休憩から戻ってきた後のことが多い。
デスクに居る時には休憩に入るとここぞとばかりに女性社員がランチの誘いに群がってくるので、声を掛けるのも憚られるような雰囲気なのだ。
ちなみにランチのお誘いを成功させた人はいないらしい。
声を掛けられた高柳さんがパソコンから顔を上げる。
誘った張本人である幾見君を見た後、彼の後ろ側に視線を向ける。一瞬だけ目が合ったが、高柳さんはすぐに幾見君に視線を戻した。
彼が口を開く。返ってきた答えに、私は思わず驚いた。
「そうだな、折角だから一緒に行こうか」
予想とは反対の答えだった。




