第四章 思いがけない避難先⑦
「いただきます」
両手を合わせてからフォークを手に取り、オムレツを口に入れた。
「んん~っ!ほわほわれ、おいひいれふ!」
「落ち着いて食べてから話せ。何を言っているか分からない」
窘められたので、ちゃんと飲み込んでからもう一度口を開く。
「ふわふわでおいしいです」
「なら良かった」
「高柳とう…さんは、お料理上手なんですね」
数時間前と同じ間違いをしそうになって、慌てて言い直したら変な呼び方になってしまった。指摘されるか冷や冷やしたが当の本人はさして気にならなかったようで、「これくらい誰にでも出来るだろう?」と返ってきた。
「十分お上手だと思います。私、オムレツをこんなにふわふわに作れたことありませんよ?」
「そうなのか?コツさえ掴めば誰にでも作れると思うけどな…」
「そのコツを掴むのが難しいんですって」
ローテーブルを挟んでこんな風に朝食を取りながら彼と話をする日が来るなんて、思ってもみなかった。
大学生の時とは違う、今の彼のプライベートな姿。それは職場で上司と部下として仕事をしている時には見せることのない姿を見ることが出来るなんて、職場の女性達が知ったら確実に恨まれるだろう。
カミナリと台風と停電。まったく嬉しくないこの三つの要素が合わさって今の状況を生んでいるのだと考えると、何とも言えない気持ちになる。
「それにうちにはエプロンはありません」
さっき洗面台から戻ってきた時、キッチンに立っていた彼の姿を思い出す。
Tシャツにスウェットパンツというラフな姿に、ブルーのストライプのエプロンを身に着けていた彼は、とても素敵だった。スタイル抜群のイケメンはエプロンすらも着こなすのか、と思わず見惚れてしまったほどだ。
「エプロン、似合ってましたよ」
何も考えずに思ったことを口にすると、パンを片手に持っていた高柳さんが「ごほっ」とむせた。
「大丈夫ですか?」
何度かごほごほと咳き込んだ後コーヒーを口にした彼は、カップをテーブルに置くとこちらをジロリと睨んでくる。気のせいか耳の端が赤い。
「お前な……昨日の仕返しか?」
「え? 昨日?」
何か仕返しを考えるようなことがあっただろうか、と思い返してみる。何も思い当たることがなくて首を傾げていると、真顔の彼が言う。
「それとも据え膳喰わなかった腹いせか?」
今度は私が咽る番だった。
朝食を食べ終えてコーヒーのお替りを頂きながら、さっき佐知子さんから電話があったことを高柳さんに報告した。
「遠山本部長の奥様は心配していらっしゃったんじゃないか?」
「はい。私の無事を知ってほっとした様子でした」
「だろうな」
「それで…あの……」
「ん?」
言い出しにくかったが、佐知子さんとの電話でのやり取りを包み隠さず話し、電話を掛け直さなければならないことを伝える。そして私が言ったことの口裏を合わせて貰えるようお願いし、頭を下げた。
私の話を黙って聞いていた高柳さんは、私が話し終えるとすぐさま「分かった」と口にした。
「奥さんに電話を掛け直したらすぐに代わって欲しい。俺が話をしよう」
「お願いします」
その場で佐知子さんに電話を掛ける。コール音が三回目の途中で途切れ、彼女の声が聞こえた。一言二言だけ言葉を交わした後、すぐに高柳さんに代わる。
「高柳です。お電話お待たせしてしまい、申し訳ありません。――いえ、大丈夫です」
電話の向こう側の佐知子さんの声は聞こえず、ただ高柳さんが返す言葉だけが耳に入ってくる。
「はい」「いえ、そのことでしたら――」「ええ――はい。わかりました」
そんな遣り取りを幾度か繰り返した後、彼は私へと携帯を返してきた。彼が携帯を指差すから、まだ通話が繋がっているのだと分かる。
「お電話代わりました。雪華です」
《雪ちゃん! 高柳君と話を付けておいたわ。これで心置きなくイギリスにも行けるわ》
「え?」
(“九州に居られる”の間違いでは?)
それを問いかける前に佐知子さんは《じゃあ高柳君によろしく》と言って通話を切ってしまった。
「切れちゃった……」
【通話が終了しました】と書いてある画面を見ながら呟く。ひとまず佐知子さんを安心させられたことにほっとした。
「高柳さん、ありがとうございます。佐知子さんも安心してくれて、私も助かりました」
「それは良かった」
「でも申し訳ありませんでした、高柳さんにまで嘘を吐かせてしまって……」
「嘘?」
「はい…停電の間、私がこちらにお世話になるというふうに話を合わせてもらって……」
「ああ、それか。別に嘘はついていないから大丈夫」
「え?」
「いや嘘ではないが、真実でもないな。停電の間だけではなく、三か月間一緒に暮らすことになったらからな」
「ええっ!」
「今日から三か月間、青水はここで暮らすことになったんだ」
私にそう告げた高柳さんは、相談でも提案でもなく決定事項を告げる時に見る“鉄壁上司”の顔をしていた。




