第四章 思いがけない避難先⑤
ピピピッピピピッピピピッ
「ん……もうちょっと……」
アラームを止めようと、枕元にある携帯に手を伸ばす。指先に当たった感触だけで画面を操作する。鳴り止んだ電子音に安心して、枕に顔を埋めようとしたその瞬間
《雪ちゃん今どこにいるの!?マンションの停電は大丈夫なの!?》
携帯から聞こえてきた佐知子さんの声に飛び起きた。
「佐知子さん!」
寝起きのぼんやりとした頭が一瞬にして覚醒する。と同時に今自分がどこにいるのかを思い出した。
《雪ちゃんのくれたメール、さっき見たのよ。中々連絡がつかなくて心配したけど“大丈夫です”とあったからひとまずほっとしたわ》
「心配かけてごめんなさい…連絡も遅くなってしまって……」
《雪ちゃんが無事ならいいの。あなたに何かあったら、裕子さんに申し訳が立たないわ》
「佐知子さん……」
佐知子さんは亡くなった母の代わりに、いつも私のことを考えてくれている。そんな彼女には感謝の気持ちでいっぱいだ。
《それはそうと!雪ちゃんのところは今停電中なのでしょう?大丈夫なの?電気が止まると水も出ないわよね?どうしているの?》
マンションの浄化槽は電動の汲み上げ式で、電気が止まると自動的に水も出なくなる。佐知子さんが言っているのはそのことだ。
「えっと、それが……」
《私のマンションにいらっしゃい、って言いたいのだけど、実は今自宅にいないのよ》
「そうなんですか?」
《ええ。紀一君が赴任前休暇を取ったから今一緒に実家に帰っているの。しばらく帰れなくなるから、親孝行しておきたくてね》
「そうだったんですか」
《雪ちゃんが大変な時に近くにいれないなんて……そうだ、私だけでも一旦そちらに帰るわ》
「えっ、そんな、いいですよ。私は大丈夫ですから、しっかり親孝行してください」
佐知子さんと紀一さんは九州出身だ。国内に居てもなかなか実家に帰る時間はなく、せっかく親孝行できる機会を、私のことなんかで潰して欲しくない。
《でも今回の停電は長引きそうだってニュースでも言っていたわ。雪ちゃんは他に行くあてでもあるの?》
佐知子さんにそう言われ、私は思わず言い澱んだ。
(ホテルにいるって言えばいい?それともまどかのところに…いや無理か)
まどかが出産の為里帰りすることは、佐知子さんと前回のメールの時に近況報告がてら話したばかりだ。
《やっぱり私が帰るから――》
「あのっ、実は……」
佐知子さんの言葉を遮って、言葉が飛び出した。口にした瞬間、自分でも思いも寄らないことに、言った後から驚いてしまう。
嘘も方便とは言うけれど、それはあんまりだろうと我に返って訂正しようと思ったが、時すでに遅し。
電話の向こうから《一言ご挨拶したいから代わってもらえる?》と言われた時には、私の顔から血の気が引いていった。
佐知子さんには『またあとでかけ直すから』と言って、一旦通話を終了させた。
スマホの画面を見ながらしばし呆然としてしまう。
『あのっ、実は……今、高柳さんのご自宅にお世話になっているの。だから大丈夫』
確かに私はそう言った。時間を巻き戻してさっきの言葉をやり直したい。
暗くなった携帯を片手に、のそりとベッドから立ち上がった。




