第四章 思いがけない避難先③
ドクン――
心臓が大きく波打った。顔がみるみる赤くなっていくが自分でも分かる。
目を見開いて固まってしまった私には気付かず、彼はローテーブルの昆布おにぎりを手に取り、「いただきます」と言っておにぎりのフィルムを剥がし始めた。
(は、反則だわ……)
再会してから初めて彼が私に向けた微笑みは、私の心臓を鷲掴みにするのに十分な威力を持っていた。
心臓がうるさく音を立て、体がじわじわと熱くなっていく。
白いTシャツからⅤネックからのぞく鎖骨。筋張った逞しい腕。額に掛かる、サラリとした洗いざらしの髪。
職場では見ることのない、そして、あの“お見合い”の時とも違う、まったくのプライベートの姿。
今更ながら、高柳さんのプライベートな空間に二人きりでいるのだという現実に、私はひどく緊張しはじめた。
「どうした?食べないのか?」
一向に食べ始めない私に気付いた高柳さんが、こちらに顔を向ける。
床に座った彼は、自然とソファーに座った私を見上げる形になる。背の高い彼から見下ろされることが日常の私は、この初めてのシチュエーションに心臓が更に暴れ出すのを抑えられない。
「そうだ、ビールも頂くよ。折角のビールが温くなってしまう」
彼はそう言うと、プシュっという良い音を立てて缶を空けると、私に差し出した。
「え、」
「飲むんだろ?」
「――はい」
手を伸ばしてそれを受け取ると、彼はもう一缶も同じように開け、こちらに向けて掲げる。
一瞬だけ間を空けてその意味を理解した私は、差し出された缶に自分の缶を近付けた。
「お疲れ様」
コツン、と缶と缶を触れ合わせたあと、彼はグッと缶をあおった。
「……お疲れ様です」
空けてもらった缶に口を付ける。
【トーマラガー】は、しっかりとした喉越しとホップの香りが自慢の、私が一番好きな自社商品だ。いつもなら水のようにグビグビと三分の一ほどは一気に飲んでしまうのだが、何故か今はいつものように喉を滑って行かない。二口ほど飲んだビールをテーブルに置くと、私は目の前にあるチーカマに手を伸ばした。
「いきなりそれか、青水」
「えっ、ダメですか?」
「ダメ、じゃないが……それはつまみだろう?」
「今食べても後で食べても、お腹に入れば一緒ですよね?」
怪訝そうな顔をした彼に、首を傾げながら仕方なく別のものにも手を伸ばす。手に取った袋の両端を持って開封しようとすると、目の前の人がスッと立ち上がった。
「皿を取ってくる」
そう言うと、彼はキッチンへ向かって行った。
程なくして戻ってきた彼が置いた皿の上に、袋の中身をザザザッと全て出すと、こんもりとした緑の山が出来た。
「パンもあるのに迷わずチーカマと枝豆をチョイスする……青水の食生活はどうなっているんだ……」
高柳さんが皿から枝豆を一つ手に取り、呆れたように呟く。
「豆は体に良いのです」
「確かにそうだが、それより前に食べるものがあるだろう」
さっきから彼が怪訝そうにしている理由がなんとなく分かって来た。
「えっと、もう夜遅いので炭水化物はあまり必要ないかと……」
「ダイエットか? それこそ必要ないだろう?」
「………そういうわけでも……」
案に『太っていない』と言われたのは嬉しいが、別にダイエットの為に枝豆を食べるわけではない。
「枝豆が好きなんです」
事実を言えば納得してもらえるかと思ったが、敏腕GMを納得させられる理由ではなかったらしい。
それから私は、何か言いたげな視線から逃れるように、せっせと枝豆の山を制覇することに専念した。




