第三章 嵐は突然に⑦
デスクに置いてある鞄を取ってきたあとは、高柳統括の後ろを大人しく着いて行った。
黙ったままエレベーターに乗り、地下駐車場まで行く。駐車場はガランとして他の車はまったく無く、ポツンと置かれた黒い車が彼のものだとすぐに分かった。
「どうぞ」
「…お邪魔します」
二度目になる彼の車に慎重に乗り込む。
一度目も感じたが、彼の車には余計な物は何も置いておらず、ゴミやほこりも見当たらない。ものすごく高級な車ではないが、なんとなく汚してはいけないような気になってしまう。
運転席に座った高柳統括がエンジンを掛け、それからラジオをつけた。すぐに聞こえてきた台風情報に黙って耳を傾けた。
――台風十七号は、非常に強い勢力を保ったまま、きょうの午前中から昼過ぎにかけ東日本に接近または上陸し――
気を失っている間に、いつのまにか日付が変わってしまっていたようだ。
「私のせいでこんな時間まで統括をお引止めしてしまって、申し訳ありません」
「いや…大事に至らなくてよかった。急に倒れたから病気か何かと思ったから焦ったが」
「すみませんでした。……私、カミナリがダメなんです…トラウマがあって………」
「……そうか」
統括はそれ以上何も聞かずにいてくれた。
滑るように走る車。車の外は雨と風は強いが、深夜時間なので車は少なく道路は空いている。目の前で行ったり来たりするワイパーだけが、どこか忙しない。
短い遣り取りの後、沈黙した私たちを、窓ガラスを叩く雨垂れとラジオのアナウンサーの声だけが静かに流れていく。
――なお、落雷の影響で一部地域が停電となっており、現在復旧の目処は立っていないとの――
(あの時のカミナリのことかな……)
近くに落ちるほどのカミナリを経験したのはこれで二回目だ。
(もし統括が来なかったら私今頃……)
冷たい床の上に何時間も横になっていた上に、帰宅することも儘ならなかったかもしれない。
高柳統括には余計な手間を掛けさせてしまったが、助けてもらって本当にありがたい。
(今度ちゃんとなにかお礼をしよう)
頭の中でアレコレと考えを巡らせていると、「おい」と横から声を掛けられた。
「これ、青水の自宅の地域じゃないのか?」
「え?」
「今ラジオで言っている“停電地域”」
「えっ!」
さっきから同じ情報が何度も告げられていて、すっかりBGM化していたラジオの声に意識を向けた。
――停電している地域は以下の通りです。○○市△△区□□町、××町、◎◎町……
「うちだ……」
顔から血の気の引いていき、真っ青になる。
私が今借りているマンションはオール電化でガスはない。電気が通らないと真っ暗闇はもとより、風呂に入ることも調理をすることも出来ないのだ。
「なんで…どうしたら……」
完全に頭の中が真っ白だ。
「一旦落ち着こう」
隣から低く落ち着いた声が響いた。
これから何をどうすべきなのか全く以って分からずパニックを起こしかけた私を、落ち着かせようと彼は通りかかったコンビニへと車を向けた。
コンビニの駐車所に車を滑り込ませると、シフトレバーをパーキングに入れた彼は、シートに背中をもたせかけ、ふぅっと息をついた。
「あのカミナリが落ちたんだろうな」
「………」
エンジンを切ったためラジオも止まってしまったが、さっきまでの情報から、カミナリが送電線に落ちたことによる停電だということは分かっている。
「かなり広範囲での停電らしいから、このまま停電地域に向かうのは危険だ」
「どうして…」
「道路の信号も停電で消えているだろう」
言われてみればその通りだろう。そんな簡単なことにまで頭が回らない自分はやっぱりパニックになっているのだろう。
「交通量は少ないが、信号が消えている中を走らせるのは安全とは言えない」
「そうですね……」
結局帰宅不可能になってしまった。
「今から泊まれるホテルを探します」
「明日は始発から鉄道各社の運休が決まっている。すでにホテルは満室だろう」
「じゃあどうしたらっ」
思わず声を荒げてしまう。不安と焦りで思考と感情が制御しきれない。
「目的地を変更する。俺の家へ向かう」
淡々とした声で述べられたその言葉に驚いて、勢いよく右を向く。そこにはいつもと変わらず動くことのない端整な横顔があった。




