第三章 嵐は突然に⑤
始まったばかりの蒸し暑い夏日だった。
そこかしこから聞こえ蝉の声がこれから長く続く暑い日々を思わせる中、私は大学の授業が終わった後、待ち合わせをした#まどか__・__#と共に街にショッピングへ繰り出した。
まどかは私とは別の私立大学に通っていたが、路線が一緒だったこともあって、割と頻繁に会っていた。
初めての失恋をしたことをきっかけに、自分の外見に少しずつ気を遣うようになっていた私にとって、まどかは良いアドバイザーだ。
『ほら、ゆっかちゃん、これなんてすごく似合うと思うよ!』
『それはちょっと私には可愛すぎじゃない?』
『そんなことないってば!騙されたと思って試着してみてよ』
そんな遣り取りをしながらいくつかのお店を見て回り、目的の物もちゃんと購入出来た。休憩がてら入ったカフェで食べたチーズケーキが美味しくて、お母さんへの手土産にテイクアウトした。
まどかとの会話はずっと途切れることなく、楽しく過ごした私たちは夕方六時を回ったところで帰路に着いた。
『通り雨でも来そうな感じだね』
車窓から見える西の空は、どんよりとした黒い雲で覆われている。
『家に着くまでもつといいんだけど……』
梅雨が明け本格的な夏が始まったばかりの今日。日中は恐ろしいほどの陽射しが照りつける快晴だった。まさか雨に遭うとは思わないから、傘は持っていない。
高校の同級生であるまどかとは、最寄駅は三つしか違わない。まどかが降りる駅が来るまで話に花を咲かせた私たちは、空模様のことなどすぐに忘れてしまった。
まどかと別れ、自宅のある駅に降りた私は、駅から出た途端頭にポツリと冷たいものが落ちてくるのを感じ、空を見上げた。
さっきまですっかり忘れていた空は、もうすっかり暗くなっている。
『本降りになる前に帰らなきゃ……』
徒歩10分の自宅まで、私は足を速めた。
――ピカッ
辺りが一瞬明るくなって、しばらくすると『ゴロゴロゴロ』と嫌な音が聞こえてくる。
『うわっ、カミナリ!』
強くなる雨足と鳴り出したカミナリに、私は全速力で駆け出した。
家まであと少しというところで、ザァザァと本降りになった雨。時折聞こえる遠雷が、だんだん近づいているのが光と音の間隔から分かる。
濡れないようにチーズタルトをしまったかばんを胸に抱きかかえながら、水しぶきが跳ね返るのも気にせずに、ひたすら家まで走って帰った。
『ただいまっ!もうやだ、びしょびしょ』
髪から雫がぽたぽたと垂れ、着ている服がじっとりと重たい。
鍵を開けて入った家の中には、母の気配はなかった。
『お母さん、今日も残業か……』
母は早ければこの時間には帰宅しているけれど、大抵残業をしてから帰ってくる。
帰宅する母が、この雨に遭っていないといい。
『お母さんは大丈夫か…』
保険の営業員をしている母は、仕事柄鞄の中に折り畳み傘を常備していると聞いたことがある。
母のことよりもひとまず濡れ鼠状態の自分を何とかしなければと、風呂場へ直行した。
手早くシャワーを浴び、濡れた髪を一つにくくってリビングに行くと、窓の外がまた光った。数秒後に大きな音が鳴り響く。
『ゴロゴロ』から『バリバリ』という感じに変わった音とその感覚の短さに、カミナリがさっきよりも随分近いことが分かる。
カミナリが近付く中、家に一人きりという状態に、私は少しだけ心細くなってきた。
『お母さん……早く帰って来ないかな……』
心細さを埋めるように、声に出して呟いてみる。
『そうだ、メールしてみよう』
鞄に入れっぱなしだった携帯電話を取り出した、ちょうどその時
着信音が鳴り出した。
『うわっ』
驚いて思わず携帯が手から滑り落ちそうになる。
なんとか落下するのを防いで携帯を見ると、そこには知らない番号が。見ると市外局番からの番号から始まっている。
『誰だろう……』
登録していない番号の電話にはあまり出たくない。けれど、市外局番を見ると近隣の市のようなので、もしかしたら大学関係かな、と思い出ることにした。
『はい…』
『青水さんの携帯電話でお間違いありませんか?』
『はい、そうです』
『私は県警察―署の――と申します』
『え、』
“警察”の二文字に体が硬くなる。
(警察の方がなんの用事で――)そう思った次の瞬間、告げられた言葉に私の頭は真っ白になった。
『え、今なんて……』
自分の耳がおかしいのかと思って、聞き直したその時
カーテンの隙間から眩しいほどの閃光が走る。あまりの眩しさに目を眇めた、と同時に『ドーーンッ』と地響きのような音と振動が来た。
『すみません…カミナリで良く聞こえなくて…今なんて』
何処かに落雷したと思われるほどの雷鳴が鼓膜を振るわせているが、私の耳には電話口から聞こえる警察官の声で埋め尽くされていた。
『青水裕子さんが事故に遭われて、病院に搬送されました』
母が搬送された病院名を告げると、電話はすぐに切られた。
私が携帯電話を握りしめたまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。




