第三章 嵐は突然に②
「できる男は仕事に無駄がありませんね」
彼が去っていった方を眺めながら幾見君が呟く。
「お忙しい方なのよ」
統括は当社と親会社子会社を繋ぐ橋渡し役だ。ここでの事案をホールディングスへと上げなければならないから、行ったり来たり忙しい。
「ホールディングスの方での会議もありますしね」
頷きながら言った幾見君の隣で、高速でキーボードを叩きながら大澤さんが口を開く。
「仕事がデキル上にあれだけイケメンでしょ?まだここに来て二週間だっていうのに、すでに彼を巡っての競争はすごいものになっているらしいわよ」
「みんなこのチャンスを逃したくないんでしょうね。」
「二人ともそろそろ仕事に―――」
「雪華さんは?」
噂話に盛り上がる二人を仕事に戻そうとした私の言葉を、幾見君が遮る。
「何が?」
「高柳統括のことですよ。狙おうとか思わないんですか?」
「……思わないわ」
「そうなんですか?」
少しホッとした顔をした幾見君の隣から、タイピングの手を止めた大澤さんが私の方を見た。
「私は主任と統括はお似合いだな、と思いましたけど?」
「「えっ!?」」
私と幾見君の声が重なった。
高柳統括と私が“お似合い”だなんて、他の人から見たらびっくりなのだろう。自分でもそう思うから「そんなことないわよ…」と口にする。
「そうですよ、雪華さんにはあんな冷徹仕事人間じゃなくて、もっと優しい男性がいます!」
上司の私に気を遣ったのか、幾見君がそう言ってフォローを入れてくれる。
(そんなに焦らなくても私は気にしてないんだけど……)
そう思いながらも、一生懸命な彼の話を黙って聞いていた。
「しかも高柳統括は、仕事だけじゃなくてプライベートでも容赦ないらしいですよ?」
「ああ、あの噂ね」
「あの噂?」
大澤さんが口にした『あの噂』が、私には何の事だか分からない。
「主任はご存じないですか?高柳統括が陰で“鉄壁統括”と呼ばれていること」
「アイアンGM……」
「言い寄ってくる女性達をことごとく冷たく振っているうちに、そんなあだ名がついたらしいんですよ」
「冷たく振って……」
なんだか想像に難くないな、と思っていると、今度は幾見君が声のトーンを落として話し出した。
「食事に誘ったりしてきた女性に『貴女に興味はありません』と断ったり、雑談をしようとすると『仕事以外に貴女に割く時間はありません』と途中でバッサリ」
「そうそう。受付の森山さん。外出から戻ってきた高柳統括に声を掛けただけで、『こんなことに時間を使う暇があれば取引担当者の顔と名前を完璧に一致させてください』ってお説教までくらったらしいです」
「あの社内のアイドルの森山さんに!?」
幾見君と大澤さんが口々に話す内容に、私はただ目を丸くして聞いているだけだ。
森山さんは二階の総合受付担当の女の子で、このトーマビルで一番の美人だと噂で、男性社員の間ではアイドルのような存在らしい。
「まあ、仕事中もまさに“アイアンGM”ってかんじですよね。ちょっとやそっとじゃ動じそうにないですし」
「たしかに……」
二人は頷き合っている。
「だから雪華さんはやめておいた方がいいです」
いきなり話を振られたので、反応が遅れてしまった。
じっとこちらを見つめてくる瞳に、何か物言いたげなものを感じる。何が言いたいのだろう、と思っていると、彼の隣の大澤さんが口を開いた。
「でも私は、イケメン統括とクールビュティな青水主任。仕事の出来る者同士、ピッタリだと思いますけどね…」
「クールビュティ……」
そんな風に言われるとは思ってもみなかった私は、思わず固まった。
「あら、ご存じないですか?主任、本社では“仕事の出来るクールな美人”って、男性たちに人気があるんですよ?ねぇ、幾見君」
「まぁ、そうですね……」
なぜか少し不満げな幾見君を見て、大澤さんは「ふふっ」と笑う。
それから彼女は私の方に視線を戻して、話を続けた。
「主任だって思い当たることの一つや二つあるんじゃないですか?食事のお誘いとか合コンとか」
大澤さんの指摘に思わず言葉が詰まる。
たまに―――本当にたまにだが、社内の男性に食事に誘われることがある。
その都度丁寧にお断りしているが、あれが大澤さんの言う『人気がある』ということなのだろうか。
「社内恋愛はしない主義なの」
短くそう言うと、なぜか「えぇっ!」と幾見君が大げさに驚いた。
「そんなことよりも、そろそろ仕事に戻りましょう。山のように出された仕事が終わらないわ」
私の言葉に二人とも「そうですね」とため息をつくと、ミーティングルームを片付けはじめた。




