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第二章 『はじめまして』をもう一度①

気付くとカレンダーは十月になっていた。

やっと残暑の厳しさが少し和らぎ秋を楽しめる季節になって来たというのに、今度は太平洋の向こうから次々にやってくる台風のせいでお天気は今ひとつ。鞄の中には折り畳み傘が欠かせない。


満員電車に揉まれること数十分。毎朝のことながらも、出勤するだけで疲れてしまう。

生まれ育った町から引っ越してきて一年以上経つというのに、毎日の満員電車にも、いつまでも涼しくならない都会の暑さにも、一向に慣れそうにない。


気合を入れ直す為に途中のカフェでコーヒーをテイクアウトするのも、仕事に向かう儀式のようになっていた。



都内某所にある自社ビルには、私の勤める【トーマビール株式会社】の本社だけでなく、親会社である【Thomaグループホールディングス株式会社】と、飲料や食品などを扱うグループ会社などの本社が入っている。


グループの全体のロゴである【Tohma】という文字が入った二十階建てのビルの中に、スーツの群れが吸い込まれるように入っていく。

私もその群れの一部となって、流れに逆らうことなくエントランスをくぐりエレベーターホールまで辿り着いた。


「雪華さん、おはようございます。今日も素敵ですね」


「おはよう、幾見君。いつも言っているけど、ここは職場よ?きちんと名字で呼んで」


私に声を掛けて来たのは、後輩の幾見侑吾(いくみゆうご)

入社三年目の彼は、この春ここ本社マーケティング本部に赴任してきた。新入社員の時から二年間ほど関東エリアの営業支部に勤めていて、その時の彼の営業成績は営業全体の中でも群を抜いていた。三年目でマーケティング本部に大抜擢された若手エースだ。


「職場じゃなかったらいいんですか?」


「……そもそも職場でしか会わないでしょ?」


彼が隣に立っているだけで、周りの女性からの視線を感じている。

それは彼の能力もさることながら、その整った容姿のせいだろう。


百七十センチ後半はあろうかという高身長。

紺色のスーツの中のシャツとネクタイの組み合わせはいつもどこかお洒落で、スラリとした体躯によく映えている。緩くウェーブのかかるアッシュブラウンの髪を軽く後ろに流していて、今どきの青年そのもの。


エースな上に彼の見栄えも合わさって、彼は赴任するなり周りの女子の注目を集めているのだ。


彼はそんな自分を知ってか知らずか、月曜日の朝っぱらのエレベーターの前で気軽に私を誘ってくる。


「そんな冷たいこと言わずに。あ、そうだ俺、インスタ映えする海鮮バル知ってるんです。今夜一緒に行きませんか?」


「週初めから飲まないから」


空いてない、とは言わない。空いていてもいなくても、はなから行く気はないのだ。インスタにも興味はない。――海鮮は好きだけど。


「じゃあ、今週末は、」


「……週末は予定があるの。というより、職場(ここ)でしか会わないって言ってるでしょ?」


周りの女性からの鋭い視線がチクチクと刺さってくる。


「つれないなぁ、雪華さんは。ま、それも魅力の一つなんですけどね」


「胡麻を()っても何も出ないわよ。あと、呼び方。次は返事しないわよ」


エレベーターのドアから視線を外さずに低く冷たくそう返した。


ああ、周りの女性たちの視線が痛い。


色々なことに気付かない振りをしてやり過ごしているうちに、ポンと音を立てエレベーターのドアが開いた。


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