第四話【そして、変わっていく日常へ】
【スラム街、ラーメン屋】
「いらっしゃい! カウンターへ…今日はよく来るな。トウマ」
「あ、…うん。おなかすいた」
「財布見せろ」
「あ、うん」
ラーメン屋に入っていくトウマ。彼の特等席である、一番奥のカウンター席へと座る。店主の言葉を呆けた顔で受け答えする。店主は厨房からカウンターへと出て、トウマの服の中にある財布を丁寧に取り出す。その中身を見て店主はこう言った。あきれた顔だった。
「昼間と中身変わってねぇぞ。流石に、ラーメンは出せないぞ」
「え…」
「さぁ、帰った帰った」
「あ、うん…」
少し寂しげな表情を見せたトウマはカウンター席を立ち、トボトボと重い足取りで出口へと向かう。それを見兼ねた店主は大きいため息を吐き、トウマを呼び止めた。
「しょうがねぇな、お前は。トウマ。出してやるよ」
「あ…うん」
トウマは回れ右をして、カウンター席へとまた改めて座り直す。店主が厨房へ戻りながら、彼に問いかける。
「客から聞いたぞ。勝ったらしいじゃねぇか。おい。なんでだ」
「…ほぇ…?」
口を丸くするトウマに、また店主はため息を吐く。店主はトウマの耳に十分聞こえる声量で疑問を投げかけた。
「賞金だよ。あと、自分にも大金を賭けたらしいじゃねぇか。その金、どこにいった」
「………う?」
「………もういい。どうせ、お前の苦手なポーカーにでも全部擦ったんだろ。答えなくていいからな」
「あ、うん」
店主は喋りながら、ラーメンの調理を進める。その間、トウマは昼間と変わらず、厨房の天井を見上げていた。何を考えているのかさっぱりわからない、虚な目をしていた。そして、ラーメンが彼の前へと差し出される。
「ほい、お待ち。闘技場で勝った祝いだ。特製ラーメンだ。大盛りにしてやったぞ」
特製ラーメンに大盛り。そう聞いたトウマは昼間の時よりも素早い動きで割り箸を割り、具材達を堪能しながら麺を啜り始めた。それを見た店主はどこはかとなく嬉しそうに、視線をトウマへと向けながらチャーシューを切っていた。店主がトウマに感想を求める。
「美味いか」
「うん!」
彼はそう勢いよく返事をし、ラーメンの欲望に負けて箸をすすめる。その感想で満足して店主はほくそ笑み、チャーシューやネギを包丁で切っていった。
15分後、彼はラーメンをつゆ一滴も残さず平らげた。そして、トウマは店主へとお礼を言う。
「ありがとう。また、くる」
「おう。…あ、おい。腕は大丈夫か」
「………う?」
店主がまたトウマの元へと行くために厨房から出て、カウンター席で立とうとしてたトウマの右腕へと丁寧に手をかける。そして、腕をまくる。そしたら、彼の腕は赤くなっていた。念の為店主は、左腕もまくる。そちらは赤くなっていなかった。もう一押しするため、店主は彼の両足の服の裾をまくる。少しだけ、赤くなっていた。店主は心配そうな顔をして、トウマに注意した。
「客から聞いていたが、地塊王を使ったんだな。右腕は結構ダメージがあるようだが」
「だいじょうぶ。いたくない」
「だがな。赤くなってるのは、体が悲鳴を上げてる証拠だぞ」
「………たのしかったから、だいじょうぶ」
「楽しかったか。お前から、久しぶりに聞いたな。それに、覚えてるんだな」
「………う? おぼえているのは、あたりまえ」
「いつもスッとボケてるじゃねぇか。まぁ、動けるならいい」
店主はそう言って、厨房へと戻っていく。トウマはカウンター席から立ち、出口へと向かっていく。ゆっくりと。お腹がいっぱいになって足取りは重そうだが、彼の表情は満足そのものだ。出口前まで来たら、トウマが厨房にいる店主へと向かって、最後の挨拶をする。
「おやすみなさい。ゲンさん」
「おう。おやすみ」
トウマはそうして、ラーメン屋を後にした。
【スラム街僻地、とある大きな家屋】
ピンポーン、ピンポーン
トウマはある家屋の呼び鈴を鳴らしていた。すぐに、呼び鈴の横にあるスピーカーから声が流れる。
(どちらさんだ。…トウマ、お前か)
「とめてほしい」
(………入れ)
「ありがとう」
トウマは呼び鈴前から離れ、家屋の玄関先へと向かう。そして、彼が到着する前に家屋の主人が外扉を開け姿を現した。
「聞いたぜ。やっと追い出されたらしいな」
「うん…かなしい」
「悲しいのは俺の方だ…。前の部屋はそのままにしてる。上がれ。一年ぶりか」
「………わからない」
「………難しいことを言って、すまなかった」
家屋の主人は目線を伏せ、なぜか罪悪感に支配されていた。この二人は10年くらいの付き合いだ。もうトウマの性格はわかっていたと言うのに、忘れていたことへの罪悪感だろう。
家屋の主人とトウマは家屋の中に入り、リビングへと到着した。そして、家屋の主人は大きいソファーに座る。トウマへと指示を出した。
「そこの冷蔵庫にビールがある。とってくれ。お前も飲むだろう?」
「あ、うん。のむ」
トウマは家屋の主人が指差した冷蔵庫へと向かい、中を開けてビールを一缶取り出した。そして、家屋の主人が座っているソファーの目の前にある机に置く。家屋の主人はトウマにツッコミを入れた。
「………お前の分はどうした。10缶くらいはあったと思うが」
「………あぁ」
トウマは我に帰り、また冷蔵庫の前へと戻り中を確認して、もう一缶を取り出す。そして、また家屋の主人の前にビールを差し出した。また、家屋の主人はツッコミを入れる。
「………反対側の席の前にビールを置いてくれ。そこにお前も座って、一緒に飲むんだ」
「………あ、うん」
彼は家屋の主人の指示に従い、机の反対側にある椅子の前へと移動して、その前にやっとビール一缶を置けた。そして、彼もその前に座り、ビールの蓋を開けた。そして、彼はじーっと待機していた。家屋の主人は、その彼の長所の一つが無くなっていなかった事に満足して、二言だけの音頭を取った。
「乾杯」
「かんぱい」
二人がビールを喉へ流す。二人とも静かに、そこまで多くない口数で、小さな宴会が始まり終わっていった。
【トウマの自室】
外から陽が差し掛かる。トウマはそれに反応はするも、ベッドから出ようとしなかった。彼は二度寝をしようとしている。ちょうど、彼の自室の扉が開いた。当然、家屋の主人がそこにいた。彼は大きな声でトウマを叱る。
「朝だぞ。…おい! 怠けるんじゃない!」
「ねむい…」
「外に出たら、眠気なんて吹っ飛ぶ!」
そう言った店主はトウマが被っている布団をひっくり返す。トウマは争うことはできず、ベッドから転げ落ちる。そして家屋の主人はトウマに部屋の外へ出るよう促す。
「洗面台へ行って、顔洗ってこい! 歯磨きは新品を出しておいたから、それを使え!」
「いつつ、いたい…」
トウマはベッドから転げ落ちら拍子に頭を打ち、その場で悶絶している。それを見た家屋の主人がちょうどいいと手間を省けた嬉しさに顔を明るくした。
「それで目が少しは覚めただろ。洗面台に行くんだぞ!」
そう言って家屋の主人はトウマの自室を後にした。程なくして、トウマも家屋の主人の指示に従うため、洗面台へと向かった。その道中、洗面台の場所を忘れていたトウマは自室の前でぼーっとしていた。それに気づいた家屋の主人は彼の頭を引っ叩いて、案内したのだった。
彼らはリビングで朝食を取っていた。だが、彼は朝食は食べようとしなかった。家屋の主人は、また始まったかと呆れて、せっかく用意した食事を食べるように説得する。
「トウマ。食っていいんだぞ。何も見返りなんていらない」
「できない。いやだ。かねがないって、ゲンさんがいっていた」
「そういう所は覚えているんだよな。お前は…。それじゃ、依頼を受けて金を稼いでこい。後払いでいい」
「いやだ。それは、だめだ」
「…この朝食、どうすんだよ」
「かねをよういして、それからたべる」
「好きにしろ。面倒臭い野郎だ。お前は」
家屋の主人はそう言って、朝食を冷蔵庫へとしまう。トウマは席を立ち、この家屋から出て行き、依頼を受けに行こうとしている。その後ろ姿を見て、家屋の主人は見送った。
「いってらっしゃい」
「うん。いってきます」
【スラム街、依頼募集板】
今日は朝早く出て来れたものだから、貼り紙の数が沢山あった。その代わり、募集板の前には人も沢山いた。トウマに気づいた一人の男が、珍しそうな目でトウマに声をかけた。
「トウマ、早起きなんて出来たんだな。この時間帯で見たのは初めて見た」
「あ、うん」
「トウマ! お前向きの貼り紙があるぜ。お前以外、誰も受けないヤツだ」
違う方からもう一人の男が、トウマに声をかけてある貼り紙を指差した。ある『モンスター』の絵が描かれ、報酬は金貨50枚と書かれている。トウマはそう言われたものだから、他の貼り紙は見ないで、その貼り紙を引っこ抜いた。最初に声をかけた男が顔を青くしてトウマを止めようとしていた。
「おい。流石にそれはまずいんじゃねぇか…? 火吹き竜の討伐じゃねぇか…。地塊王のトウマだと言っても、骨すら残らないんじゃねぇか」
「あ、うん」
そう言われたから、トウマはその貼り紙を戻そうとした。だが、その依頼を提案した男はトウマの行為を制した。その男は何も心配はいらないといった顔をして、もう一方の男にある事実を話した。
「お前、新人か? それともモグリか? 知らないなら、教えてやるよ。こいつは、『王竜』を一人で討伐した奴なんだぜ」
「それって、3年前に討伐された、伝説級の『モンスター』じゃないですか…!」
「おう。そんな格の違う竜を倒したコイツに、そこらへんの雑魚竜が相手になると思うか? 俺らからしたら、バケモンだがな…火吹き竜は…」
先輩の方の男はそう言って、トウマを送り出そうと背中を押して、現地へ向かうように押し出した。トウマはそれに抵抗はせず、トボトボと現地へと向かっていった。貼り紙にあるマップを頼りにして。
先輩の男は後輩の男に耳打ちする。あまり大声では話せない内容のようだ。その耳打ちを後輩の男は承諾する。
「地塊王って言ったな。お前。あれを使う時は、決まって条件があるんだよ。今回は使わないだろうし、『王竜』の時でも使わなかった」
「ま、マジですか…!」
「あぁ。あいつの二つ名は『ギャンブル喰らわれ』。なぜ、こう呼ばれていると思う?」
「え…。ギャンブル好きって事ですよね?」
「それは合っている。あいつの家系は皆、ギャンブル好き、いや、ギャンブル依存症の連中だ。身包み剥がされている代も合ったそうだ。俺が言いたいのはそういう事じゃない」
先輩の男が声を更に潜める。後輩の男は聞き逃さないとして、耳を更にそば立てる。
「地塊王を使う時、あいつは自分の命を賭ける時にしか使わない。『王竜』は100年以上もこの辺りを苦しめてきた。その相手にすら地塊王を使わなかった。この意味がわかるか? 『王竜』には地塊王を『使う必要がない』レベルの相手だったって事だ。それは、命を賭ける必要がなかったって事。星全体の猛者が『王竜』には敵わなかった。皆、死んでいった。そんな相手すらも生身で討伐した。…この星でとびっきりの怪物なんだよ。トウマは」
「…」
後輩の男はトウマの後ろ姿に視線を向ける。先程の話が嘘だと、信じることができなかった。だって、あの後ろ姿はどっからどうみても、怪物だと思えない程に華奢な後ろ姿だったからだ。
【スラム街僻地、とある大きな家屋】
トウマは依頼を成功させ、家屋へと向かっていた。朝食を無駄にしてはいけないと、食べに帰る為に少しだけ急いで帰った。彼の身なりには切り傷も何も見当たらない。朝出立した姿そのもの。何も、外傷はなかった。依頼なんて受けて来なかったのではないかと錯覚してしまう程。彼の手には報酬の袋を握り締めていた。その中身は金貨50枚。今度は寄り道はせず、一直線に帰路に着いていたのだ。それくらい、彼の中では食に関して、優先事項が高かった。
彼は家屋の外扉を開け、家の中へと入っていく。リビングには…家屋の主人はいない。彼の自室は場所がわからない。彼は10分程悩んだ。彼は思い出した。外には、彼の仕事場である工場があるという事を。彼は急いで、工場へと向かっていった。
トウマが工場へと着いた手前、外からでも聞こえる程の怒鳴り声が聞こえた。この声は家屋の主人だ。よかった。ここにいたと、彼は少し安堵した。家屋の主人の怒鳴り声は続く。
「冗談じゃねぇ! 宇宙の為に命を捧げるかも知れねぇんだろ!? 俺はもう、そういった連中を見るのが嫌だから引退したんだ! 他を当たれ!」
「まぁまぁ。そう言わないでくださいよ。他に、この宇宙で天下一品の腕前を持っている射撃士なんて居ないんですよ。最後の頼みです。これを成し遂げないと、俺ら全体がお陀仏になっちまいます」
「みんな一斉に死んじまうんだろ!? それなら、別にいいじゃねぇか! 何も思い残せるものなんて無くなるんだからな!」
「息子さんや、娘さんの墓も無くなってしまうんですよ」
「それは…! あいつらはもういない。お前、俺をブチギレさせたいのか!?」
「まだ居ますじゃないですか。墓の中に、それに、ジョゼさんの中で生きてるじゃないですか。それじゃなんで、この工場に刻まれているネームプレートは何ですか。それも、目がつきやすい場所に」
「…テメェ!!」
家屋の主人、ジョゼは中年の男性の胸ぐらを掴んだ。中年男性の表情は変わらない。頑なな意志を感じる。その中年男性の後ろに小さい金髪の少女が慌てふためいていて、もう一人は姿勢を崩さずに背筋をピっと立てて無表情で静観している。
トウマはその空気を読めないから、ジョゼへと近づいていく。それに気づいて、金髪の少女がトウマに気づいて、こちらへと向いた。その少女の瞳は赤く猫目のように瞳孔が縦長だった。トウマにはその瞳を見て、何も感想が頭に浮かばなかったのだった。
多くの作品の中、最後まで読んで頂きありがとうございます。
この外伝は本編のパラサイト・ヴァンパイアに繋がっていく作品です。
トウマは本編でどう活躍するのか、良ければガリア編から読んで頂ければと思います。本編のガリア編の1話から連動します。
気になる方は、本編の最初から読んでもらっても構いません。
お好きにください。
それでは、よろしくお願いします。
星野アリカ