第三話【地塊王】
地塊王を身に纏ったトウマが南門側で仁王立ちし、闘技場の観覧席に座っていた観客達はほとんどが席を立ち、大歓声を上げている。闘技場内のテンションはフルスロットル。今か今かと、闘技者達の戦いが始まらないかと待ち望んでいた。その中、その場には似つかわしくない子供達の姿もいた。どうやって侵入したのか、服装や肌の汚れから見ても、富裕層の親御さんの子供ではなさそうで、スラム街から来た捨て子なのではなかろうか。その子供達はトウマへと声援を送っていた。その表情は両手を縦に激しく振っているのが似合い、トウマに夢を追い求める満ち満ちとした明るい表情だった。
「すっげ〜! トウマ兄ちゃんの地塊王だ! 3ヶ月ぶりに見た! かっけ〜!」
「トウマさ〜ん! そんなやつ、けちょんけちょんにしちゃえ〜!」
「今日は見れるのかな? あの技!」
「怪我しないでね〜! お兄ちゃ〜ん!」
一人は自身の興奮で彼の勇姿を褒め、一人は闘技者達の戦闘を早く早くと待てずに自分の拳を何発も前で殴るジェスチャーをし、一人は彼の技を観れるのかと羨望の眼差しで見つめ、一人は彼の身を案じて声援を送る。他にも、子供達は数名確認できるが、その子供達の声援も似たようなものだった。トウマは立ち位置的には彼らのヒーロー、正義の味方のように見えている事だろう。それ程、トウマの姿は子供達の憧れの的。控え目に言わなくても、カッコイイ姿だった。
アリーナ内に戻り、黒い怪物は依然と相手を咆哮している。トウマは両拳を握り締めたまま地面へとつけ、駆け出しのダッシュを意識し、クラウチングスタートの姿勢をとる。視線は、黒い怪物の咆哮の風圧で目を背けたくなる圧を感じるというのに、黒い怪物の実力を期待してか、目を全力で開き口元を横に目一杯開いている。その表情はまるで、戦闘狂のような笑顔だ。ここで、実況席で、彼も興奮してか、実況者のジャンが戦いのゴングを鳴らそうと身振り手振りを激しくさせる。
「皆様、ご準備はよろしいでしょうか! 私の準備は整っております! 今からお手洗いに行く方はご愁傷様! あの闘技者二人を5分待たせることはできないでしょう! 私の号令をかけなくても、すぐにでも戦い合いそうです! 一触即発の状態だぁ!!!」
実況者のジャンの言葉は、ただ単に彼が早く乱闘を見たいからという理由だけではない。それも本質ではあるが、アリーナ内の二人は今にも飛び合いそうだ。ジャンは自身の仕事を全うしなければならない。彼の仕事の一つ、ゴングを鳴らす。
「それでは!!! お願いします!!!」
と、ジャンがゴングを鳴らすと思っただろう。だが、彼の近くにゴングはない。観覧席の上部、ゴングが設置されている開放された部屋があった。彼がその部屋の主人であるスタッフに声をかけ、そのスタッフは手元にあるバチを思いっきり振りかぶり、目標を定め、金属でできた大きなゴングを鳴らした。場内にゴングの轟音が響き渡る。
「試合、開始!!!!!」
そして、戦いの火蓋が切って降ろされた。最初に動いたのは黒い怪物、ガンマパニッシャーだった。
「うぉぉぉぉおおおお!!!」
低い地鳴りのような声を咆哮させて、トウマへと激しく突貫する。トウマは快く、その挑戦を受け入れる。クラウチングスタート姿勢のまま地面を両腕で強く叩きつけ、前方へと急加速をつけたまま跳躍する。そして、その反動で姿勢がクルッと一回転をし、ガンマパニッシャーと接敵する前に回転を終えて左腕を叩きつけようとする。その標的は、ガンマパニッシャーはトウマにストレートを叩き込もうとしていた右腕だ。両者の打撃が標的通りに着弾する。その破裂音は凄まじく、観覧席から波動が届く程だった。観覧席にはもちろん女性もいて、その波動を体に浴びてしまい、その場で卒倒する者もいた。気絶してしまったようだ。近くの観覧者は女性の一大事だというのに、見て見ぬふり。全員がアリーナで起きている戦闘に目を離さない。なぜなら、勝負というのはいつ終わるのかわからない。もしかしたら、次の攻撃のやり合いで終わるかもしれない。そう思うと、誰もが優先事項を更新させる。アリーナ内の、二人の姿を目の当たりにしようと。実況者が声を荒げる。
「なんという破裂音なんだぁ! 二人は人間か、人類か、はたまた怪物かぁ!? 人間が到達するとは思えない、破壊力を私達に見せつけてくれたぁ!!」
ガンマパニッシャーが自身の右ストレートを着弾したのを確認するまでもなく、次に左ストレートを標的に繰り出す。力を溜めるでもなく、無反動で突き出した。トウマもその提案を応じ、彼は右ストレートを同様に無反動で迎え入れる。またも、拳同士が交え、闘技場内に波動が広がる。ガンマパニッシャーは狼狽えない。次々に、パンチの殴打をしようと構える。その彼の姿勢を見て、トウマは声をかける。
「いいぜぇ…! 乗ってやるよ…! お前の手札が何枚持っているか、見せろ…!」
右、左、右、左、右、左、右、左、お互いがお互いに拳を包み隠しもせずに乱打する。徐々に、徐々に、その乱打はスピードを上げていく。右、左、右、左、右、左、右、左。16発の殴打手前では、一般人の目では乱打をしているのかどうか目で追えないスピードだった。実況者が困惑する。
「見えません、見えません、見えません! 二人の両腕が残像となっているぅ! これはどういうことだぁ! 破壊力だけじゃなく、スピードも人外なのかぁ!!」
その乱打は続く。その後は目算にして、10秒ほど。その間に80発程のラッシュのやり取りがあったと、後々のスローカメラで計測されたという。
お互いの拳は無傷、とはいかなかった。拳から悲鳴を上げてきているのは、ガンマパニッシャーの方だった。全長2m程の体躯以上の筋肉で纏った両腕の拳が、170mいかない位の身長で細身のトウマに打ち負けていたのだ。ガンマパニッシャーが後ろへ身じろぎする。実況者が驚愕する。
「うう、うあぁぁあああ!」
「ガンマパニッシャー選手が後退したぁ! これは、トウマ選手が上手だったのかぁ!? 拳は潰れてしまったのかぁ!? いえ、血は出ていない! 骨がイカれたかぁ!?」
ガンマパニッシャーは咆哮を上げる。威勢は失せていなかった。だが、両拳からは血は出ていないものの、中の骨へと打撃が届き、満足に拳を振るうのを躊躇っている。その有様を見て、トウマは意気消沈するわけでもなく、感情のベクトルを上げていった。
「その両腕の、お前のそこの手札はもうわかった! まだあるじゃねぇか! 両足がよぉ!!」
トウマはガンマパニッシャーを煽る。ガンマパニッシャーは自身の足を見て、ニヤリと笑った。そうだ。まだ自身には武器があった。『凶器』があった。彼は地面を蹴り、距離を詰める。そして、トウマの胴体へと回し蹴りを試みる。トウマは…防御しなかった。その彼の凶器を受け入れたのだ。その打撃音は、拳のものとは比較できない程の衝撃音だった。観覧者の熱気が上がる。歓声が上がった。ガンマパニッシャーは悪者の笑みを浮かべ、トウマを憐れみる。実況者が興奮して、声を裏返りながら実況する。
「なんだなんだなんだ! さっきの破壊力は油断させる為だったのかぁ!? 流石のトウマ選手も、これではぁ!」
「ザンネンだったな。オレのほうがツヨい」
「その手札でか…?」
トウマはニタリと、ガンマパニッシャーの顔を見た後、彼の足を見る。彼のスペックを目視でも改めて確認しようと。見定めが終わった後、次にガンマパニッシャーの胴体を確認した。そして、彼の顔をまた見た。
「お前の四肢の手札はこれで全てか? どうなんだ?」
「アマく、ミルな!」
ガンマパニッシャーはトウマの胴体に入っていた右足の回し蹴りを再開し、横へと吹き飛ばそうとした。トウマはその反動を受け入れ、真横へと飛んでいく。トウマは空中を滑空しながらも、両腕を地面へと突き刺して減速させ、地面へと足をつけた。トウマは姿勢を整える。そして、彼は両腕を天高く突き上げた。その光景を目の当たりにした。実況者が熱を上げていく。
「お、おぉ!!! 見れるのか! 見れるのか!! 見れるのかぁ!?!? トウマ選手のお家芸!! 地塊王の技がぁ!!!」
トウマは両腕を真上から真横に展開させ、コの字の様に拳を前へと突き立てる。そして、彼の両肘から、エンジンのブーストに似た、激しい風圧が前へ前へと発進しようと圧力をかける。だが、トウマは動かない。両足で踏ん張っていた。彼の体がそのブーストに耐えているせいでユラユラと体が揺れる。トウマはガンマパニッシャーへ死刑宣告する。
「お前の腹筋、いい感じだったよなぁ…!!! その手札、魅力的だ!!! オールインしてやるよ! その手札、見せろぉ!!! これに耐えたら、俺の負けだぁ!!!」
そう彼は言い、地面から足を離して、フルブースト全開で前方へと急発進する。トウマの言葉を聞き、ガンマパニッシャーはほくそ笑んだ。その攻撃を一回耐えればいいのかと。ガンマパニッシャーには自信があった。彼の胴体こそ、1番の防御、鎧だ。彼がどんな悪行を重ね、パルスガンや艦砲をその身に受けたとしても、胴体はいつも無事だった。艦砲の際は流石に、背を向け身を丸めて、頭部と四肢を守ったものだが。だが、トウマの攻撃は艦砲レベルではない。ガンマパニッシャーはそう決めつけた。だから、防御はしない。むしろ、彼は両腕を広げて、胴体に当てやすいようにした。それが、彼の頭の悪さが故の失策だった。
トウマの拳がガンマパニッシャーの胴体へと到達する寸前。ガンマパニッシャーは本能で悟った。これは、受けてはいけない攻撃だと。理由はわからない。彼は考えるのが苦手だ。だから、本能に従い、トウマの繰り出す左スマッシュを避けた。だが、それだけではもう遅い。彼は死刑執行された。それは、揺るがない刑だった。
「左を避けてもよぉ…! 右があるんだからよぉ…!!」
左スマッシュを上手によけたガンマパニッシャーの胴体は右へと身じろいでいる。そこを、トウマの右スマッシュが到達する。トウマは叫んだ。全戦力を集中させて。そして、拳がガンマパニッシャーの胴体へと接した。
「オールイン・パイル・ドライバー!!!」
地塊王の右腕の装甲が守りを捨て扇状に展開し、中の構造が顕となる。右腕の内部構造はサスペンションが見え、拳の先へと圧力を更にかけようと前へと推進する。
ガコン!!!
地塊王の発したフルブーストの衝撃と、トウマの腕力と地塊王のスペック力が合わさった打撃力と、サスペンションからの推進力から得られる圧力によって、ガンマパニッシャーの胴体から先が打ち抜けられる。その破裂音は先程の乱打の比ではない。だが、その波動はガンマパニッシャーの胴体先の向こう側にだけ貫通していった。運よく、低姿勢から打ち上げた右スマッシュだったため、空へと波動が突き抜けていった。空に漂う雲が霧散していくのが確認できた。
そして、ガンマパニッシャーは床へと倒れた。彼の胴体は見た目だけでは無事に見える。だが、内部がどうなっているのかはわからない。その大事は、医者がどうにかする量分だ。闘技者であるトウマにとっては知ったことではない。実況者が声高らかに上げ、勝利者を称えた。
「試合、終了!!! 勝者は、トウマ選手だぁ!!! ガンマパニッシャー選手はどうなってしまったのか…! 医者が現地へと急行しています!!!」
実況者の言う通り、医者と何人かの看護師が駆け寄り、担架にガンマパニッシャーを乗せ、その担架を一緒に駆け寄った闘技場の男性スタッフが何人かで運ぶ。
トウマは空を見上げて、霧散した雲を見上げていた。そして目を閉じ、地塊王を解く。各々のパーツはトウマから離れ、空中で再度丸いプレートに変質し、彼の方へと戻った。
トウマは満足そうだ。そして、彼は南門へと向けて、歩を進める。この場での用事はもうなくなった。後は帰るだけなのだろうか。実況者が再度、声を上げる。
「皆様!!! この猛暑の中、足を運んで頂き、ありがとうございました!!! これにて、第3戦目は終了とさせて頂きます! 1時間後に、第4戦目が開催されます! 奮って、ご観覧のご参加をお待ちしております! それでは、実況のジャンがお届けさせて頂きました!」