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望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~  作者: SIS
The Beginning of Distortion, Inheritance of Wisdom ~巣窟迷宮の魔術師~

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第九十六話 秘密の共有


 歪みの力が大蝙蝠に炸裂する。


 怪しく紫色に輝く閃光が左の翼を包み込み、渦巻き状に空間を歪ませる。それは一瞬の事で、空間の歪みは刹那の間に消滅したが復元されたのは空間だけ。それに巻き込まれた蝙蝠の翼は無残に捩じ切られ、原形を留めていない。


 片翼を失った大蝙蝠が無様に地面に墜落する。その様子を見届けて、ヌルスはふぅ、と一息吐いた。


 杖に意識を向ければ、巻き付けていた触手がサラサラと灰に戻っていくのが見えた。本体に対するフィードバックはない。


 D・レイであれば、本体へのダメージは無視できる程度なので連射しても構わないのだが、アルテイシアの仲間達の前でそれをやるのは悪手だ。要らぬ疑惑を買うし、最悪出血に気が付かれて大騒ぎになる。今回はこの一発切りでいいだろう、とヌルスは判断し、杖を降ろす。


 それに今の一発で戦況は大きく変化した。


 大蝙蝠は片翼を失いもう飛べないし、瘴気はかなりの割合がD・レイの光の前に消滅した。やはりあの瘴気は極小の魔物だったらしく、歪みの魔力の過剰殺傷力は相当に応えたらしい。


 あの白い節足動物型の魔物が異常だっただけだ。並大抵の魔物は歪みの力に晒されれば抵抗する術を持たない。


 あとは、目撃者たちの反応がどうか、だが。


 半歩振り返って、ヌルスは仲間達の様子を伺った。


「「「…………」」」


 案の定、皆口を半開きにして硬直している。今目撃した事象を理解して飲み込むのに難儀しているようだ。アルテイシアを見ると、むふー、と胸を張ってご満悦の様子である。


 大蝙蝠に視線を向ける。ボスは地面に突っ伏してぴくぴくしているが、まだ致命傷という訳ではないらしい。早くトドメを刺した方がいいのではないか?


「ギィィ……」


《ああほら、言わんこっちゃない》


 のたりと大蝙蝠が身を起こしてくる。その目に宿る戦意が聊かも衰えていないのを見て取り、ヌルスは再び臨戦態勢を取った。


 片翼を失った大蝙蝠がどうするのか……内心そう考えて状況を見守っていると、突然ボスが無事な方の翼を大きく広げた。


 蝙蝠の翼は、鳥のそれと違い長く伸びた指の間に薄い皮膜が張ったような構造になっている。その皮膜が、見ている前でぐずぐずと溶けだし、消滅する。残るのは長く伸びた鞭のような指の骨だ。


《む》


 頭によぎった閃きに、ヌルスは警戒を露にする。


 翼を変化させた大蝙蝠は貧弱な二つの足で地面に立ち上がり、上体を逸らして右腕を振りぬいた。


「キシャアア!!」


 パァンッ! と空気の弾ける音。大蝙蝠の周囲の地面が打撃によって弾け飛んだ。


 ひゅるひゅるとしなやかにくねる指を手繰り寄せて、「今のはデモンストレーションだ」とでも言うようにボスが牙をむいて唸り声を上げる。


《これからが後半戦という事か》


 まさかの形態変化である。うねる指鞭にどことなく親近感を覚えつつも、ヌルスは杖を手に前に出た。


 こちらのメンバーは全員魔術師、直撃を受ければ大ダメージもありうる。鎧を装備したヌルスが盾になるべきだろう。大蝙蝠も、自らに致命打を与えた魔術師を一番警戒しているようだ。


 互いに狙いが噛み合っている。魔物同士、意思疎通は不可能であるものの申し合わせたように息を合わせ、同時に動く。


 大蝙蝠が再び鞭を振り上げ、ヌルスがそれを受け止めるべく杖を棒術のように構えた。


 戦いは決着の第二ラウンドに……と、思われたが。


「あ、そういうのいいので」


 ひゅん、とヌルスの前に割って入る、帽子を押さえた小柄な人影。ヌルスが止める暇もない。


 音速超過で振るわれる鞭の前に出た金髪の少女は、手にした杖から光の刃を伸ばした。


「アストラルセイバー!」


 ひゅひゅひゅん、と質量無き魔力の刃が薄闇の中、白刃の弧を描く。


 視界に焼き付いた残像が消えると同時に、ぼとぼとと地面に薄汚れた細長い肉塊が転がった。


 大蝙蝠の指だ。高速で振りぬかれた指鞭を、的確に切り落としたのだとヌルスは信じられない気持ちで理解した。同時に、痙攣する指先に自分の触手を重ねてひゅんと肝が冷える。何回みてもおっかない魔法だと、ヌルスは震え上がった。


「キィイィイ!?」


 苦悶の悲鳴を上げて後退する大蝙蝠。その視線は、半ばで切り落とされた自分の右指に向けられている。パチパチと音を立てて切断部位が灰になり、それを踏みしめて他のメンバーが前にでた。


「ちょーっと吃驚したし、あとで説明してもらうけど……」


「飛行能力も瘴気も無ければお前なんてものの数じゃないんだよ!」


「ファイアレーザー!」


 一斉に炎の攻撃魔術が放たれる。機動力も攻撃力も失った大蝙蝠にはもはや成す術もなく、その総身がたちまち炎に包まれた。


「ギィ……」


 最後に一声鳴き、松明と化した巨躯が床に崩れ落ちる。一瞬の後にその全てが灰となり、カランコロンと赤い魔力結晶が床に転がった。


《……強敵だったが、最後はあっけないものだな》


 魔物とはそういうものだが、ヌルスはしばし物悲しさを感じる。これは同じ魔物だからこそ感じる寂寞なのだろうか、ヌルスには分からない。


 何はともあれ、これで5層は攻略完了だ。


 周囲に立ち込めていた瘴気がたちまち晴れていく。澄んだ空気に満たされた小部屋に、青白く輝く転移陣の光が差した。


 一同を代表してアルテイシアが勝鬨を上げる。


「5層フロアガーディアン、これにて突破! ですね」


「だな。……んで、説明よろしくな?」


「はいはーい」


 流石に勢いで誤魔化されてはくれないらしい。一行の「説明! はよ説明しろや!」という視線を一身にあびながら、ヌルスはいそいそとアルテイシアの隣に移動した。だって怖いし。


「んー、何から話したもんですかねー?」


「まず一番に聞きたいんだけど、今のアレ、マジ? 本当に歪みの魔術なの?」


「それは保障しますよ。マジのマジです」


 アルテイシアの太鼓判に、一同が顔を見合わせる。さもありなん、魔術師の認識がアルテイシアから聞いていた通りなら、到底すぐに信じられるものではない。


「あー、言っておきますけど、詳細は秘密ですからね? ヌルスさんの研究なので」


「いやいやいや、それで済む話な訳ないでしょ!? 歪みの魔術に触れて無事って、魔術の学問全体がひっくり返る話よ!?」


「それに見たぞ、なんかヌルスさんの杖に巻き付けてあった素材が灰になったの。何をどうしたんだ?」


 やんややんやと疑問の声が飛んでくる。アルテイシアはその反応も想定済みらしく、落ち着いた余裕ある態度で「はいはい、手あたり次第質問しないー」と学友たちを宥めている。


「一言でいうとですね、私とヌルスさんの共同研究の結果です。最近、ヌルスさんと二人きりであってたでしょ? これの話をしてたんですよねー」


「はぁ?! あんたいつの間に……」


「最初から歪みの魔術の話をしてた訳じゃないんですよ。きっかけは、ヌルスさんからある事を相談されましてね。方法は門外不出なんですけど、ヌルスさん、ある秘術で生きたままの触手を切り落とす事ができまして。ほら、見せてあげてください」


 ちらり、とアルテイシアが視線で合図してくる。ヌルスは頷き、懐から分離触手の一本を取り出した。


 学友たちが目を丸くする。


「え、ええ?!」


「ちょ、動いて……固定処置されてない!?」


 ヌルスがウネウネ蠢くそれを差し出すと、おっかなびっくり三人がそれを受け取り、取り囲んで観察する。つついてみると反応したように動くそれに、エミーリアが肩を抱いて一歩後退った。対照的に男子二人は興味深そうに触手をぺたぺた触っている。


「まじかー。固定処置されてない触手なんて初めて触ったぞ。生きてるのかこれ」


「切断箇所に魔力結晶が埋め込んでありますね。いやでも、その程度の事で魔物の肉体を保存できるならとっくにやってますし……秘術? 興味ありますねえ」


 容赦ない手つきで弄繰り回される触手。感覚は繋がってないとはいえ、自分の一部であるそれにヌルスはなんだか変な気分になった。


 とはいえ意外と嫌悪感はないらしい。魔術師は最弱の魔物である触手をしばしば工業利用するからだろうか。


「しかし、面白いですけどこれが? ただの触手ですけど。そもそもどういう経緯で?」


「それを今から説明するって言ってるでしょ。実はね、皆も薄々察してたと思うけど、私は陰で歪みの魔術の研究をしてたのよ。どうすれば術者を反動から保護できるか、その理論値は計算上追求出来てたんだけど、それを実現する為の設備がどうしても用意できなくてね。そんな中、ヌルスさんが相談してきたのよ。自分はこんなの用意できるけど、こちらで運用されてる魔術基盤で何かに使えないかって」


「あー。なんかこそこそ変な実験してるなあ、と思ってたけど、そんな事してたの? 得体の知れない金属をフラスコで熱したり、薬液で溶かしたりしてたけど」


「その通りよ。皆目目星も立たないから黙ってたけどね」


 すました顔でいけしゃあしゃあと大ウソを吐くアルテイシアに、ヌルスは動きに出さないように触手の動きを制する必要があった。


 聞いていた話からするに、アルテイシアが陰でこそこそやっていたのは金属魔術のはずである。辻褄合わせのためとはいえ、よくもまあスラスラと話を入れ替えるものだ。ヌルスは感心した。


「へぇー、じゃあコイツのおかげで?」


「勿論それだけじゃ駄目よ。それに加えて、ヌルスさんが迷宮で見つけてきた杖もかかせないわ」


 しげしげと触手を摘まんで観察するエルリックにアルテイシアが説明を付け加える。


「ヌルスさんの捕まえてきた触手の活性保存と、特殊合金製の杖、ついでに杖の先端に取り付けてある飾りが簡易的な儀式場の効果を持ってるみたいでね。それに加えて、術者本人の魔力耐性が一定以上あれば、専用に調整した術式であれば歪みの魔術を発動可能な所までもってこれたの」


「魔力耐性……。じゃあ、アルテイシアも?」


「勿論。杖をお借りすればできますよ。まあもっとも、ちょっとあぶなかっしいのでもう少し理論を詰めてから再挑戦したいところですね。ヌルスさんに怒られてしまいます」


 その通りである。一度は成功したとはいえ、本人も危険性が完全に除去できていないのは認めている。そんな危ない橋を通るのは許可できない。


「え……アルテイシアで厳しい?」


「ヌルスさん、でもそれをあっさり使ってたよね……?」


「へえ……意外と」


 学友たちが揃って視線を向けてくる。その色合いは訝しむというより純粋な感心の色合いが濃く、ヌルスはこそばゆさと後ろめたさに鎧の中で触手を悶えさせた。


 真相を語る事ができないのがもどかしい。別にヌルスがアルテイシアより優れているとかそんな事は全くないのだが。


「ま、そういう訳です。今後もヌルスさんには協力して貰う訳ですが……はてさて。なんで今、このタイミングで私がこの事を皆にバラしたか、わかります?」


「んー?」


《え、何か思惑があるのか?》


 てっきりこれ以上隠し事を続けて怪しまれるより、限定的に一部を明かして疑惑を晴らすだけだと思っていたヌルスは兜を傾けた。それは仲間達も同じだったようで、顔を見合わせて首をかしげている。


「え、なんかあんの?」


「……あ。わかった。このままだと、この技術を確立しても学会に報告できない。そうでしょ? だって魔物の一部を生きたまま素材に出来ても、迷宮の外に持ち出せないもの」


「御名答!」


 機嫌よさそうに杖を振るアルテイシア。それを見て、ヌルスはようやく彼女の狙いを理解した。


「現状だと緩衝材としての生きた触手が必須ですからね。研究するにも、この持ち出し方法を見つけないといけません。とはいえ、そう難しくはないと思うんですよ。この通り、切り離された触手の一部を固定処置せずに生かす事には成功しているので、あと一押しあれば迷宮の外に持ち出せると思うんです。皆も、何かアイディアがあったら是非教えて欲しい訳ですね。あとエルリック、遊ばないの」


 指先で触手をぶんぶん振り回していた彼から触手を取り上げると、アルテイシアはそのまま自分の鞄につっこんだ。ロションは先ほどから難しそうな顔をしているが、エミーリアはどうやら乗り気のようだ。 


「なるほど。まあ、面白いんじゃない? 協力すれば当然、論文出すときに私達もいっちょ噛みさせてくれるんでしょう?」


「それは勿論」


「だったら決まりね」


 どうやら仲間三人、皆異論はないらしい。


 その様子を見て、アルテイシアがちらり、とヌルスに目くばせしてウィンクをする。


 魔物素材の迷宮外への持ち出し。それはすなわち、ヌルスの願望でもある。必ず存在するはずだ、と信じて探しているものの、ヌルス個人ではどうにもこうにもとっかかりすら見つかっていない。だが、アルテイシアだけでなく、その友人も協力してくれるとなると、単純に視野や情報源が大きく広がる。


 あくまで5層ボスを倒す為だけの切り札として歪みの魔術を用意していたヌルスと違い、アルテイシアはここまで考えてくれていたらしい。


 まだまだ果てしない夢だが、これでぐっと実現は近づいた。そうヌルスは感じた。


『ありがとう』


「いえいえ。さ、この話はこれまで。6層は目の前です、ちょっと拝んでから帰りましょうか」


 早速その場で色々意見交換を始める学友たちにパンパンと手を鳴らし、アルテイシアは部屋の奥の転移陣へと目を向けた。ヌルスも、聊かの緊張をもってそちらに視線を向ける。


 巣窟迷宮エトヴァゼルの第六層。果たして、そこに何が待ち受けているのか。

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― 新着の感想 ―
「そういうの、いいので」←ばっさりだ! 無情がすぎる、フロアボスが泣くぞ!? おもしろかったです。 いいですね、こういう、長すぎず、かといって短すぎもない戦闘シーン、かっこいいです。 で、話の進行も…
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