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望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~  作者: SIS
The Beginning of Distortion, Inheritance of Wisdom ~巣窟迷宮の魔術師~

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第九十五話 プランB



 そして翌日。


 すべての準備を整えた一行は、再び5層のフロアガーディアンの部屋、その前に集まっていた。


「作戦を確認します」


 一行を代表してアルテイシアが口を開く。誰もが黙って彼女の言葉に耳を傾けていた。


「今度の戦いはポジションが重要になります。瘴気対策はエルリックとロション、ボスへの攻撃はエミーリアとヌルスさん。私は各種フォローに回ります。ボスを速攻で倒せなければ長期戦になります。瘴気が人体に非常に有害である以上、守りの方に重点を置いて戦う戦略です。いいですね?」


 異論がない事を確認し、アルテイシアは一つ頷き鞄から一つの赤い球体を取り出した。


 4層で素材を集め制作した、今回の秘密兵器。木の実を割って中に薬品を詰め、わざと襤褸い木綿の布で包んだそれは、投げつければ衝撃で割れて中身を散布するようになっている。その中身は、刺激臭を放つ粉末だ。


 これが弓手達に教えてもらった対策だ。彼らの本来の戦場は狭い迷宮ではなく広大な山野であり、そこに住まう獣を何日もかけて追撃する。故に、獲物に対しマーキングを行う事でそれを可能としている。それに用いる道具の作り方を教えてもらい、中身は独自にアレンジした。


 本来のものではなく、魔術師であれば実験などで嗅ぎなれている薬品の匂いがするようにしてある。無味無臭の劇物毒物に後から追加する匂いであり、実験中にこれを嗅ぎ分けられなければ命にかかわる類の匂いなので、魔術師であれば大抵訓練を受けている。エミーリアでも、これを頼りに魔術の狙いを定める事は可能だろう。


 ヌルスもちょっと嗅がせてもらったが、至近距離で嗅ぐと感覚が馬鹿になりそうな強烈な匂いだった。多分、瘴気越しでも問題なく感知できる。


「投手は不詳この私、アルテイシアが務めさせていただきますね」


「一発しかないんだから外さないようにね」


「勿論!」


 腕まくりをして細い腕でガッツポーズをするアルテイシア。力こぶとか全くできてないのだが、大丈夫なのか。ヌルスはちょっと心配だった。


「じゃあ、ボス部屋に突入しますよ!」


 アルテイシアが杖を取り出して剣をそうするように振り回した。その杖の根元には、何食わぬ顔で触手がぴっちりと巻かれている。アルテイシアの手に渡って一日たつが、触手が灰に戻る前兆はない。通常の魔術行使であれば殆ど負荷になってないようだ。アルテイシアに言わせると「いつもより魔力の純度が高く感じる」との事で、緩衝材としては機能しているらしい。


 友人達は特に気にしていない。どうにもアルテイシアが自前で杖を改造するのはいつもの事なので、また何かやってるよ、ぐらいに思っているようだ。まさか生きた触手を巻き付けているとは思わないだろう。説明の手間が省けて助かる。


《まあ、私も人の事は言えないのだが》


 ちらりと意識を向ければ、ヌルスの手にする杖にも、持ち手に触手が巻き付けてある。ちょっと思う事があって備えているのだが、やはり通常の魔術であれば反動で灰になる様子は見られない。普段と違うかは……正直よく分からないというのが本音だ。アルテイシアに言わせると「魔物が魔術を使うというのは私達が思っているよりもイレギュラーなのかもしれませんね」という話だが……。


《まあいい。今は5層を突破するのが先決だ》


 顔を見合わせて緊張気味の一行を見やり、ヌルスも応じるように頷く。


 一度敗退したという事で緊張感はあるが、臆してはいないようだ。リベンジを挑むには良い精神状態だろう。


「いきます!」


 アルテイシアの音頭に合わせて一斉に小部屋に突入する。素早くポジションを確保する一行の前で、初めての時と同じように天井に青い光が凝集した。


「キケケケケ……」


 現れる全身にデスマスクを象った大蝙蝠の姿。初見では困惑や畏怖を誘うであるその姿に、アルテイシアはさしたる感慨も見せずにペイントボールを手に、投擲の構えを取った。


「……どっせい!」


『キケェ!?』


 アンダースローで投擲されたボールが、手首のスナップで高速回転しながらボスへと飛ぶ。狙いたがわず直撃したそれは衝撃で弾け、中から極彩色の粉末を吐き出した。途端に部屋に刺激臭が立ち込める。ボール直撃の衝撃よりも、突然広がった刺激臭にボスは困惑と苦悶の声を上げた。


《うわあ》


 ちょっとヌルスは同情した。


「ギェッ、キエッ、ゲホッ……キケエエ!!」


 ぐらり、と体勢を崩して天井から落下しかけるも、なんとか羽ばたいて立ち直る大蝙蝠。咽ながらもアルテイシアを睨みつけたその瞳が怒りに血走っている。叫び声を上げて強く羽ばたくと、その翼から大量の瘴気が噴き出して視界を塞いだ。


「エミーリア、どう?」


「大丈夫、見えてる。でも、時間をかけたら駄目そうね」


 くんくん、と鼻を鳴らして確認するエミーリア。ヌルスも同感だ。


 匂いが薄れる、という話ではなく、この高濃度の瘴気だ。壁や床をも浸食するこれらの中で、あの粉末が長時間残れるはずもない。あまり時間的猶予はなさそうだ。


「いいから早くやってくれ、なんかこないだよりも瘴気が多いぞ!?」


「まあ気持ちは分かりますがね……」


 押し寄せる瘴気を前に男子達から悲鳴のような声が上がる。必死に松明を振り回し、時にはファイアミストも併用して追い払うが、瘴気は押し寄せる壁のように取り囲んでくる。


 大蝙蝠の方は今回最初からアクセル全開の様だ。まあ、開幕とんでもない匂いのブツをぶつけられたのだから仕方ない話である。


「エミーリア!」


「わかってるわ、アイスミサイル!」


「ギェエ!?」


 アルテイシアの指示に応えるように氷の魔弾が放たれる。


 鋭い破片のような形状をした氷の魔弾は吹き荒れる瘴気混じりの突風にも散らされず、狙い通りに大蝙蝠へと襲い掛かった。


 命中。


 瘴気の向こうで翼に被弾した大蝙蝠が悲鳴を上げてバランスを崩す気配。


 仲間達から快哉が上がる。


「よっし! やった!」


「瘴気越しではあちらも魔力感知が出来ないようですね。まあ、僕らも見えないんだからさもありなんですが」


「ドンドンいくわよ!」


 言葉通りにエミーリアがアイスミサイルを連射する。氷弾が次々と瘴気の向こうに撃ち込まれ、ボス部屋に冷気が立ち込めた。


 ヌルスも攻撃に参加する。アイスミサイルの間隙を縫うように、アイスボルトを連続で放つ。アイスミサイルには劣るが、連続で命中すれば無視できないダメージになるはずだ。


 二人がかりで瘴気の向こうに弾幕を張る。だが……。


《む……》


 これだけ撃ち込めば、いくらフロアガーディアンでも耐えられないはず。だが依然として瘴気は健在で、戦いが終わる様子は見えない。それはつまり。


「エミーリア、当たってないみたいよ」


「狙いは見えてる! けどなんか手応えがない……寸前で回避されてる?」


 ヌルスから見てもエミーリアの狙いが悪い訳ではない。となると、単純に回避されてるとみるべきか。魔力感知が通らないはあちらも同じはずだが……と思いつつ、観察していたヌルスは、ふとある仮説を思いついた。


 ヌルスの想定では、この瘴気は魔物の集合体である可能性がある。そして、大蝙蝠はこの瘴気を翼から大量に発生させていた。この二つには強い繋がりがあるのではないだろうか。


 氷属性の魔弾は、確かに質量がある事から瘴気に強い。大蝙蝠の羽ばたきの突風に蹴散らされる事もないだろう。だが、炎や風の魔術、あるいは矢に比べればどうしてもその重さから速度が遅い。


 瘴気の壁を抜けるにも多少の時間がかかるはずで……その間に、大蝙蝠は瘴気を通じて弾道を把握し回避しているのではないか。


 あくまで予想にすぎない。だがもしそうなら、狙いが見えているのにこれだけ命中しない理由も説明が付く。


 困った事になった。こちらは短期決戦を挑んでいるつもりなのに、これでは戦いが長引いてしまう。


「む」


 瘴気の向こうで大蝙蝠が翼を強くはためかせる羽音がする。これまでと比較してもあからさまな程強い羽ばたき……大技が来る。


「アルテイシア!」


「分かってますよ……ファイアストーム!!」


 渦巻く瘴気が大竜巻となってこちらに向かってくる。それに対するように、アルテイシアの紅蓮の炎が逆巻いて迎え撃った。全てを蝕む腐食の渦と、焼き尽くす灼熱の渦が正面からぶつかりあって相殺する。


 一瞬だけ部屋に満ちる瘴気が晴れる。大竜巻が通り過ぎた床面は、グズグズに溶けたように腐食していた。が、それもすぐに満ちる瘴気によって見えなくなる。


《うっへえ》


 垣間見えた大技の破壊力に触手を巻くヌルス。風の圧力で腐食性の瘴気を叩きつける原理なのだろうが、まともに食らったらどんな頑丈な鎧をまとっていても一溜まりもなさそうだ。アルテイシア自らが対応要員として残っていたのはやはり正解だったようだ。


 しかしアルテイシアはらしくもなく、ちっと舌打ちをする。


「どうやら相手は根競べに持ち込みたいみたいですね。こちらの精神力を削って、時折大技を挟み込んで事故を狙う。頭が回るようで厄介です」


《どうやらそのようだ》


 はてさて、どうしたものかとヌルスは思案する。


 早いが質量のない魔術は突風と瘴気に相殺される。


 瘴気や風に影響を受けない氷の魔術は遅くて当たらない。


 正直言うと、どうやら手詰まりのようだ。これまでの攻略班の話では弓手がいればどうにかなる、という話だったが、それは遠距離攻撃手段があれば楽勝、という訳ではなく、弓手がこの大蝙蝠攻略に最適かつ欠かせない存在だった、という事らしい。


 ロションが困ったような声を上げた。


「参りましたね。魔術は弓矢の上位互換みたいな思い上がりが僕らにもあったようです」


「弓矢は弓矢、魔術には魔術。それぞれの利点と欠点があって別物ってことかぁ……。どうする、アルテイシア。もう一度出直すか?」


「そうですね……それも悪くはないのですが」


 ちらり、とアルテイシアが意味ありげに視線を向けてくる。ヌルスは軽く頷き返し、触媒を手早く交換した。


 紫色に輝く魔力結晶。杖の先端に煌めくそれを見て、事情を知らない三人が「え?」と目を丸くする。


「プランBでいきます。エミーリアはこのままボスへ攻撃を。奴が再び瘴気の竜巻を狙ってきたタイミングで仕掛けます」


『了解した』


 ヌルスも異論はない。予定通りにいかなかった場合にそなえ、最初からそのつもりで準備してきたのだ。が、アルテイシアには打ち合わせをした覚えはない。以心伝心という奴だろうか。


 とはいえ、事情を知らない友人たちにばらすのはこのタイミングで問題ないのだろうか。


 現に、魔力触媒の色合いだけで状況を察したメンバーがざわつき始めている。


「ちょ、ちょっと待って。いや、駄目だろ。その色の魔力触媒はさ……」


「アルテイシア、どうして止めないんですが。不味いですよ、あれは。ヌルスさんを殺す気ですか」


「問題ありません。考えようによってはよい機会です。いつまでも秘密にする訳にもいかないし、そろそろ皆にも見ておいてもらいましょう」


 仲間からの非難が飛ぶが、アルテイシアは涼しい顔だ。彼女の人となりをしっているメンバーが、困惑して顔を見合わせる。


 歪みの魔力に手を出すのは自殺となんら変わりない。しかし、アルテイシアがヌルスに入れ込んでいるのはパーティー全員の共通認識だ。であるならば、何か自分達の考えているのとは違うのかもしれない。これまでの信頼から、一行は少し様子を伺う事にしたようだ。


「まあ、アルテイシアが大丈夫っていうならいいけどさ……」


 納得はしていないとはいえ、そう決めたならあとは皆迷わなかった。アルテイシアの指示通りに、それまで通りにボスへの攻撃と瘴気の対策を続けながら機を疑う。


 ヌルスだけが、先ほどまでと違って攻撃に参加せずに神経を集中させている。少し緊張する……アルテイシア以外にそうと知らしめるのは初めてた。アトラス達は知識がないせいか、それと気が付かなかったようであるし。


 果たして受け入れてもらえるのか。少しの不安を抱えながら、ヌルスは合図を待つ。


 その時は思ったよりも早くやってきた。ヌルスが待機しているためボスへ放たれる魔術の弾幕弾幕の密度が薄く、思ったよりも早くボスが仕掛けてくる。


 瘴気の向こうでそれとわかるほど強く打ち鳴らされる羽音。腐食の竜巻が、来る。


 アルテイシアの合図が飛んだ。


「今です!」


『α Θ λ β』


 唸りを上げて迫りくる瘴気の渦。それを迎え撃つように、紫色の閃光が放たれる。


 瘴気の大渦は炎や風は勿論、質量を持った氷属性の魔術であっても打ち消すほどのものだ。本来は明かりを照らす程度の意味合いしか持たない魔術で突破できるものではない。


 だがしかし、アルテイシアとヌルスは知っている。


 歪みの力は、この世界の法則に縛られない。むしろ逆に、この世界の側を歪める力だと。


「うっそ……!?」


 エミーリアが驚愕の声を上げる。ロションもエルリックも声こそ上げなかったものの概ね同じく驚愕していた。


 歪みの閃光は、立ちはだかる腐食の嵐を、まるでそんなものは存在しないかのように一方的に打ち消して直進した。さながら紙に描いた絵を引き裂くが如く、何の影響もうけていない。


 そしてその向こうには、大蝙蝠の姿。自らの最大攻撃を正面から打ち消して向かってくる魔力の輝きに、大蝙蝠は目を見開いた。


「キケエエエ!?」




 

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