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望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~  作者: SIS
The Beginning of Distortion, Inheritance of Wisdom ~巣窟迷宮の魔術師~

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第九十三話 二人目の使い手


『安全が保障されていない。絶対に駄目』


「そんな事言わずに、一度だけ。一度だけ、ね?」


『絶対に拒絶』


 4層の迷宮の片隅で、奇妙な男女が揉めていた。


 一人は襤褸を纏った鎧男。もう一人は三角帽子とローブを身に着けた金髪の女魔術師である。


 すがるようにして「一度だけ! お願い一度だけでいいから! ね!?」と女が必死に頼み込んでいるのを男がすげなくあしらっている様は、一見すると痴情の縺れのように見えなくもない。


 最も、実体はまるで違うのだが。


『いいから絶対に駄目。諦めなさい』


 拒絶の言葉を記した日誌を振りかざしてアルテイシアを諫めるヌルス。だが彼女はどうにも諦めるつもりはないようだ。


「一度だけでいいんです! ほら、ヌルスさんだけが扱えても意味がないでしょう? 人間の私が扱えて初めて意味がですね……」


『その一度でアルテイシアの身に何かあったら取り返しが付かない。駄目ったら駄目』


「大丈夫ですって! ヌルスさんなら僅かなフィードバックもなかったんでしょ? 私の魔力量耐性、見た所ヌルスさんの数十倍のキャパシティがあるんですし大丈夫ですって!」


 拒絶するヌルス、嘆願するアルテイシア。話は堂々巡りである。


 人間が一度でも歪みの力で傷ついたらアウトなら、もっと調整と保険を重ねた上でなければ到底許可は出せない、というのがヌルスの言い分だ。確かにヌルスはアルテイシアにも使えるようにするつもりで実験を重ねたが、本当に実験するとなるとまだ拒絶が先に来る。やはり安全性を考えればまだ完璧には程遠いという気持ちが強い。


 一方、アルテイシアは現時点でも危険は無いと見ているようだ。ヌルスだからこそ用意できた特殊な杖と、生きた魔物の体という緩衝材を用いれば、たとえ歪みの力でも担い手へのフィードバックはほぼゼロに出来る見込みである。これは唯の願望ではなく、魔眼で確認した結論でもある。


 理論的にはアルテイシアの方が筋が通っており、どちらかというとヌルスの方が感情論なのだが、傍から見るとアルテイシアが我が儘を言っているだけにしか見えないのがおかしな点であった。


 いくらせめても一向に折れる様子の無いヌルスに、アルテイシアが歯噛みする。


 泣き落としが効かないと見て、彼女は戦法を切り替えた。


「く……。なんて頑固な……! でも考えてみてください、ヌルスさん。いいんですか? 理論と実績を見てしまった私が、もしかするとヌルスさんの目の届かない所で無茶をやるかもしれませんよ? そんな事になるぐらいなら、自分の目の届く範囲でやってもらったほうが安心できるんじゃないですか?」


《こ、この女……! 自分自身を脅迫材料にしてきた、だと……?!》


 よりによって守りたい相手が自分自身を人質に脅迫してくるという倫理感どこいったな現状にヌルスは激しい頭痛を覚えた。何がどうなってそうなる。


「さあー、どうしますヌルスさん? ふふふふ……今の私の理性は信用できませんよ? 本当にこのまま別れちゃって、安心できます?」


《え、何でいつの間にか立場が逆転してんの?! おかしくない!?》


 鎧の中でつっこむヌルスだが、残念ながらここにはヌルスの言い分に賛同してくれる常識人はいない。いるのは目の前の、何やら目の中に狂気が渦巻いている女魔術師一人だけだ。


 改めてヌルスは思う。


 死体の山を積み上げて歪みの魔術を研究してきた魔術師の歴史にドン引きしたしそれも今は変わらないけど、そもそも魔術師ってどこかしらおかしな人間の集まりなのではないか、と。自分自身の命より魔術探求の方が大事ってのがデフォルトなら目の前のこの惨状にも説明が付く。


 なんだか色々納得がいってしまって凄くヤな気分のヌルスだった。


 勿論そんな事はなく、この場でおかしいのはアルテイシアの方である。伊達に金属魔術とか発案していない。


《ええいもう、わかった、わかった! 確かにいつまでも危険を気にして足踏みしててもしょうがないし、当の本人が納得してるならそれでいいよ。でもちょっとでも危なさそうだったら取り上げるからな!》


 結局、折れたのはヌルスの方だった。しぶしぶ肩を落として分離触手を取り出すヌルスに、アルテイシアが目を輝かせた。


「やった! 有難う、ヌルスさん大好き!」


『安全は守って。少しでも違和感を感じたら中断する事。これを守れないなら本当に協力はしない。理解した?』


「もっちろん! 私だって別に自殺志願者ではありませんので!」


 ヌルスの差し出した分離触手を「やったー!」と両手でつかみ上げ、アルテイシアはいそいそと準備を始めた。やり取りの間も地面に突き立てていた杖の下に向かい、丁寧に触手を巻き付ける。普通に手慣れた手つきで、ヌルス本人よりも上手だ。時折ピンピンひっぱって触手の細さと長さを調整してるのには匠の技を感じる。


 ヌルスは困惑した。


『何か手慣れてない?』


「ん? まあ、生きてる触手を使うのは初めてですけど、こう、自分で杖を作ったりするのは珍しくないですからね。色々試す事もあるんです。特殊な糸を杖に編みこんで文様を作ったりとか、色々やりましたねー。その経験があるからですかね、手慣れて見えるなら」


 やはり魔術師というのは手先が器用じゃないとやっていけないものらしい。一応、人間の真似を出来たり自分でも小器用な自負があったヌルスだが、物を作る、という方向ではまだまだのようだ。ふーんと感心しながらアルテイシアの作業を見守る。


 丁寧に巻き付けられた触手はおとなしく杖に絡みついている。太さをアルテイシアが調整しながら巻き付けたのもあって、一見するとそういう装飾にしか見えない。大人しい触手の先端を良い子良い子、と撫でてやり、アルテイシアは杖に指をかける。


「よし、と。しかしこの触手の確保方法も、ちょっと気になりますねぇ。前提条件が唯一無二すぎるけど、何かに応用できないかな……まあいいや、それは後。じゃあ、早速……お、おもっ!」


《ああ、こら、言わんこっちゃない》


 杖を引っこ抜いた反動で後ろに倒れそうになる彼女を後ろから支えるヌルス。多少危なっかしいものの、アルテイシアは杖を抱えてその場を離れた。


 ヌルスが実験をしたのと同じ場所に立つ。そこからは、散々試し打ちで破壊された木々の様子が一望できる。森林破壊もいい所であるが、魔物がよってこないのはこの異様な破壊の痕跡を恐れているのかもしれない。


 そんな中からまだ無事な木に狙いをつけて、アルテイシアは杖を構えた。


《はい、これ。スクロール、使う?》


「あ、どうも。……ふふふ、デイライトかぁ。懐かしい。私も昔は通った道だなあ。そこにまた戻ってくるとは思いもしなかった」


 手渡された質素もいい所の魔術回路に目を細めると、アルテイシアは軽く唇を噛んで血を滲ませると、接吻するように契約を交わした。そういえば他人が契約するのを見るのは初めてだなあ、とヌルスはぼんやりとその様子を見守る。


「よし。じゃあ、いきますよヌルスさん」


『本当に気を付けてね』



「わかってますって、本当に」


 重たそうにアルテイシアが杖を構える。途端、その場に満ちる空気が冷たく冴え渡った。


 凛とした彼女の横顔は、先ほどまでの感情豊かな少女の顔から、冷たく作動する魔術機構のそれへと様変わりしていた。感情一つ伺わせない氷の相貌に、ヌルスは思わず魅入ってしまう。


 それでもやはり不安と緊張にか、しばしの沈黙が挟まる。


 やがて、彼女の艶やかな唇が、静かに言葉を紡いだ。


「α Θ λ β」


 耳に染み渡るような、魔女の祝詞。それにヌルスが聴き入ったのは一瞬、杖に嵌め込まれた触媒が怪しい紫色の光を放った。


《おぉ……!》


 その紫色の光の向こう、見えている杖の先端が歪んでいる。自分で術を唱えてる時は気が付かなかったが、この段階ですでに空間に歪みが生じていたようだ。


 触媒から歪みの魔力が引き出され、杖を駆け抜け触手を通り、アルテイシアの体に流れ込んでいく。それは止める間もない一瞬の事だった。


 励起した魔術回路に魔力が流れ込み、術式が発動する。


「ん……」


 わずかにアルテイシアが眉を顰める。


 その眼前で、紫色の光が収束する。渦巻きながら漂うそれは小さく小さく凝縮されると、一筋の雷光と化して標的の木を穿った。バリバリィ! と迸る紫の落雷によって、大木が倒れ炎上した。


 アルテイシアが目を丸くする。


「あ、っれえ? なんかさっきと違う感じに。雷属性っぽく……わあ!?」


 実験結果を吟味していた彼女は、しかし突然覆いかぶさってきた鎧姿にすっとんきょうな声を上げた。が、当のヌルスはそんな彼女に構う事なく、無遠慮にその肢体をべたべた触れて弄った。


「ちょ、ヌルスさん、くすぐった……、そこは駄目!!!」


《うべば!?》


 脇やら腕やらを触られてこそばゆくしていたアルテイシアだったが、その手が太ももに及んだのを見て顔色を変えた。容赦なく杖が振り下ろされ、ヌルスの兜を凹ませた。上から強打されてべちとヌルスが地面に潰れる。


「あっ。ご、ごめんなさい、大丈夫ですか?」


『大丈夫かどうかはこっちの言葉』


 謝るアルテイシアに、ダイイングメッセージのようにヌルスが地面に言葉を記す。それをみて彼女はようやくその事に思い当たり、自分の体をぺたぺたと触った。最後に、両手の指をしげしげと観察する。


「なんとも……ないですね。うん、なんともないです!!」


《よかった……》


 杖を掲げて「なんともなーい!」と繰り返すアルテイシアに、ヌルスはようやく緊張を解いて安堵した。見れば、杖に巻き付けた触手が、ハラハラと灰になっていくのが見える。


 どうやら想定通りに仕事をしてくれたようだ。


 自分の一部だったものに、あらためてありがとう、とヌルスは感謝を念じた。





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