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望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~  作者: SIS
The Beginning of Distortion, Inheritance of Wisdom ~巣窟迷宮の魔術師~

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第九十一話 新魔術でびっくり



 翌日。


 実験で破損した鎧を修繕したヌルスは、通風孔から少し離れた場所でアルテイシアの来訪を待っていた。標的にしてへし折った大木の幹を椅子にして、手元には書類の束。自ら認めた報告書の内容の確認に余念がない様子である。


 と、ぺらぺらと報告書を手繰っていたヌルスの籠手の動きが止まる。彼は報告書を一端置くと、杖を手に立ち上がり背後へと向き直った。


「ど、どうも、ヌルスさん。ちわ~……」


《やあ、アルテイシア》


 待ち人来たり。少し離れた背後に仲間たちを待たせて、アルテイシアが一人で佇んでいた。ヌルスが手を振ると、彼女もはにかみながら手を振り返してくる。


 どうやら一人で迷宮に潜るのも悪目立ちするので、なんだかんだ理由をつけて皆で来たようだ。アルテイシアの友人達は二人が合流するのを見送ると、揃って踵を返す。男子二人はお喋りをかわしながら早々に立ち去り、最後尾のエミーリアがぺこりと頭を下げて、先に行く男子の後を追って森の奥へと消えていった。


「皆は最寄の安全地帯を拠点にちょっと5層ボス戦のリハーサルをするそうです」


『なるほど、了解。しかし何て言って誤魔化したんだ?』


「ヌルスさんに何か切り札があるみたいだけど、研究中だから私に相談したい、と言う事にしました。皆それで納得してくれましたし、当たらずとも遠からずでしょう?」


 にこ、とウィンクをしてくるアルテイシアにこくこくと兜を上下させて応じる。


 以心伝心とは言うが、よくもまあ人間ですらない相手の心の内をここまで読めるものだなあ、とヌルスは感心した。正直ヌルスはアルテイシアが何を考えているのかさっぱりわからない。


 とはいえそれで困る事はない。彼女に敵意が無いならそれでいい。それだけ分かっていれば十分である。


「魔術師の秘密を大勢で暴くものではないですしね。ヌルスさんが色々不思議な手札を持ってるのは皆も知ってるから、すんなり話が通りました」


『そうか、助かる』


「いえいえ」


 ニコニコ笑うアルテイシア。


 そんな彼女を見下ろして、ふとヌルスは違和感を覚えた。


 別に彼女が何かを取り繕っているという訳ではない。そうじゃなくてこう、衣装がいつもと違うというか……。


 マジマジと観察して、ヌルスは彼女のローブや帽子がいつものと違う事に気が付いた。飾りが増えているというか、ちょっとお洒落な感じ。ローブの縁に何か魔術的意味合いがありそうな刺繍があったり、帽子に魔力結晶をあしらった飾りが増えている。


 ボス戦で敗北を喫した事で、装備を更新したのだろうか。


 まじまじと観察している間も、アルテイシアが手を胸の前で合わせながらニコニコとこの二日間の話をしてくれる。なんだかとても上機嫌だった。


「それでですね、ヌルスさんのお話していたチョッパーの皆さんにも話をお伺いしてきたんですよ。皆さんとても良い人でした。……まあ、その、ヌルスさんがちょっと苦手そうな方々とは思いましたけど」


《ははは……》


 その様子だとアルテイシアもハイライトオフな視線を見舞われたらしい。言葉を選んで迂遠な表現をする彼女に、ヌルスも苦笑する。


「をほん。それはそれとして、有益な情報を頂けました。やはり弓手の皆さんは、あの瘴気の中でもボスの位置を特定できる技能をお持ちだそうですね。羽音で聞き分けるのだとか。優れた射手は、新月の夜に飛ぶ梟の存在さえ感知できるのだそうです」


《ほほう?》


 梟というのはよくわからないが、とりあえず頷いておくヌルス。文脈から夜に飛ぶ鳥なんだろうな、ぐらいの事は分かる。


「ただ、やはりそれは彼ら彼女らが弓手として生きていく中で鍛え上げた技能ですので、一朝一夕には私達には真似できそうにありません。私達の魔力感知と同じようなモノですね。ですので、同じことをするのは諦めて、代替手段を用意してます。まだちょっと完成してないのですが、それで多分なんとかなります」


《それは素晴らしい》


 パチパチと小さく拍手をする。ボス戦からまだ二日しか経っていないにも関わらず、情報の収集から対策までこぎつけているのは流石というべきか。


 えへへ、と照れ臭そうに笑うアルテイシア。そしてヌルスの拍手の終わり際、話は自然と切り替わる。


「それで、ヌルスさんの方はどうだったんですか? 何か、私に見せたいものがあるみたいですけど」


『うむ。今から使う魔術を見てくれ』


 用意していた文面を見せ、杖を手に移動するヌルス。


 彼女から一連の動きがよく見えるような位置へと、標的との距離を測りながら陣取る。すなわち、術者であるヌルスと、標的である木、その両方が同時に見えるように、だ。


 アルテイシアは何やら眼鏡を外し、裸眼でこちらをじっと見ている。これが熱い視線という奴かな、と冗談じみた感想を抱きつつ、ヌルスは懐から分離触手を取り出した。


「? ヌルスさん、それ……?」


 取り出した触手が本体に繋がっていないのに気が付いたのだろう。訝し気に声をかけてくるアルテイシアによく見えるように、杖の持ち手に分離触手を丁寧に巻き付ける。それが終わると、触手の上から杖を握りしめ、標的に向けて杖を構えた。


 何度もやったが、人目があると少し緊張するな、とヌルスは思った。それがアルテイシアであるなら猶更の事。遥か格上に自分の未熟な魔術を披露するというのは、なんていうか恥ずかしいが仕方ない。


『α Θ λ β』


 D・レイの詠唱。すぐにその意味合いを悟ったのか、アルテイシアが目の色を変えた。突き刺すような視線を感じながら、魔術を発動させる。


 紫色の閃光が、標的となった木を倒壊させる。それは良い。歪みの魔術の破壊力が規格外なのはアルテイシアもご存知だ。


 だから今見せるべきは、傷一つないヌルスの触手と、その代償のようにサラサラと灰になっていく分離触手。アルテイシアに歩み寄りつつ籠手を外そうとするヌルスだったが、それよりも早く彼女がが興奮気味に走り込んできた。


《お……》


「今の今の今の!? 今の何ですか!? ちょっと待ってください、見せて! 見せてください!!」


 鼻息も荒く、好奇心の光で目を爛々と輝かせながら掴みかかってくるアルテイシア。ヌルスはその勢いにちょっと仰け反りながら、彼女のしたいようにさせてやった。


 アルテイシアはまず杖を握っていた籠手に指を這わせて文字通り食い入るように観察した後、杖へ目を向けて僅かに残る灰に指を這わせた。そして杖の先端の触媒に目を向け、最後に粉砕された標的を見た。


「!!……!! ! これは……大! 発見ですよ!? 嘘、ホントに!? 歪みの魔術を使って、何の反動も!? いやしかしこれは……」


 かと思うと、今度は顎に手を当てて熟考モードに。聞き取れないほどの早口で何事かをブツブツブツ呟きながら考察する事数分、入った時と同じく唐突に彼女が顔を跳ね上げた。


「ヌルスさん! よろしければ資料を拝見させていただけませんか!?」


『勿論。資料はここに』


 用意していた文面を見せつつ、椅子にしていた倒木を指さす。


 ほんとはもっとこう落ち着いた状況で使うつもりの文面だったのだが……。


 指し示されるなり、アルテイシアは飛ぶような勢いで駆け寄ると、ヌルスの認めた資料を捲り始めた。一枚一枚、穴が空くかと思うほど目を通して読みこんでいく彼女。その横に、ヌルスもよっこいせ、と腰を下ろした。


 どうかなー、と報告書を熟読するアルテイシアの様子を伺いみて、ヌルスはびしりと固まった。


「……成程使用する魔術の出力を必要最小限以下にして反動への対策をしかしその程度の事なら歴代の挑戦者はやってきた事であってこの件において着目するべきは生きたままの魔物を緩衝材に用いたという事で理論上固定化処置されたものより生きた魔物の方が過剰魔力への抵抗として優秀とは言われていたものの実験する方法が無く長らく理論上の話だった事がここで実証されたという事でしかしこの方法はおおっぴらにできないいやあくまで業務上の機密という話で特許を申請しなければ秘密のままですむし誰にも真似できなければ特許を取る必要も無いしいや話が逸れたしかしそれでも反動は完全に相殺できなくて触媒の影響が想定よりも遥かに範囲が広くて魔力流障害と重複しているのかこれか歴代の挑戦者が失敗してきた理由がそもそも判然としなかったのはこの二つを明確に分けて対応するのは事実上困難であるというのも納得できる話でしかしこれをどうやって対策をそうかエジニアス式は通常の魔術行使に特化しすぎているからニコライ式のいやこれはもっと古い……」


《……お、おぉう》


 どうやら読み込んだ内容を整理する過程で口の端に考えが漏れてるようである。集中するあまりか能面のような無表情で書類に顔をよせてブツブツつぶやき続けているのは、その、魔物であるヌルスからみても大分怖い。なんだか目が血走っているし。


 邪魔しないでおこう、とヌルスは口を出さずに大人しく彼女が読み終わるのを待った。







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