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望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~  作者: SIS
The Beginning of Distortion, Inheritance of Wisdom ~巣窟迷宮の魔術師~

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第九十話 歪みの向こうの光明



《ひぃ、ひぃ、酷い目にあった。でもあんなところに色々材料があったのは気が付かなかった。純粋な体高は人間より低いからな》


 再び4層に戻ってきたヌルスは、通風孔から実験道具を引っ張り出しながらぼやく。空はすでに明るくなりつつあり、一度目の昼を迎えているようだ。


 アルテイシアとの約束まで半分を過ぎてしまった。


 とはいえ、焦ってもしょうがない。事が事だけに、慎重かつ確実に事を進めなければならない。


 ヌルスはその事を再三肝に銘じながら、通風孔から引っ張り出した丸めた鋼材を触手で引き延ばして準備を進める。


《色々あっても何が何やら分からないから、とりあえず適当に持ってきたけど……。なんかどれも柔らかい金属だな。冒険者はこんなのを武器にしているのか? いや、流石にそれはないか。手芸用の軟金属か何かだろう》


 鋼材は何種類か選び、30cmほどのものと、釣り竿のように長いものを用意した。後者は当然通風孔を通らないので、ぐるぐるとリボンのように丸めて運び出し、再び伸ばしている訳である。ちなみに、それらの金属は現実でいうと、鋼鉄やステンレスに該当する。いくら細長い棒状であるとはいえ、それを丸めたり伸ばしたりできる時点で、元最弱とはいえ魔物が人間より遥かに屈強である事が分かる一例ともいえる。


 ちなみに、ヌルスの認識がおかしいようだが、これは理由がある。


 今も、通風孔の出入口の近くに隠してある鉄の杖。何か特殊合金でできているこれが、ヌルスの力でも全く曲がりもしなかったのだ。そのせいで隠れ家に持ち込めず外に置いており、これと比較して「柔らかい」とヌルスは言っている訳である。


 人間の鍛冶師が聞いたら落ち込むかブチ切れるであろう事は間違いない。もっとも、実際にアトラスの愛剣など、上位冒険者の業物は確かにこういった汎用金属を“柔らかい”といえるだけの強度と切れ味なので、ピンからキリまであるのだが。


《よっこいしょっ。じゃあこれを伸ばして、握る所に分離した触手を巻き付けて、と》


 2m近くある長い杖の根元に、くるくると触手をグリップカバーのように巻き付ける。理論上はこれだけ遠ざければ触媒の影響が緩衝材としての触媒にかかる事はないはずである。それならば、触媒が魔力緩衝材としての仕事をすれば、魔術の使い手に害が及ぶことはない。


 理論上は上手くいくはずではあるが、やってみなければわからない。


《それじゃ、いきますか》


 スクロールを手に呪文を唱える。触媒が紫色に輝き、魔術が発動した……その直前。


 ゾワリ、とヌルスの第六感的なものが悪寒を覚えた。


 まるで自分の胴体より狭い穴に凄まじい力で引きずり込まれるような、自分の体より遥かに大きいものを無理やり捻じ込まれるような、そんなヴィジョンがヌルスの思考をよぎる。


 切迫感のままに、ヌルスは魔術が発動する直前に己の触手を自切した、その時だ。


 ぐわ、と杖に巻き付けていた触手と、それを握る籠手の中の触手が風船のように膨れ上がった。直後、それらは爆発するように弾け飛び、肉片も残さず消滅した。粉々になってしまったので灰も残らず、ガラガラと杖が地に落ち、カラン、と籠手が床に転がった。


《い、今のは……》


 尻もちをつきつつも、ヌルスは茫然と転がる杖に目を向けた。


 まだ魔術は発動していなかった。その一歩手前、魔力を引き出して魔術回路に流す過程で、異常が起きたのだ。


《見た所、魔力流量が過大、だったのか? 触媒から体を遠ざけすぎたからそれを補うべく大量の魔力が引き出されて……それが緩衝材と触手を踏まえても軽く限界を突破した……?》


 呟きながら、ぶるるとヌルスは震え上がった。


 もし判断が一歩遅れてたら、その大量の始原の魔力が本体に流れ込み、全身が木っ端みじんになっていたかもしれない。判断が間に合ったのは、実験の過程で散々触手を自切した関係で損切りに慣れていたからだ。ちょっとでも躊躇ったら手遅れだった。


 杖の先端を確認してみる。触媒周辺は歪んで変形したり引き裂かれていたが、それは手元まで届いていない。前提となった考えはこれで正しさが証明された訳だが……。


《しょ、触媒の歪みには巻き込まれなかったみたいだけど、駄目だ駄目だ、むしろ危なくなってる! これは却下!》


 グニグニと棒を丸めて片付ける。長いのは駄目だ。


 やはり、杖は可能な限り短い方がいい。短く切った杖の持ち手に分離触手を巻き付ける。


 全体のバランスでみると大分不細工な造りになってしまうが仕方ない。


《これはどうだ?》


 さっきの事もあって、少し慎重に魔術を唱える。


 今度は破滅的な悪寒が走る事もなく、想定通りに魔術が発動した。紫色の光が倒れた大木を撃ち、バキバキと音を立てて粉砕する。一方、杖のほうは金属製で出来ているはずの杖本体が細かく毛羽立ったように引き裂かれ、その一部が分離触手にも及んでいた。そのせいか魔力流を緩衝しきれなかったらしく、ヌルスの体と繋がっている触手が何本か手傷を追っていた。


 とはいえ、傷そのものはこれまでで一番軽い。治癒さえできれば、術者が人間であっても無視してもいいレベルだろう。残念ながら、歪みの力で受けた傷は治癒しないのだが。


《やはり、触媒の反動と魔力流の反動は別物か。しかし、もう少し触媒を遠ざけないと二つの反動が混ざってしまうな。かといって、あまり遠ざけるとさっきみたいな事になるし……いや》


 ヌルスは一度手にした試作杖を置くと、他の短い試作杖を手に取った。


《色々試してみるか》


 材質によって影響が違うのか。それを確認する為に素材を変えながら魔術を唱えていく。


 その結果、ある結論が出る。


 触媒の反動。木材どころか金属製の杖すら引き裂いてしまうそれは、しかし材質である程度は杖そのものへのダメージが変化する。特定の材質であれば、数回の使用に耐えるほどの耐久性を発揮する。歪みの反動は物理法則を無視するから、これは強度ではなく適正の問題だろう。


 が、それと、触媒からの危険距離は相関性が無い。例え反動に強い材質で作っても短い杖では持ち手の緩衝材が巻き込まれて機能が損なわれる。


 さらに同じ素材で繰り返し発動した結果、その緩衝範囲が毎回変化してるのも確認できた。


 ヌルスの術式は、どちらかというとニコライ式……個人技能よりの不安定な魔術だ。使う度に影響範囲が変わるのでは、人間が使う事を想定すると危険すぎて採用できない。実験を繰り返す事で触媒と魔力流の反動が混ざらない長さを探る事は可能だが、それはあくまでヌルスが使う場合の条件だ。アルテイシアのような、極めて高い能力をもった魔術師が使った場合、どうなるか分からない上に、人間は一度の傷で命に係わるので試行錯誤も出来ない。


 そして、いうまでもないがエジニアス式としてパッケージングするには情報も足りない。


 実験そのものは成功だ。だが、ヌルスの目的達成には程遠い。


 それが結論だった。


《ううーん。どうするもんかなぁ……》


 目の前に無数の試作杖の残骸を並べて、ヌルスは困り果てた。


 実験の意味が無かった訳ではない。散々痛い目をみた御蔭で、何が解決すべきファクターかは少しずつ見えてきた。


 この問題は、いうなれば転がってきたトゲ付き鉄球を受け止めるのに似ている。


 トゲが触媒の齎す反動、鉄球の重さが魔力量だとしよう。杖はそれを受け止める為に用意した、クッション付きのバネだ。クッションとバネに割く事の出来るリソースは同一で、どちらかに重点するとどちらかが劣化する。


 バネが十分でもクッションが薄いと、鉄球を受け止めた時にトゲがクッションを突き破り、バネをも破壊してしまって受け止められない。かといってクッションを分厚くすると、バネがへぼくなってやはり転がってきた勢いを受け止められない。


 そして鉄球のトゲの長さと重量は常に変化する。


 それでも常に問題なく受け止められるクッションとバネの予算割合を見極めろ、というのが、歪みの魔術を使用する為のハードルとなる。


《いや無理だろこれ》


 無理難題過ぎてヌルスは鎧の中で身を捩った。


《人間が歪みの魔術なんて危ないだけだから手を出すなー、って言うのも納得すぎるぞ。魔物の私だから実験失敗しても平気なだけで、人間だったら指先ちょっと切っただけでアウトだろ? むしろその前提条件であそこまで把握してるの凄いというより怖いよ》


 今日の実験回数を考えるとそれだけで20人ぐらい死んでいる計算になる。しかも術者当人が場合によっては即死するから何が悪かったかを残せない可能性すらある訳だ。


 それで大体の原因や問題を魔術師は把握している訳である。長い歴史あっての事とはいえ、何人死んでるのか想像もつかない。


 魔術師ってのは命知らずなのかとヌルスは戦慄を覚えた。


《うーん、アルテイシアに有用な情報を上げよう! あわよくば彼女にも使えるように! ってのが高望みだったのかねえ。でも無意味じゃないし、私自身が使う分には問題ない。今回はこの結果で満足……いや待て。なんか大事な事忘れてるぞ》


 なんだったっけ、とヌルスは足元の試作品の山を見渡した。これじゃない。


 あたりを見渡す。


 人の気配はない。周囲で特徴的なのは散々標的にされて粉微塵になった大木の鳴れの果てと、通風孔、そしてその横に立てかけた鉄の杖ぐらいなものだ。


 鉄の杖。


《あーーーー!!》


 思い至ってヌルスは慌てて鉄の杖を手に取った。


 4層の地底湖で手に入れたこの、よくわからない金属で出来た杖。思い返すまでもなくこれは元々、D・レイの反動に十分耐える性能をもっていた。いや、試作品の有様を見ると、触媒が齎す反動を、ほぼ完全に無効化しているといってもいい。魔力流だって、長さのわりにかなり軽減されている。


 これに分離触手を触媒として巻き付けたら?


 もしかしたら、反動を完全に無効化できるかもしれない。


《そうだよそうだよ、なんで真っ先に試さなかったんだ!》


 いそいそと分離触手を用意し巻き付け、杖に触媒を取り付ける。そういえばこの杖の触媒取付位置はなんか変な造りだったな、とヌルスはそこで動きを止めた。


 何やら薄い金属板を曲げて、何かしらの文様が形作られている。その中央に台座があって触媒を修める訳だが、今更になってヌルスはこの形状が意味深なものに思えてきた。


《そういえばこれ、見た目物理的な強度なさそうなのに、近接戦とかに蛮用しても変形してないな。歪みの魔術を使っても、それが原因で裂けたり曲がったりしてないし。何か、この形状に魔術的な意味があるのか……?》


 改めて疑問に思ったヌルスは、ふと思いついて試作品の残骸を漁った。その中から、イバラのような草木の枝のような、前衛芸術レベルで変形した杖の成れ果てを探し出す。試作品の中で、特に歪みの反動に弱かった材質のものだ。もう一度反動に巻き込まれれば粉微塵になってしまうだろう。


 それを、杖の先端近くに糸で括り付けてみる。


 もしこの意味深な形状に魔術的な意味合いがあって歪みの反動が軽減されているなら、こうやって括り付けた残骸も無事だろう、という判断だ。


《よし。試してみるか》


 す、と新しい木に狙いを定めて杖を構える。


 この杖なら反動はかなり軽いのが分かりきっているので気が楽だ。それでも油断しないように意識して、ヌルスはD・レイを発動した。


 歪みの魔術が発動する。相変わらず魔力の流れは荒々しく、体を内側から突き破らんばかりだが、いつもであれば物理的に突き破ってくるその勢いがやや丸い。激痛に襲われ精神を圧迫される事なく、ヌルスは落ち着いて、魔術の発動経緯をゆっくりと観察する事が出来た。


 杖の先端の空間が歪むようにして、発した紫色の魔力が収束する。渦巻くそれは細く束ねられて、魔力の矢として前方に発射された。直撃を受けた大木が、幹の真ん中をえぐられてぐらり、と傾ぐ。


 ざざざ、と木の葉が舞い散るのを見ながら、結果の確認に入る。


《どうだ?》


 半ば確信を得ながら、己の触手を籠手から引き出して確認してみる。


 傷は……ない。何度も念入りに確認するが、ピンク色のぷにぷにすべすべした触手の表面には、小さな傷一つない。次に杖に巻き付けた触手を確認してみると、それは今だ形を維持していた。多少、ダメージがなかった訳ではないらしく色あせて萎びている面はあるが、即座に灰になるような損傷ではなかったようだ。それでも限界が来たのか、見ている前で灰に戻っていく。


 だが針一つ刺しただけで灰になる分離触手が、術を行使した後も形状を維持していた。この意味は大きい。


 ヌルスは、杖の先端の金属板で形作られた文様に目を向ける。こちらは歪みの魔術の影響を受けた様子は殆どなく、依然と変わらぬ形を維持している。そこに縛り付けられた朽ちかけの杖の残骸は、結びつける前と変わったようには見えない。


 それは、つまり。


《見つけた》


 歪みの魔術を制御する、その切っ掛けを。


《アルテイシアに、いい報告が出来そうだ》


 4層の天井を見上げるヌルス。いつのまにか天井の光は消えつつあり、夜がやってこようとしていた。




 そして日が灯り、約束の日がやってきた。


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― 新着の感想 ―
まさかの本人、もとい、本触手が、自身をアイテム(触媒)と見ているとは……自切に慣れるんじゃありませんっっっ、と心配になります。 それはさておき。魔法と魔術の考察が好きです。こういう、試行錯誤しての、理…
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