第八十四話 全員アウトな件
急遽決まったフロアガーディアンへの挑戦行。
先頭はヌルスとアルテイシア、最後尾はエルリックという布陣で、足早に迷宮を進む。最短ルートを決めて迷いなく進んでいるせいか、すぐに道のりの半分を越える。やはり、広さそのものはさほどでもないのだ。
そしてアルテイシアもヌルスも魔力感知には自信がある。油断している訳ではないが、魔物の不意打ちを過剰に恐れる必要も無い。リラックスした気分でヌルスはアルテイシアと肩を並べる。
と。不意に、アルテイシアが首を傾け、ひそひそと背後には聞こえないように囁きかけてきた。
「……その、ヌルスさん」
《ん?》
「研究でひっこんでいた、と仰ってましたけど……それってまさか、アレの事、ですか?」
アレ。不明瞭な言い回しだが、ヌルスと彼女の間でならそれが何を意味するかは明白だ。
歪みの魔術。
アルテイシアは、きゅ、とスカートの裾を握りしめた。
「その。あの時は口が滑ったといいますか、確かにヌルスさんに協力してもらえれば研究は進むかもしれませんけど、その為に貴方が痛い思いや辛い思いをするのは、嫌っていうか……」
《ふむ》
「私、研究畑の人間だから新しい発見とかあるとつい口走る事があるんですが、本心じゃないっていうか。ヌルスさんがあの時のやりとりを気にして、隠れて研究とかしてるなら、それはその……やめて欲しいかな、って……」
引け目に感じているのか、もごもごとアルテイシアの言葉は要領を得ない。
ただ、言いたい事はわかる。歪みの魔術なんていう危険な研究に手を出している理由が、自分の軽率な発言にあるのならそれはやめて欲しい。そういう事だろう。
しばし、ヌルスは答えを選んだ。
確かにあの時のやりとりがきっかけではあるが、あくまで研究をしているのは自由意思によるものだ。ヌルスが望んで、アルテイシアに何か助けにならないか、と思った訳で。しかしそれを直接伝えても、彼女は納得しないだろう。彼女自身は、ヌルスに何かを求めている訳ではないし、お礼といっても恐縮して受け取らないだろう。
『いや。確かに歪みの魔術の研究をしていたが、それは私自身のためだ。今の所、切り札だからな、あれは』
「それは……そうですが。確かに、私もおかげで助かりました。けど……」
『まあ聞け。今やってるのは、その危険性を低くするための研究と実験だ。ただ、やはり素人の付け焼刃では限界がある。出来れば今度、専門家の意見も聞きたい』
あくまで危険を抑える為、むしろアルテイシアには協力してほしい、という体で話を進める。別に嘘は言っていない、八割ぐらいは本当の事だ。
『私だって身の程は知っている。手に余る力に憧れるのは破滅への道だ』
「そういう事なら……まあ。でも本当に気をつけてくださいね?」
《勿論。というかこの先もあの力には頼らざるを得ないだろうしな……。順当に使用頻度が増えていったらそのうち術者の方が先にはじけ飛ぶぞ、あんなの》
そういう意味でも研究は必要だ。
偽りなくしっかりと頷き返すと、アルテイシアはそれでようやく納得したらしい。専門家として知識を頼られたのも悪い気はしないらしく、しきりに帽子のつばを弄って視線を遮っている。照れてるらしい。
「わかりました。そういう事でしたら、頼られるのを待っています。でも、私は……む」
《お喋りはここまでという事かな》
近づいてくる敵対的な魔力の気配。脚を止めたヌルスとアルテイシアを見て、後続のメンバーも警戒度を跳ね上げた。
「アルテイシア、何匹?」
「ぼやっとして分かりづらいけど、4匹ぐらいかな。正面から来る」
「こっちも悪い知らせだ。後方からもなんか来る、最初から挟み撃ちだ」
エルリックの声に振り返ってみると、歩いてきた道の向こう側がぼんやりと光っている。まっすぐ瘴気が押し寄せてきているのだ。
正面に向き直ると、こちらは先が曲がりくねった分岐路。右か、左か。タイミングが図り辛い。
「じゃあ、僕たちで後方のを相手しましょう。エミーリアも」
「おっけい。アルテイシア、ヌルスさんにいいとこ見せようと空回りするんじゃないわよ?」
前後に対応、というより二手に分かれる。いつぞやとはポジションが逆になる。
エミーリアが下がりながら口にした軽口に、アルテイシアはすんと澄ました顔で意気軒昂と答えた。
「問題ありません。しっかりと魔術師としての実力を証明して見せましょう」
「ほんとにわかってる……? まあいいけどさ」
訝し気にしつつも、エミーリアは背後へと向かうとそれきり振り返らなかった。なんだかんだで、アルテイシアを魔術師として最も信頼しているのが学友たちなのだ。
背後で迎撃の準備を行う彼らをよそに、ヌルス達も前から迫りくる敵に対処する。無言でアルテイシアが松明を手に前に出る。炎の壁を作るのだろう。だが、前方は二股に分かれた分岐路。片方だけに壁を作るのは文字通り片手落ちだし、二つ松明を使うのももったいない。
ヌルスは無言で手を伸ばしてアルテイシアを遮った。
「ヌルスさん?」
《まあ任せてくれたまえ。ちらり》
背後の三人はこちらを見ていないのを確認。向かってくる魔物の群れに集中してそれどころではないようだ。
ならば問題ない、とヌルスは杖を一端地面に突き立てる。
アルテイシアが興味深そうに注目する前で見せつけるように伸ばすのは、二本の触手。当然、可燃性の粘液を分泌しているそれに松明で火をつけ、前に放る。忽ち分岐路それぞれに炎の壁が出来た。
彼女が目を丸くする。
「え、ええ……? そんな事が出来るんです……??」
《ふっふっふ》
吃驚してきょろきょろとヌルスと炎の間で視線を彷徨わせるアルテイシアに、ヌルスは上機嫌で上体を逸らした。管轄違いの話とはいえ、この才女を心底吃驚させられたのはなかなかに自尊心が満たされる。
とはいえ、遊んでいられるのもそこまでの様子。
分帰路の奥から人食い瘴気が押し寄せてくる。左右どちらかではなく両方だったらしい。
どうにも、瘴気の動きは連携が取れているように見える。もしかすると、意識を共有しているとかそういうあれなのかもしれない、とヌルスは鎧の中で自らも多数の触手を蠢かせながら思った。
とはいえきちんと対応していれば何の問題もない。これまでどおり、炎の熱に瘴気が押し留められ、その向こうから昆虫型魔物が踏み入ってくる。
いつもといえばいつものメンツ。ただ、その中に少し様子が違う個体が混じっていた。牙が他よりも発達している、強化個体といった所だろうか。
《関係ない。接近される前に焼き尽くす》
「迎撃します! ファイヤトルネード!」
二人そろって魔術を解き放つ。ファイアボルトで一体ずつ焼いていくヌルスに対し、アルテイシアは豪快に炎の渦のようなものを解き放った。通路を満たすような炎の渦に巻き込まれて、魔物達が焼かれながら背後へと吹き飛ばされる。巻き添えを食らった瘴気が、遥か通路の彼方までまとめてごっそりと消失するのを見るに、効果範囲も威力も申し分ない。
申し分ないがやりすぎだ。当然、可燃性粘液も巻き込まれて焼き尽くされ、火が消える。
「あっ」
《やべっ》
再び瘴気が押し寄せてくる前に再び炎を放る。横でアルテイシアがひーんと頭を下げた。
「ごごご、ごめんなさいっ」
《ま、まあ、過ちは誰にもあるさ……》
それよりも、今は魔物の相手が先である。
炎の渦で絶命しなかった強化個体が、牙を打ち鳴らして前に出る。その複眼の間目掛けて、ヌルスはファイアボルトを放った。
炎の矢が狙いたがわず突き刺さり、魔物の動きが僅かに止まる。が、次の瞬間その昆虫型魔物は煩わしそうに頭を振るってファイアボルトをはじき返し、ヌルス目掛けて襲い掛かってきた。
《何ぃ!?》
いくら下級魔術といえど、これまで十分な効果を発揮してきたそれが効かなかった事に驚愕するヌルス。いうなれば慢心していた彼の隙をついて、魔物が発達した牙をかっぴらいて飛びついてくる。
迎撃は間に合わない。杖を手に近接戦に応じようとするヌルスの前で、金色のお下げが大きく揺れた。
アルテイシア。杖を手に前に出た彼女が、魔物とヌルスの間に割って入る。
《アル……》
「アストラルセイバー!」
白光一閃。
まっすぐに振り下ろされた光の軌跡に沿って、左右に魔物の体がぱっくりと別れる。頭から返り血を浴びながらも、彼女は杖の先から光の刃を生じたままゆっくりと立ち上がった。その足元に、急な動きで頭から落ちたトンガリ帽子がゆっくりと地に落ちる。
「もう、油断は駄目ですよ、ヌルスさん。魔術は強力ですが、いつまでもそんな初歩的な魔術で一撃、なんて通る訳ないんですから。これを機に、もうちょっと上の魔術を使ってくださいね」
《は、はい……》
顔の半分を青黒い返り血で染めたままにっこりと微笑むアルテイシア。ヌルスは慄きながら素直に頭を下げた。血自体はすぐに消えるとはいえ、魔物としては心臓によろしくない絵面である。血まみれの美少女とか完全にホラーだ。
「はい、よろしい。……でも後方があまり芳しくない状態みたいなので、ヘルプにいってきますね」
言うが否や、背後から悲鳴が聞こえた。
見れば、こちらと同じく迎撃を突破してきた強化個体にエミーリアが攻撃を受けていた。咄嗟に牙の一撃は避けた様子だが、手にした杖が半ばから両断されている。断面から、キラキラと何かの触媒らしきものが飛び散った。
初撃を外した魔物が、改めてエミーリアに狙いを定める。距離が近すぎて、ロションもエルリックも支援が出来ないでいるようだ。絶体絶命……そう見えた次の瞬間には、光の刃が魔物の体をブツ切りにしていた。
「はいはい、こっちも油断しなーい!」
軽く掛け声を残して、アルテイシアがさらに切り込む。背後には三体の強化個体がいたようだが、それが瞬く間に惨殺されていく。多少の耐久力などあってないようなものだ。
《まあ、あの白金のボス魔物の魔力・物理両面耐性がブッ飛んでただけで、普通はまあこうなるよな……》
ヌルスは一方的な虐殺劇をしばし鑑賞した後、足元のトンガリ帽子を拾い上げて前へ向き直った。
こっちはこっちで炎の渦であらかた焼き払われた後で敵の姿は見えないが、まあ一応、持ち場であるし。
《油断するなと言われたしなあ》
炎の壁の向こうには未だ瘴気が犇めいているが、それが妙に距離を置いている。慄いているように見えるのは果たして、ヌルスの気のせいだったのだろうか。
そして数秒もしないうちに背後の魔物も全滅する。
頃合いと見たのか、瘴気も迷宮の奥へと引き上げ、後には静寂が残された。
「と思いましたか? 三人ともお説教です。人の事をからかう前にまず自分もちゃんとしなさい、いいですね?」
「「「ひぃーん」」」
《アルテイシアもやらかした事は黙っておこう》




