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望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~  作者: SIS
The Beginning of Distortion, Inheritance of Wisdom ~巣窟迷宮の魔術師~

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第七十八話 恩人と冒険者



 ヌルスは魔物。アルテイシアは冒険者。


 本来、相容れない者同士、という事はヌルスはよくわかっていたつもりだった。


 しかしそれは、あくまでつもりに過ぎなかったのだと、改めてヌルスは思い知らされる。


 迷宮のどこかにある、何層に属しているかもわからない隠れ家の奥。


 そこでアルテイシアから渡された資料に目を通したヌルスは、椅子の上で潤いと弾力を失って干物のように潰れていた。


 肉体的なダメージはない。精神的な衝撃故の事である。


《あ、アバババ……》


 ぴくぴく痙攣しながら悶える彼の前、机の上にはアルテイシアから渡された、新しいノートが広げられている。


 そこには期待通り、魔物の生態や、彼女の知る特殊事例について多くが記載されていた。


 その中には、以前ちょっとだけ彼女が説明してくれた、所謂『知性獲得型モンスター』についての一例と、その経緯が記載されていたのだが……その内容は、ヌルスにショックを与えるに十分すぎる内容だったのだ。


 知性獲得型モンスターは多くの場合、魔力を持った人間の脳を食らう事で発生する。それそのものは、納得いく話ではある。ヌルス自身、気が付いたら同類と共に、冒険者の死体に巣食う腐肉食らいの一匹だった。恐らく、たまたま、犠牲者の脳の重要な部位を食べた事で、知性を獲得する事になったのだろう。


 問題は、そういったモンスター達の末路である。


 そこにはほぼ例外なく、やがて知性を失い、ただの魔物になると書かれていた。つまり、現状ではその自覚がなくとも、ヌルスもまたやがて知性を失いただの魔物に戻ってしまう可能性が高い。


 今は大丈夫だからといって、今後も大丈夫とは限らない。むしろ10を超える類例全てにおいて、そのような末路を迎えている以上自分だけが特別とは考えない方が良い。


 この先まだまだ時間があると思っていたのに、突然余命宣告を行われたような気分である。


 では、知性を維持する方法を探せばよいのではないか。そう考えながら読み進めたヌルスは、さらなる衝撃に襲われる事になる。


 “脳食らい”。


 読んですぐに分かった。コイツだ。


 以前、触手が何故嫌われているか、アルテイシアに相談した時に、彼女が何か隠していたのは察していた。あの時は分からなかったが、その理由がコイツだったのだ。そして脳食らいとやらの所業は、一瞬とはいえヌルスの頭に過ぎった、知性を維持する為の方法、そのものに他ならなかった。


 人間の脳を食らえば知性を得られる。だったら、人間を食らい続ければ知性を維持できるのではないか。なるほど道理だ。それがどれだけ醜悪で害悪か、客観的な視点を考えなければ、だが。


 こんなもの、ただの獣よりもタチが悪い。まだ、無知で本能のままに生きる獣の方が、知性的であるとすらいえるだろう。いくら魔物にとって自らの存在こそが最優先であるとはいえ、このような、ただ存在するだけであらゆる他者に害をもたらすだけの特大の有害物質のような生き方、とても認められるものではない。


 一瞬、その方法を考えた事もあり、同類が行ったとされるその所業は、ヌルスに大きなショックを与えるに十分だった。


《……ふ、ふふふ……。ナニコレ、触手魔物って絶滅した方がいいじゃん……ふふ……》


 まあ迷宮から生み出される限り絶滅する事はないのだが、気分的にはそんな感じである。知性を得た者として相応しい生き方をしたい、と考えるヌルスには、ちょっと刺激が強すぎる情報だった。


 とはいえ、これをアルテイシアが伝えてくれた。その意味が分からないでもない。


 彼女とて、伝えるにあたって悩まなかった訳ではないだろう。もしかすると、ヌルスがその方法を知ったばかりに、第二の脳食らいになってしまう、その想像ができないはずもない。それでも伝えてくれたのは、彼女なりの誠意とヌルスへの信頼あっての事だ。


 この資料をまとめた段階で彼女は、ヌルスが迷宮から独立したい、という事は知らない。だが、知性ある魔物としてそれを考えないはずがない、という事は想像できていたのだろう。だから、あくまでやってはいけない一例として、危険を承知でこの化け物の事を教えてくれたのだ。


 それを裏切る事はできない。


《それに、この脳食らいとやらも結局、魔物の宿命からは逃れられずに迷宮と運命を共にしているわけだしな……》


 つまりはヌルスの目的としては、失敗例、という事だ。試すまでもない、という事である。


 落ち込むだけ落ち込んで、少し気持ちの整理がついたヌルスは、中断していた資料の解読を再開した。相変わらずちょっとしなびた触手で、ぺらぺらと紙をめくっている。


 具体的な類例についてはこれで終わりのようだ。続けて、アルテイシア自身からの、ヌルスを観察した印象などについて書いてある。


《こ……これは恥ずかしいぞ……》


 自分では人に化けていたつもりだったのに、モロバレだったどころか、魔物としての性質等について観察されていた事が、そこにはアリアリと書かれていた。羞恥心のあまりに読み飛ばしたくなる感情を抑えて、ぷるぷる震えながらヌルスは読み進めた。


《……む?》


 その震えが急に止まる。羞恥心を上回る好奇心に、ヌルスは食い入るようにアルテイシアの推測について目を通した。


《私が……これまでの知性獲得型モンスターの例とは、根本的に違う可能性が、ある?》


 曰く、これまで確認された知性獲得型モンスターの多くは、食った人間の意識がコピーされている事が多かったのだそうだ。一部、人格ではなく知識や能力を得た狼や脳食らいという例外はあるが、これらも少なくとも安定した人格のようなものを得るには至らなかった。


 だがヌルスは違う。


 ヌルスはあくまで、自分を人間と思い込んだわけでもなく、ヌルス自身としてある。また、ヌルスの得た能力や知識は後天的に学習して得たものであり、犠牲者から得た物ではない……そう、アルテイシアが根拠を述べていた。


《ふむむ》


 いくつか、当事者ではないが故の勘違いはある。ヌルスは自我を認識した時から、ある程度人間の言葉や文字が解読可能だった。それが、元になった人間の知識だったのだと、今は分かる。だから、全てを自ら学んだ訳ではないが……自分自身では、少なくとも何故それが分かるのか、についての自覚はなかった。


 アルテイシアには悪いが、恐らくヌルスが冒険者を食らった事で発生した知性獲得型であるのは間違いない。だが、確かに彼女の言う通り、既存のケースにあてはめるには聊か違いが多すぎる。


 少なくともヌルスが持ち合わせた知識はそれこそ言語ぐらいで、魔術の習得やそれに至った経緯はヌルス自身のものだ。類例を見る限り、魔物が知性を獲得しても学習によってそれを拡張したという話はない。


《……もしかして、そういう事なのか?》


 人間でも、勉強しないと知識は衰えていくという。魔物なら猶更の事ではないだろうか。逆に言えば、常に新しい知識を習得し、今後を考えて色々思い悩んだ結果、獲得した知性を補完する部位だか何だかが刺激されて、衰える事なくそれを維持できている……そのような事が、自分に起きているのではないかとヌルスは推測した。


《憶測ではあるし証拠もないが、道理は通っているのではないか?》


 この場合、最初にたいして知識を受け継がなかったのも良かったのかもしれない。当初のヌルスは、せいぜい言葉が少しわかる程度で、元になった知識を殆ど失っていた。だからこそ、生き延びるために多くの知識を得ようと活動した。元から多くの知識を引き継いでいたらそれに頼りきりで、いつしかそれが衰えていても気が付きもしなかったかも知れない。


 ただ、それだといくつか疑問が出る。知性獲得型モンスターは、それなりに珍しい事例のようだ。だが、迷宮の浅い階層で死ぬ冒険者なんてごまんといる。その全てがスカベンジャーの餌食になる訳ではないだろうが、それでも多く見積もって三割、四割は彼らによってかたずけられる。ヌルスの発生経緯を考えても、それならもっとたくさん知性をもった触手が居てもいいのではないか……。


 そこまで考えて、いや、とヌルスはその考えを否定した。


《いや。考えてみれば、私は恵まれすぎているのか》


 仮に、思ったよりも多くの触手が知性を得たとしよう。だが、それで彼らが生き延びられるかは全く別の話だ。言うまでもなく、腐肉を漁る触手型モンスターなんて迷宮で最弱の存在だ。他のモンスターにはおやつ感覚で捕食されるし、冒険者からは目の仇にされて狩り立てられる。ほかならぬヌルスだって、たまたまこの隠れ家に繋がる穴に逃げ込めなかったら冒険者に狩られていた。


 もし多数の触手型モンスターが知性を得ていたのだとしても、生き残る事がそもそも出来ないのだ。ヌルスはただ、規格外の幸運に恵まれた、それだけだ。


 それを踏まえても、危険な場面は何度も、そう何度もあった。今のヌルスが存在するのは幸運と、奇縁のおかげである。


《そうだな。……今の私があるのは、私自身の努力によるものだけ、ではない。多くの幸運と出会いによって助けられた結果だ》


 机の上のノートに目を戻す。これだって、アルテイシアの好意によるものだ。彼女にヌルスをレアケースとして観察したいという事情がある事を踏まえても、それなら猶更こんな資料を渡すべきではない。


 彼女は本質的に、ヌルスを一つの知性体として尊重してくれている。それが同じ人間に対するものと同じかどうか、それは問題ではない。本来ならば相容れない存在に、しかし道理をもって接してくれる。きっと彼女は、人間でいう“お人よし”に分類されるのだろう。


《…………》


 そしてヌルスは知っている。お人よし、という存在が、この世界では損するばかりだという事を。


 人間には同じ種族とは思えないほどの個体差が存在し、それを纏めていくために法や決まりごとがあるというのは知っている。だがそれは人間の一挙手一投足を縛るものではなく、あくまで大きな指針に過ぎない。それ未満の小さな範囲では、善きものより悪しきものの方が得をしているのは明白だ。


 例えば、迷宮に誰かの落とし物があったとしよう。善きものならば、それを持ち帰り持ち主に届けるだろう。それによって感謝と、場合によっては幾ばくかの謝礼があるかもしれない。無いかもしれない。労力に見合う報酬は約束されていない、まったくのタダ働きどころか、マイナスであるかもしれない。


 だが卑しいものならば、それを略取するだろう。少なくとも、損をする事だけはない。例え名前が書いてあったとしても、持ち主に返却しなければならない道理はないし、突っぱねても倫理的におかしい話ではない。迷宮はそういう場所なのだ。


 だからこそ、1層2層にあれほど志の低い者が犇めいている。それそのものは良くも悪くもない、ただの道理にすぎない。


 世界は、卑しいものが蔓延るようにできている。

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― 新着の感想 ―
ちょっと思いついたのですが。 触手型モンスターにも、脳はあるのでしょうか?タコの中央脳みたいな。そしてソレを食べたモンスターは、やはり知性を獲得する可能性がある…とか。 いつも楽しみに拝見しております…
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