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望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~  作者: SIS
The Beginning of Distortion, Inheritance of Wisdom ~巣窟迷宮の魔術師~

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第七十一話 アルテイシアの頭痛 その2



 ギルド支部長。随分と大物が出てきたな、とアルテイシアは感嘆し、同時に認識操作にも納得する。支部長ともなれば厄介な繋がりも多いだろう、極力素性は明らかにしたくない、そんな所か。迷宮は人類を脅かす不発弾であると同時に、貴重な資源を生む金の卵でもある。国家なり、宗教なり、後ろ暗いやり取りがいくらでもあるだろうという事は、想像に難くない。


 その上で、人類の安寧の為、ギルドは迷宮攻略に尽力している。積み上げてきた実績が、その前提を疑う事を許さない。


「さて。拙速で申し訳ないのですが、軽く一連の推移について、ヴェーゼさんからもう一度、ご説明願えないでしょうか。口調を畏まる必要はありません、思った事をありのままに、お願いします」


「わかりました」


 促されるまま、体験した一連の事象を説明する。事情聴取で何度も何度も言わされたので、今更つっかえる事もない。


 魔術の呪文詠唱でもしているような気分で語り終えたアルテイシアに、支部長とその御付きの二人はため息のような声を漏らした。


「一連の事象の裏は取れていますが、しかしそれを踏まえても受け入れがたい。……ヴェーゼさん、一つよろしいだろうか?」


「なんでしょう? 私の話せる事はすべて話したと思っていますが」


「いえ。証言を疑っているのではなく、魔術学院の秀才としての貴女に、意見を求めたい。今回のイレギュラーモンスターが、仮に通常の魔物からあそこまで成長するのには一体どれほどの時間が必要だと考えますか?」


「時間……?」


 言われて考え込む。唇に手を当てて、思案のポーズ。


 アルテイシアは別に魔物の研究家ではない。その派生や成長速度など、知った事ではないが……彼女には、彼女のみが知りうる事実がいくつかある。


 ここで、単純に「わかりません」というのは簡単だ。だがそれは、自ら今回の一件に関わる制御権を手放す事になる、そういう確信がある。ギルドに完全に手綱を渡すつもりが無いのなら、ここで有意義な情報を発信する必要があるだろう。


 10年? 20年? そこまで考えて、あ、とアルテイシアはある事実を思い出した。


 巣窟迷宮エトヴァゼルが、発見されてどれだけの期間が経過したのか。それを考えると、明らかな矛盾が生じる。


 そして、ヌルス……彼が当てにしている資料は、ニコライ式にもエジニアス式にも触れていない、非常に古い資料だった。その事を踏まえて考えると、ある一定の範囲まで絞る事が出来る。


 内心、背筋に戦慄が走った。あきらかな異常に、今更思い当たる。


 だが口にしてみる可能性はあるかもしれない。


 じっと見つめる老人の視線に背を押されるように、アルテイシアは推測を口にした。


「……100年は無いにしても。50年か、そこらはかかるんじゃないでしょうか。少なくとも、10年やそこらではないのは間違いないですね」


「成程。……よろしい、どうやら貴女は、我々の知らない情報を掴んでいるようですね」


「っ!?」


 しまった。対応を間違えたか。


 俄かに鋭さを増す支部長の視線に、アルテイシアは腰を低く落としながら、懐にしまった杖の位置を確認する。一方、傍らに控える職員が、静かに重心をずらす気配があった。


 緊張感が会議室に満ちる。


 だがそれを払ったのはほかならぬ支部長の方からだった。


「失礼した。……君もやめたまえ、彼女は客人だ」


「はっ」


「どうやら少し勘違いさせてしまったようだね。そして同時に、非礼を詫びよう。正直にいって、我々は君を試していたのだ」


 支部長がパチン、と指を鳴らすと、たちまちその曖昧な印象が消えてなくなる。


 アルテイシアは目をぱちくりとさせて改めて支部長を見やった。


 やや顎が四角い、強面の白髪の老人。額にも頬にも深く皺が刻まれており、恐らく70を下回る事はないだろう。かつては鍛えていたのだろう、干からびた皮と筋肉の下に、屈強な骨格が透けて見える。


 曖昧な印象なんてとんでもない。これだけ存在感のある老人、一度目にしたら忘れられないだろう。


「ヴェーゼさん、君が何かしらの隠し事をしているのは我々も把握している。それが大勢に影響を与えない情報であろう事を理解した上で、我々は深く追求しなかった。が、決して無視できるものではないと、今は確信している」


「は、はははは……そ、その、ですね?」


「責めている訳ではないよ。君が優れた魔術師であり、その情報の扱いを間違えたりはしない。その事を、再確認させてもらっただけだ。こちらこそすまなかった」


 どうやらアルテイシアの小細工はとっくにお見通しだったようである。流石はプロというか、アルテイシア自身はボロを出したつもりはなかったのだが。専門家には敵わないという事である。


 学院創立以来の天才と持てはやされて、知らぬうちに驕っていたかな、とアルテイシアは反省した。


 ごまかすように、先端が白く変色した三つ編みを弄ぶ彼女。支部長は隣に座る御付きの老婆から資料を受け取ると、それをめくりながらギルドの見解を説明した。


「我々の推測では、あのイレギュラー魔物の活動年数は凡そ60年とみている。対して、ギルドや国家の対迷宮対策班が巣窟迷宮エトヴァゼルの存在を確認したのが12年前。理屈が合わない」


「……対策班が、迷宮を見落としていたという可能性は……当然、考察した上で排除しておられますよね」


「一番高い可能性だからな。だがそれはあり得ない。現代の迷宮探索システムは、未開花のパンデモニウムリリィや、迷宮になれずに徘徊モンスター化した極小特異点を除けば、極めて高い確率で迷宮の存在を確認できる。それに、一度調査した地方も、3年以内に再調査が行われる。40年以上もの間、迷宮の存在を見落とし続けるなどあり得ない。そんな事があれば、地上はとっくに魔界と繋がった場所で溢れかえっているよ」


 言いながら肩を竦めて見せる支部長。


 それは、その通りである。


 巣窟迷宮エトヴァゼルは、比較的新しい迷宮だ。迷宮は基本的に、その存在年数に比例して難易度や深さが変わるとされている。発見されて僅か10年前後の迷宮ともなれば、その内部もそれ相応に危険度は低いはず。そう考えたからこそ、アルテイシアは友人たちを引き連れてここにやってきたのだ。


 事実、他の迷宮に入った事がないにしても、話に聞いた100年ものの迷宮などと比べれば、エトヴァゼルの難易度はそう高くはなかった。まあ油断して頭から丸のみにされた魔術師がいっても説得力はないかもしれないが、客観的に見て、だ。


 だが、あのイレギュラー魔物の存在が、その事実と明確に矛盾する。


 それだけならまだしも、アルテイシアの知る事実。ヌルスが参考にしているという、あまりにも古すぎる資料。迷宮で朽ちた魔術師が残したであろうその資料の年代もまた、エトヴァゼルの発見年数と釣り合わない。勿論、物好きな魔術師が古い時代の資料を好んで持ち歩いていた、という可能性が無くも無いのだが……。


「さて。ヴェーゼさん、貴女はこれをどう考える? 発言内容に責任は問わない、自由に思う事を言ってくれたまえ」


 言われて、アルテイシアは少し言葉に迷う。いくら自由に発言してもいいとはいえ、言っていい事と駄目な事がある、それぐらいは分かる。だが悩んだ末に、アルテイシアは正直に自分の考えを口にして見る事にした。


 値踏みするようにこちらを見つめてくる支部長に正面から視線を合わせる。気持ちで負けていたら駄目だ、と自分に気合を入れた。


「…………荒唐無稽な上に、聊か倫理観に欠ける話なのですが」


「構わない。発言したまえ」


「何者かが。迷宮を長期間、私物化していた……という事ではないでしょうか」


 一瞬、支部長が鋭く目を細めた。びく、と肩が跳ねながらも、それを正面から見返すアルテイシア。


 爆弾発言をした自覚はある。


 迷宮には、そこにしか存在しない資源や魔力結晶が存在する。それを目当てに、何者かが探索から逃れるように細工をしたというのは考えられない話ではない、方法は想像もつかないが。そして50年近く維持が出来ているという事は、何らかの方法で魔素蓄積を防いでいたという事になる。やり方はさっぱり想像もつかないが、この事実はあまりにも危険すぎる。


 少なくとも、ぱっと考えただけで二つの問題がある。


 一つは、そんな方法があるにも関わらず、技術を公開せず独占した。これは、戦争行為にも等しい、人類への裏切り、そして大量虐殺である。年間、どれだけの人命が、迷宮の魔素希釈の為に損なわれているか。もし迷宮の魔素蓄積を防ぐ技術があってそれが公開されていれば、この50年でどれだけの人命が失われずに済んだか。


 そしてもう一つ。確かにそんな技術が存在すれば、迷宮で死ぬ人は減るだろう。だが同時に、それは迷宮を国家が放置できない最大の理由が消滅し、迷宮は厄介な取り扱い注意の不発弾から、金鉱脈に等しい戦略資源に変貌する。迷宮をどれだけ抱えているかが国家戦略に大きく左右するようになり、間違いなく、今の世のパワーバランスが激変する。結果、迷宮で死なずに済む人間より、戦争で死ぬ人間の方が大きく膨れ上がるかもしれない。


 かも、もしも、ばかりの話だが、扱いを間違えればろくなことにならない事だけは確かだ。


「……うむ。どうやら、我々の危惧は高い精度で貴女と共有できているようだ。安心した」


 支部長はアルテイシアの発言に深く頷いた。それに同意するように、左右の御付きも同じく頷き返す。


 恐らく、彼らはとっくにその結論に到達していたのであろう。そのうえで、アルテイシアが情報を共有してもいい人間か、確かめたかった。そう言った所だろうか。


 わからない。お偉いさんの悩みは私の手に余る、とアルテイシアはかぶりを振った。


「だが、まだ確定した訳ではない。まず魔素の蓄積を抑える手段があるのか分からないし、あったとしてそれがまっとうな手段かどうかも分からない。例えば何らかの方法で魔素をどこかに蓄積しているだけで、迂闊な事をすれば忽ちドカン……そんな技術は公開できない、危険すぎてな。それに、どちらにしろ50年以上活動しているにも関わらず、一部のイレギュラーを除けば巣窟迷宮エトヴァゼルは普通すぎる、誰も12年ものという前提を疑わない程に。まだ、今回の件について布告するのは早い、と我々は考えている」


「……それは私も同意見です。つまり、アドバイザーというのは名目で、真実に近い人間として、この事を口外するなと、そういう事ですね?」


「理解が早くて助かる。申し訳ないが……貴女なら、納得していただけると信じている」


 納得するも何も、こんな事、黙っている他にない。友人たちにすら話す訳にはいかないだろう。少なくともギルドが何かしらの結論を出すまで、それこそ墓の下までもっていかないといけない案件だ。


 いや。


 でも一人というか一匹ぐらい、話しても問題ない相手はいるが……。


「わかりました。そちらの危惧には深く納得できるものがありますし、“人間”相手には、絶対に口外しない事を誓います。ギアススクロールは?」


「いや、そこまでする必要はないよ。現状はまだ何も確認できていないからね。その言質を取った事で、好しとしよう」


「恐れ入ります」



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