『アルテイシアのノート』より一部抜粋
●現代魔術の二大派閥とは
現代において魔術は、研究を目的としたニコライ式と実践を目的としたエジニアス式に分かれている。この二つは対立しているという訳ではなく、魔術の深淵に挑み理論を深めようとする一派と、ごく一部の人間にのみ取り扱いが可能だった魔術を技術として広めようする一派、という違いに過ぎない。元々、かつて魔術理論が一つであった時代の至上命題が、より魔術を普遍的な技術として広める事であったと考えれば、エジニアス式はニコライ式の生み出した成果ともいえる。
この二つはどちらが優れている、必要である、という事はなく、互いに支えあって並び立つものである。しかしながら近年はエジニアス式の魔術派閥が資本社会と結びつき強い勢力を持った結果、学術としてではなく企業として権勢を振るいはじめた事を危惧する声もある。
↑みんながみんなそうじゃないですけど、会社の御曹司みたいなのが学院に入ってきてでかい顔してるのでウザイです(*´Д`)
●ニコライ式の始祖、ニコライ・ルクスリアについて
現代魔術において必ず語られるべき偉人、それがニコライ式の始祖、ニコライ・ルクスリアである。実際の所ただニコライ式の始祖というより、現代魔術全ての祖と言える彼は、それまで才覚に依存し統一性の無かった様々な魔術系統を調査、整理し、魔術体系そのものを新たに生み出した人物ともいえる。事実上の魔術の祖、そのものである。これまではあまりにも無駄が多く、迷信や思い込みにも左右されていた魔術式を必要な部分だけ抽出、理論化する事によって、学問としての魔術は飛躍的に発展した。ニコライ氏の存在が無ければ、今も魔術は迷信に満ちた儀式の一つであったかもしれない。
ただ、ニコライ氏は非社交的という訳ではなかったものの、あまりにも隔絶した天才であり、彼の残した理論の一割も後世の魔術師には理解できなかった。その為、以後100年近く、魔術師は氏の残した論文の解析と普遍化に努める事になる。その事から分かるように、一般的な“古くて原始的”というイメージとは裏腹に、極限まで効率化されシステム化された極めて高度な魔術体系であるのが実態であり、基本的な魔術が“始原の三文字”で起動できてしまう事がその事を示している。
言うなればニコライ氏の時点で魔術というものは一度完成を迎え、以降はそれをいかに常人の理解できるものに落とし込むのか、というのが魔術であった。
エジニアス式の台頭と分離以降は、ニコライ氏の論文を解析するばかりではなく、もっと根源的な“魔力とは何か”についての研究も進められている。
↑こんな事書いてますけど、いろんな記録を見る限り相当な偏屈爺さんだったみたいですー。論文の解析が遅々として進まないのも、独自の用語やら言い回しを多用していたのが原因です。おかげで当時はあんまり評価されてなかったんだとか。本当に偉大なのはその価値を理解して翻訳してくれた当時の研究者たちだと思います('ω')ノ
「こんな簡単な事もわからないのか!!」みたいに考えてたのかもですねー。天才にはよくある事です('ω')
●エジニアス式の始祖、エジニアス・ウォルフガングについて
ニコライ氏が魔術全ての始祖であるならば、エジニアス氏は魔術中興の祖と言える。およそ50年前の事、在学時代のエジニアス氏は成績が低く、教師陣からも評価されていなかった。しかし氏は「理論と実用はまた別」として独自に魔術体系を再解釈。従来のニコライ氏の影を追うばかりであった魔術理論に一石を投じた。
それだけでなく、氏は実用に必要な部分だけを抜き出し、それを才能の乏しい者にも運用可能な形でシンプルに整理し、魔術を技術として安定させる事に成功した。そうして誕生したのがエジニアス式である。
従来の魔術は、才覚さえあれば基本はそう難しくないものの、そこから用途に応じて使い分けや発展を目指すと深い魔術への造詣が必要であり、実用は一定レベル以上の魔術師に限定されていた。しかしエジニアス式の登場によって生活を便利にするツールとして魔術が用いられる事も可能になり、魔術師界隈そのものの発展へとつながった。
この事に対し学問としての魔術を乏しめる行為だ、という批判もあるものの、エジニアス式という具体的な結果を得た事で、ニコライ式の研究も進んだのもまた事実である。さらに魔術が普及可能な技術となった事で、一般の“得体の知れないまじない”という認識が払しょくされ、研究予算が組みやすくなったり学院の門戸が広く開かれるようになったのは、間違いなくエジニアス式の大きな功績である。
↑実際の所、伝記などを見る限りは滅茶苦茶プライドの高い凡人、という感じだったみたいですね、エジニアスさん。そこで折れずに「従来の魔術理論が分かりにくいのがいけない!」ってなったばかりか、本当に分かりやすく魔術理論を整理しちゃう辺り、別方面の才覚には溢れてたみたいです。本人が落ちこぼれだったからこそ、どこまで簡略化すればいいか、をよくわかっていた感じなんですかね。まあその過程で相当な数の魔術師が振り回されたみたいですけど。ニコライ氏と同じ時代に生きてたら不倶戴天の宿敵になってたかもですねー。
相当な銭ゲバおじさんでもあったみたいで、特許とか何やら、今でも揉めてるとこがあるみたいですー。(*'▽')
●ニコライ式の実践について
エジニアス式に比べ取り扱いが難しいとされるニコライ式だが、実の所発動そのものは難しくはない。もともとニコライ式は基本的な魔術はたった三つの文字の並びで発動できるようにされており、それを魔術業界では“始原の三文字”と呼んでいる。すなわち、α、β、γだ。何故ニコライ氏が基本コマンドとしてこの三文字を選んだのかは未だ解明されていないが、とにかく発動するだけならこの三文字さえ覚えておけばいい。
しかし、それが実用に耐えるかというとまた別の話である。たった三文字とはいえど、その発音やリズム、魔術回路との相性、そういった制御しがたい要素によって、出力結果は大きく変化する。術者本人の才覚もまた影響する為、常に一定の結果を得る事は難しい。結局、医療や産業には適さず、戦いの手段といった破壊にしか使えない為、この事が長年において魔術普及の妨げになっていた。
一応、他の言語を用いて安定性を図る事は可能だが、そのためには深い知識が必要であり、これまた一朝一夕にはいかない。
魔術が怪しい呪いと思われていたのも、この出力の不安定さによるものである。
↑私達は迷宮に潜ってるんで主に攻撃手段として使いますけど、場所によっては溶鉱炉の熱調整に用いていたり、逆に夏でも涼しい冷気を維持したりするのにもつかわれてますね。施設そのものにエジニアス式魔術回路を組み込んで工業に用いる、なんて事もされてます。
私達のローブにも組み込まれていて、着用者を外部の急激な温度変化から守ってくれたりもするんですよ。まあ、限度がありますが……。あと、あくまで外部の気温に対応するだけなので、着用者自身の体温は考慮してくれないのが融通きかない所です。(*´з`)
●魔術の禁止事項について
魔術については、二つ、挑んではならない禁止事項がある。一つは根本的な原理原則の観点から、一つはあまりの危険性故からだ。
一つは、基本的に魔術はこの世ではない力である魔力を利用する事から、現実の質量を増やしたり減らしたりする事が出来ないという点だ。
炎魔術は言ってみれば酸化反応を加速させるものであるし、風属性は気圧を操っている。雷も、分子運動への干渉だ。水と氷はちょっと怪しい点はあるが、これに関しては水はどこかに沁み込んだり揮発してしまう形で最終的な結論を曖昧にしてしまう事や、氷も解けて水になる、という事で現実の修正力から目溢しされる形で成立している、と解釈されている。ダンジョンコアを失った迷宮が世界からの修正力で消滅してしまうように、魔力で生み出された物はこの世界から排斥されるのが大前提なのだ。
故に、魔術を用いて、現実の質量を増やすような行為は、無意味であるとされている。魔術が基本的に五大属性論に基づいているにも関わらず、大地の属性を持つ魔術が無いのはそのためだ。
そしてもう一つ。極めて危険な事実について。
始原の魔力、無色の魔力。無属性と呼ぶ者もいるその力は、魔術の発祥から存在は発覚していた。むしろ、魔術の始まりはそこからであるので、いかなる魔術師も基礎中の基礎として最初に学ぶものではある。
だが、それを扱う事は決して許されない。魔界に存在するという純粋な魔力は、荒れ狂う嵐のようなものであり、希釈されていない原液そのものだ。それを体に通したが最後、その術者は体内から歪みの力にズタズタに引き裂かれて命を落とす事になる。煮えたぎる溶岩を血管に注入するようなものだ。
それでも、その力を制御しようという試みは学術的な観点から過去幾度も行われてきた。その結果、明らかになったのはその力が、文字通りこの世界のものではないという事だ。
早い話が、純粋な魔力は物理法則を無視するのである。
歪みの力は、そう呼ばれる通り空間を歪めるとしか言いようが無い現象を伴うが、その際、現実空間も実際に歪んでいる。空間そのものが歪んでいるため、いかに硬い物質でも、どれだけ柔らかい物質でもその強度に関係なく、巻き込まれれば歪んで引き裂かれる。いかなる防備も無意味であり、この世界に属する存在である限り、これに抵抗する事は不可能だ。
そしてこの世界のものではない故か、その傷は概念をも傷つける。いかなる些細な傷も、決して癒える事はない。過去には指先一つ傷つけた結果、塞がらぬ傷口に出血多量で命を落とした者や、それから逃れるために指一つ落とした者もいる。だが、後者の者は命こそ助かったものの、失ったはずの指から響く永遠の激痛にやがて正気を失い狂気に落ちた。
魔術の深淵を追い求める上で決して避けては通れぬが、触れる者全てを破滅の未知へいざなってきた、それこそが歪みの魔術なのである。
↑こんな事書いてますけど、原理原則に挑戦する、ってのはまあインテリが目指す理想そのものなので、毎年のように無茶やる人が出てきますねー。
かくいう私も、実はこっそり挑戦していたり。あ、でも無色の魔術、歪みの魔術は本当にめっちゃヤバいので、ヌルスさんも絶対に駄目、絶対、ですよ! アルテイシアちゃんとの約束です!('ω')ノ




