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望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~  作者: SIS
The Beginning of Distortion, Inheritance of Wisdom ~巣窟迷宮の魔術師~

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第六十三話 白金の甲殻



「嘘!? 効いてない!?」


 アルテイシアが驚愕の声を上げる。


 一方、ヌルスの方はその理由に気が付いていた。あの蟲達の体を覆う白色の甲殻。そのうちの、背中部分を覆う僅かに銀色がかった部分が、アルテイシアのアストラルレーザーを受けた時、七色の火花を散らしていた。大抵の物は一瞬で焼くか両断する彼女の魔術が、そのような火花を散らす事自体おかしな話だ。見た目に因らず、極めて高い魔力耐性をもっているのかもしれない。さらに見れば、流れ弾を受けた床面を構成する肉には、僅かな焦げ目すらついていない。


 それらの要素が何を意味するのか。ゆっくり考察したい処だが、敵は待ってくれない。


 アルテイシアの迎撃を乗り越えて、数匹の魔物が接近してくる。ヌルスは取り囲まれないよう、地面の凹凸に触手を絡めながら移動する。障害物の多い地形は、ヌルスからすれば捕まる所が多いという事でもあり、逆に移動しやすい。


 だが敵もこの環境に適応した魔物。凹凸をものともせずに這いまわり、一匹が至近距離に接近してくる。


 どうするか。迎撃を考えたヌルスだが、ここは敢えて一撃を受ける事にする。相手の攻撃手段を把握しておくのも重要ではある。


《かかってこい》


「ピィッ!」


 ヌルスの挑発が聞こえた訳ではないだろうが、虫が小さく鳴いて飛び跳ねた。指ではじかれて飛ぶ小石のような勢いで、腹部を見せて飛び掛かってくる。咄嗟に触手を割り込ませて受け止める。


 見た目より軽い。激突の衝撃そのものは対した事はない。


 となると本命はこの後か。ヌルスがそう判断して観察していると、魔物は触手にしがみついて、そのまま鋭い針のような口吻を突き立てヌルスの肉を吸った。


 凄まじい勢いで体組織と魔力が吸い上げられ、ベコベコと触手が凹んでいく。


《いっつぅ!?》


「ヌルスさん!?」


 激痛に声を上げつつも、他の触手で魔物を締め上げ反撃する。抵抗は一瞬、魔物の体は圧力に耐えかねてへしゃげて潰れ、黄色い体液を吹き出しながら絶命した。直後に灰になって燃え尽きた後には、何も残らない。


 物理的な防御力は殆どないようだ。ただ、攻撃には注意が必要なようである。一瞬でスカスカの潰れた干物みたいになった触手を切り離し、ヌルスは追いすがってくる魔物達に目を向けた。


 ピピン、と二匹程が飛び掛かってきたので、触手を鞭のように振るって弾き飛ばす。しがみつかれると不味いのはよくわかった。


《アルテイシアと別行動しなくて正解だった。あんなもの、人間が受けたら即死じゃないか! だが、弱点は分かったぞ。アルテイシア、見ていただろうな!?》


「お待たせしました! アイスミサイル!」


 ヌルスとの攻防を見ていたアルテイシアが、遅れて触媒の交換を済ませる。すぐさま、物理的な干渉力を持つ攻撃に切り替えた。空中に生み出された幾つもの氷塊が、ゆるく螺旋を描きながら飛翔。狙いを定めたように蟲型魔物達の群れの中央に突き刺さる。


 直撃を受けた個体は勿論即死。さらに氷の破片が飛び散り、周辺の魔物を巻き込んで粉砕する。


 さらに数発、足止めにアイスミサイルを撃ち込んだ所で動きが鈍った群れからヌルス達は離脱に成功した。


 とはいっても、背後が水で塞がれている以上、魔物と距離を取るには奥へと進むしかない。他に選択肢はないとはいえ、アルテイシアはどうなのだろうかと思うヌルスだが、当の彼女からは肯定の言葉が飛んできた。


「このまま! ヌルスさん、このまま奥へと進んでください!」


《何か考えがあるんだな? わかった》


 知識量では彼女に及ぶはずもない。言われた通りに先へと向かうヌルス。


 道中、さきほどの群れに加わっていなかったらしい蟲に散発的な襲撃を受けるが、触手を振るって弾き飛ばし、あるいはアルテイシアの魔術が氷で打ち砕くいた。


 その合間に、アルテイシアが息を荒げつつも説明をしてくれる。


「ご説明しますと、今私達はイレギュラーモンスターの体内にいます! 非常に稀ですが、永い年月を経た迷宮の中に、本来の生態サイクルから外れ、異常進化する個体が発生する事があるんです!」


 魔物は迷宮によって自己防衛のために生み出される。だが、魔物は迷宮のために生きているのではない。ヌルスと彼らの違いは知性の有る無しに過ぎず、魔物は基本的に自分自身の為だけに生きている。確かに迷宮に侵入してくる冒険者を本能的に排除するという動きはあるが、それも巡り巡って自分の為である。


 故に、永く生き過ぎ、力をつけすぎた魔物の中にはその役目から外れるモノがいるのだと、アルテイシアは語る。


「種としての限界を越えて成長した彼らは、もはや小さな迷宮といっても過言ではありません! 逆に言えば、その構造も、弱点も迷宮のそれに似る……! ここまで巨大化した魔物なら、間違いなく体内に核となる魔力結晶を備えています。それさえ破壊すれば……!」


《なるほど。そうすればこの怪物を倒す事が出来るという訳だな》


 そのために、奥に進んでください、という事か。ヌルスは深く納得した。


 飛び掛かってくる魔物を触手で縛り上げて握りつぶす。行動がワンパターンなので慣れてきた。最深部には多数の魔物が潜んでいる事が予想されるが、これなら何とかなりそうだ。


 不安要素が減り、行動指針も定まった。あとは実行するだけだ。


《ようし、速度を上げる。しっかり掴まっていろよ!》


 アルテイシアの体を触手でしっかりと固定し、勢いよく体内回廊をかける。多少の魔物の襲撃は振り切って、ひたすら奥へ。


 魔力感知が働かない為どれぐらい広いかは分からないが、そう極端に広い事もない。なんせ、あくまで4層の地下に潜む魔物の体内にすぎないのだ。まあ、小さな迷宮と化しているという話からして、多少は物理法則を歪めているかもしれないが……。


 果たして、答えは直ぐに明らかになった。


「見えた! あれが核です!」


 アルテイシアが指さす先、回廊の終点に大きな柱のようなものがあった。肉の天井と床を繋ぐその中央には、途方もなく巨大な魔力結晶のようなものが埋まっている。あれが、巨大な魔物の心臓部、という事らしい。


 その周辺には、無数の蟲型魔物が壁に張り付いて、何やら吸っているようだ。侵入者を襲うのはあくまで副産物で、普段は文字通り、この巨大な魔物に寄生して魔力を吸い上げて生きているらしい。極端に魔術攻撃に耐性があったのもそれが関係しているのだろうか、とヌルスはついそんな考察をした。


《……む》


 観察していたヌルスは、そこである事に気が付いた。


 核のある広間、その床面に、何か色々と転がっている。魔物の残骸とか、まとめて飲み込んだ石とかゴミとかではない。半ば肉の床に一体化してはいるが、あれは恐らく、冒険者の防具や武器。


 それも一つや二つではない。そこそこの数が、肉の床に埋もれるようにして転がっていた。


 嫌な、予感がする。


「ヌルスさん、もっと接近してください。至近距離から魔術を撃ちこんで魔力結晶を破壊します。それでこのイレギュラーな魔物は消滅するはずです!」


《っ、わかった》


 思わず足が止まった所で、アルテイシアからの指示に我に返るヌルス。何やらぞわぞわした感じは消えないが、彼女の言う通り、もっと近づかなければ話にならない。


 周囲の蟲魔物達から距離を取りつつ、核へと接近する。どうやらここの壁にいる連中は食事に夢中でこちらには関心が無いらしい。なら先ほど襲ってきた連中は何だったんだと思うが、まあ、魔物の間にも縄張りとか優先順位とか、あるのは今更珍しい話でもない。


 警戒しながら慎重に近づく。


 目の前には、途方もなく巨大な魔力結晶。あまりにも大きすぎて感覚がちょっとおかしくなっており、距離が正確につかめない。いや、高濃度の魔力のせいだろうか。どうにも、この体内回廊では魔物から見ても感覚が正常に働かないようだ。


 だがヌルスは見上げるような柱よりも、足元の方が気になってしかたがなかった。


 ちょうど、ヌルスの一歩先に、何かフルプレートのようなものが肉の床に埋もれている。その胸部部分には大穴が空いていたが、明らかに周辺の蟲魔物の口吻より太い何かに突き刺された痕に見える。見れば鎧の表面は肉の床が分泌する粘液によってか、錆びる事なくかつての輝きを維持したまま。その磨き込まれた金属の輝きは鏡の様に、薄暗い天井を照らし出している。


 その薄暗闇の中で、何かがもそり、と動いたのが見えた。


《……上か!!》


「きゃあ!?」


 アルテイシアを抑えながら背後に飛ぶ。凹凸に絡みつけた触手で体を引き寄せるように離脱した直後、さっきまでヌルスが立っていた場所に何か巨大な質量が振ってきた。土ぼこりの代わりに足場が激しく波打ち、埋まっていた武器防具が粉々になって飛び散る。


「キシュキシュ……」


 奇襲に失敗した魔物が、鳴き声を漏らしつつゆっくりと身を起こす。その見上げるような巨躯に、アルテイシアが目を見張り、ヌルスは対抗するように触手を広げて震わせた。


「蟲型魔物の親玉……?! 核の守護者という訳ですか」


 アルテイシアの言葉通り、全体的な雰囲気はこれまで交戦してきた魔物に酷似している。だが、地を這う地虫だったそれらと違い、この魔物は脚部が非常に発達しており、それによって上体を起こすような姿勢を取っている。全身を覆う甲殻は一目で断言できるほど分厚く頑丈に発達しており、それでいて高い魔力耐性を思わせる虹色の輝きは、配下の雑魚どもよりも遥かに色濃い。また、雑魚の蟲魔物は目があるのか無いのかわからないほど小さかったのと違い、こちらはひじょうに発達した複眼を備えている。つまり、認識能力が非常に高く、攻撃的だという事だ。


 それに加え、人間でいえば腕にあたる第一肢が異常発達し、大剣や重槍を思わせる剛腕へと変化していた。その両腕を地面に突き立て、地響きを立てながら方向転換するボス魔物。


 おまけに、奇襲の様子を見ると瞬発力にも優れているようだ。巨体も相まって通常の動きはさほどでもないとはいえ、いざとなれば跳躍移動も可能だろう。


 不味い、とヌルスは彼我の戦力差を計算して触手を縮こませた。


 こいつは。魔術師の天敵だ。


 臆したヌルスを嘲笑うように、ボス魔物が雄たけびを上げる。


 それが、脱出行最後の戦いの幕開けとなった。


「ギャシュゥウーーーーーーッ!!」


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