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望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~  作者: SIS
The Beginning of Distortion, Inheritance of Wisdom ~巣窟迷宮の魔術師~

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第三十九話 アルテイシアと仲間たち その2



 朝食後は装備を整えて冒険者ギルドに向かう。


 とはいっても、魔術師であり魔術学院の生徒である彼ら彼女らには、大仰な装備は必要ない。これは装備更新を怠っているとか、お金が無いとかそういう意味ではなく、学院の制服はそのまま魔術師の装備として最高峰のものであるからだ。


 訓練中の魔術師が制御を失敗し、暴発する事は有り触れた事故だ。故に、学院の制服は標準で高い魔術防御を持っている。生地の耐久性も高く、ハードレザーや金属製の防具には流石に劣る者の、多少の爪や牙で容易く貫かれる事はない。そもそも、冒険者として見た場合、魔術師が接近戦を強いられている時点で詰みだ。魔術詠唱の邪魔になるし、必要な防御力さえ確保できていれば布の服でも十分である。


 それに加え、学院指定のローブと帽子もある。これらは、危険な生物犇めく秘境に魔術の触媒を取りに行く事も想定しているもので、高い耐腐食性や防刃性を備えている。それに加え、魔術運用をサポートする意味合いもあり、およそ魔術師の装備としては最終回答ともいっていい。このレベルの装備を制服として標準採用しているあたり、魔術学院の高い意識が伺えるというものだ。最も、それゆえの問題もあるのだが……。


 とはいえ、そういった事が分かるのは同じ魔術師ぐらいのもの。街の人や他の冒険者からすると、お揃いの布の服で冒険に挑んでいる酔狂な若者四人組として、白眼視ほどではないものの酔狂な若者として白けた視線を送られている。今も、ギルドを目指して歩く四人を「変なのが居る……」という視線を、すれ違ってから背中から浴びているところだ。


「……毎度の事だけど、腹立つわね」


「癇癪起こさないでくださいよエミーリア、面倒くさいので」


「わーってるわよ!」


 抑えているのか煽っているのかわからないロションの言葉に、イライラとエミーリアが眉を潜める。その隣のエルリックはすでに早速疲れたような顔で、二人の様子を見守っている。


「やめろよお前ら……。それより、アルテイシア、新しいローブと帽子の調子はどうだ?」


「ええ。まだちょっとごわごわしていますが、直ぐになれると思います」


 帽子の唾を指で押し上げて、アルテイシアはニコリと笑った。


「そうか。それならいいんだが。しかし、学園指定のローブと帽子を綺麗に溶かしちまうとは、あのハイドポッドとかいう魔物の消化液、なかなかのもんだな……」


「通りすがりの魔術師さんには本当感謝ね。その人がアルテイシアを助けてくれなかったらと思ったらぞっとするわ。是非あったらお礼を言わないと。……アルテイシアはその人の顔、見たの?」


「“ええ”。“ちらり”となので、人相までははっきりと言えませんが、会えばわかると思います」


 微笑みながら頷くアルテイシア。もし、その真相を知る者がいれば彼女の嘘に目を見開くであろうが、しかしそんな神の如き人物はこの場には当然いない。


 であるならば、嘘は真実と変わらない。


「風の魔術で魔物に丸呑みされていたアルテイシアを助け出して、その後介抱もしてくれたのよね?」


「はい。高い所から落ちる私を受け止めて、地面に寝かせてくれたのです。溶けたローブと帽子も剥いでくれましたし……あの人が居なかったらと思うと、私……」


 ローブの襟元を指で押さえて俯くアルテイシア。真実、あの時は本当に命の危機を感じた。今でも思い出すと演技ではない震えが走る。そっとエミーリアがローブの上から肩を支えた。


「いやあしっかし、おっかねえなあ、4層。無音で忍び寄ってきて背後から丸のみかよ。こえーこえー」


「ははは。でも情報不足で進んだのもいけなかったですね。でも今度は大丈夫でしょう、あれからアルテイシア、ギルドの情報部に足蹴く通ってモンスターの資料に目を通していましたからね。活躍を期待しますよ」


「へえ。アルテイシアでもあんな目に合えば流石に怖くもなるんだな、へへ」


 少し暗くなった雰囲気を誤魔化すようにわざと無神経な事を口にするエルリックと、多分普通にそのつもりで煽るような事を言うロション。どうにも、一見大人しそうに見えるロションの方がエルリックより空気を読めてない。


「ふふ、そこはお任せください。“色々”と、調べてきましたので。ああ、でももし迷宮であの人を見かけても、私一人で接触させてくださいね」


「それは、まあ、別に。随分とシャイな人みたいだしな、そこは異存ないぜ。でも何かあればすぐに呼べよ。……その人を疑ってるんじゃなくて、迷宮をソロで探索してる魔術師なんて、基本的に考えて訳アリだぜ」


「ええ。それはもう、在り有りでしょうね」


「ま、私らもおおっぴらにしてないだけで、訳アリ組だしね!」


 エミーリアが一行の意見を取りまとめて、その話はそれで終わった。


 冒険者ギルドの支部の前についたのだ。


 支部は大きな宿屋程もある建物だ。


 軒先に吊るされているのは、剣と冊子が重なるアイコンが刻まれた鉄板。それが冒険者ギルドの看板だ。ドアを四人がくぐると、来客を知らせるチリンという鈴の音と共に、むわっとした空気が押し寄せてくる。


 朝早くにも関わらず、支部の中には無数の冒険者が詰めていた。人種も装備も様々な人が室内でひしめき合う。また体臭やら染み付いた香料などの香りを誤魔化すように支部にはちょっときつめの香が焚かれており、それがむわっとした汗の蒸気と共に立ち込めてくる。四人はそっと無言でローブの襟元を抑えて顔を庇った。


 そのまま無言で列に並ぶ。申請は順番である、例外は無い。


 待っている間、暇なので支部の様子を観察する。列の先頭では受付嬢がにこやかに営業スマイルを崩さないままテキパキと対応にあたり、次々と冒険者が列から外れて壁際で待機している。その壁には、最近のホットニュースが一面に重なるほど張り付けられている。冒険者にとって情報は命だ、皆、食い入るようにそれに目を通している。


 一通り見渡したところで、エルリックがこそっとアルテイシアに耳打ちした。


「なんかさ。今日は、面子がいつもと違わね? 気合入っているというか……」


「まあ、それはそうでしょうね」


 列に並ぶ一行に目を向けるアルテイシア。ここに並んでいるのは、皆、使い古された、しかしキチンとした武器防具を手にしたものばかりだ。それに、列に割り込んだりして揉める者もいない。皆一様に、きちんとルールに従って順番を待っているし、その間も知り合い同士で情報交換に勤しんでいるようだ。


 一言で言えば、そう。


 志が高い者ばかり、といった所か。


 訳知り顔でロションが解説を引き継ぎ、エルリックに語る。


「つい先日、晴れの日があったばかりですからね。迷宮の構造が一新され、まだ新しい階層構造が完全にマッピングされていません。1層2層は完了しているようですがまだ有料期間ですし……いわゆる、物拾いの皆さんが入ってくるのはもっと後じゃないでしょうか」


 冒険者には大きく分けて二種類いる。


 一つは、名誉や莫大な報酬、危険に満ちた探索活動そのものを目的とした、職業:冒険者、といった面々だ。迷宮の最奥に挑み、情報を更新するのはこちらの手合いだ。


 それに対し、あくまで生活の糧を得るために迷宮に挑む者……普通の仕事はできない、したくない、といった手合いの者も多くいる。彼らは弱いモンスターを倒して魔力結晶を手に入れる、あるいはそんな物には目もくれない上級冒険者が道中で倒した魔物のドロップ品を拾い集めるのが目的だ。


 前者は危険も承知で冒険に望むが、後者はそうではない。命の危険は少なければ少ないほどいいので、迷宮が更新されて危険な要素が未知の間は入ってこない。


 別に、それそのものは悪いことではない。


 冒険者ギルドとしては、どちらも決して疎かにできない存在だ。最前線で戦うフロントライナーは絶対に必要だが、そもそも迷宮の魔素と魔力の蓄積を食い止め、破綻を防ぐためにはとにかく内部に人を送り込む必要がある。物拾いといえど、軽視していい存在ではない。


「正直、あの人達好きじゃないわ。小汚いし、マナー悪いし」


「そういうなって。迷宮から持ち出される魔力の総量でいえば、最上級モンスターを倒してその魔力結晶を持ち帰る上級パーティーより、ゴミ拾いみたいな連中のほうが多いって話だろ。あいつらも立派に人類に貢献してるんだぜ」


「でもちょっとした小銭のために、人の足を引っ張るのはやめて欲しいんですがね。非生産的です」


 正直なエミーリアとロションの言だが、アルテイシアも正直同意する。いくら必要な存在とはいえ、あまり非礼な相手と同じ空間に居たいものではない。


 とはいえ、いくらマナーが良くてもこれだけ冒険者が支部に詰めていると人酔いしそうになる。いつもは物拾いを含めてもこんなに人が集まる事はないのだが。


「それにしても人が多いですね」


「まあ、普段日帰りだったり泊まりだったり別々の滞在計画を立ててる奴らが、晴れの日直後だけは同じスタートラインに立つわけだからな。人が集中するのは仕方ないって」


「それは、まあそうなんですが……」


 襟で隠すようにして鼻を抑えながら、アルテイシアは周囲を見渡す。どうにも、自分達が悪目立ちしている気がするというか、視線を感じるのだ。まあ、理由は分かる。荒くれぞろいの冒険者の中で、お揃いのローブを羽織った学生が四人。目立つのは当然の事だ。


 普段であれば気にもしないが、今はちょっと気になってしまう。そっと、先端が白く変色した三つ編みをローブの中に引き込んだ。


「っと、前詰めろ、前。この調子ならすぐ受付にたどり着きそうだな」


「そこからがまた長いんですけどねぇ……」


「いいじゃん、今日は話が分かる奴らが多いっていうなら、情報交換の良い機会だろ」


 あくまでもエルリックは前向きだ。それにつられるようにして、エミーリアも希望的な願望を口にする。


「そうね。もしかしたら、探し人が来るかもしれないわよ」


「だよな。4層をソロで動いてるような凄腕だしな、志は高い方だろ」


「ははは……。でもこの人の多さですから、あの人は来ないんじゃないでしょうか」


 勿論、アルテイシアは探し人が冒険者ギルドに来ない、という事を確信している。正しくは、“来れない”といった方が正しいか。しかしそんな本心をおくびにも出さず、彼女は友人たちとの会話に興じた。



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