15話 イノシシ退治 前編
──初任務から一週間が経った。
あれから俺達は、各々の戦力強化と資金集めのため、毎日三件以上の依頼をこなしてきた。
討伐依頼を始め、護衛依頼、捜索依頼、運搬依頼、雑用依頼などと様々な内容を受けてきたが、やはり一番楽なのは討伐依頼だろう。
理由は単純で、叶多が強すぎるからだ。
彼一人の戦力は、魔素をほとんど持たない一般人といわれるZ〜Oランクのおよそ数千万人分と陰で評され、その噂は依頼をこなす度に徐々に広がっている。
いまではどの街を歩いても「キャー! カナタさんー! こっち向いてー!」や「カナタさん、俺たちとも一緒に冒険しましょうよ!」ともはや有名人のソレだ。
隣を歩く俺達は興味すら示されず、従者かなにかだと思われているらしく、写真撮影をお願いされたり、間に割り込んで叶多を連れてかれそうになったりもした。
「──ちょっと、やり過ぎちゃたかもね」
「これじゃあハイン一行に、居場所はここです捕まえにきてくださいって言ってるようなもんだろ! やっぱり叶多は戦力として数えずに、ルメリアと俺で出来る依頼をやっていくべきだ! じゃなきゃこうなる!」
商店街を歩いている途中に急に声をかけてきた若い女の子達を押しのけながら、俺とルメリアは激しく後悔した。
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俺とルメリア──叶多は強すぎて殿堂入りしたため隣をで同行するだけ──の本日三件目の依頼は、最近になって近くの森から街に降りてくるようになったイノシシを退治するという任務だった。
魔物の討伐と比べてしまうと小銭稼ぎくらいにしかならないが、そこまで労力を割かずにこなせる任務なため、息抜きにはぴったりだ。
まあ本心を言ってしまうと、俺とルメリアの実力にあった依頼を受けているだけなのだが。
「今日は、よろしくお願いしますね、チームカナタの……ルメリアさんと、ユウさん。こんな辺境まで、わざわざありがとうございます。そちらの、方は……?」
「見習いで参加させて頂きます、叶多です! こちらこそ今日はよろしくお願いします、チヨさん!」
「「よろしくお願いします」」
依頼主のチヨさんという、八十歳くらいのおばあちゃんに道案内された俺達は、早速例の牧場まで向かった。
「──わあ、綺麗な場所ですね! 私、牛って大好きなんです!」
「そうかい、そうかい、嬉しいねえ。この牛たちにはね、一人一人名前があるんだよ。聞いてくれるかい?」
「はい、ぜひ聞かせてくださ──」
「だ、大丈夫です! それより、牛たちのために早くイノシシの対処をしましょう! 牛たちも困っちゃいますよ」
危うく地獄の時間が始まるところだったが、お人好しの叶多の間に割り込んだ俺は、なんとか危機を回避させることができた。
辺りを見回すと、広大な土地に放たれた牛たちがのびのびと暮らしており、見ているだけで気持ちが晴れやかになる。
心地よい春の風に吹かれた大きな風車がぐるぐると回り、気持ちよさそうな牛たちの鳴き声も相まって、ずっとここにいたいという気すら湧いてくる。
どうやら同じ気持ちになったのか、牛に感情移入したルメリアが小さな怒りを溢した。
「こんなのどかな牧場を荒らすなんて、酷いイノシシもいたもんですよね。牛さんの気持ちを考えたことあるのかしらね」
「イノシシにも、イノシシの事情があるからねえ。動物全員が、暮らしやすい世の中になってくれれば、それが一番なんだけどねえ。そう上手くは、世の中できていないんだよねえ」
小さな笑顔を見せたチヨばあさんは、「こっちだよ」とゆっくり歩きながら、イノシシに荒らされた現場まで案内してくれた。
「──ここだよ」
森と隣接している背の高い頑丈そうな柵まできた俺達は、衝撃の光景を目の当たりにする。
「……これは、酷いわね」
「柵がボロボロになってるね……。血の痕もある……」
柵を食いちぎられた痕がいくつもあり、地面を掘られ、地中から潜り込んできた形跡もみられた。
「これ、本当にイノシシがやったんですか……? とてもじゃないけど、イノシシのする所業とは思えないです」
俺の知っているイノシシとこの世界でいうイノシシが一致しているとは限らないが、少なくとも異世界人のルメリアの反応を見る限り、イノシシにこんなことができるわけがないと思っている顔をしているため、そこは共通認識で間違いないだろう。
「私が見たんだから、間違いないよ。あれは、この森に住んでる、イノシシだよ」
そう言い、少し顔をしかめたチヨばあさんは、「でもね……」と言葉を付け足した。
「なんだか少し、いつもと雰囲気が違ったような気もするねえ。怒っていたような、苦しがってたような……。いつもは温厚な子なんだけどねえ」
「そうだったんですね、貴重な情報ありがとうございます。チヨさんは危ないので、あとは私たちに任せてください! しばらくここで見張って様子を見てみます。なにかあったらすぐに知らせますね」
「あらあら、ありがとうね。それじゃあ、あとはよろしくお願いします」
深々とお辞儀をしたチヨばあさんは、ゆっくりと赤い屋根の牛舎に向かい、牛の世話に戻っていった。
「──それじゃあ、私たちも張り込みしましょうか」
「って、どこで張り込むんだよ。こんな開けた場所で隠れる場所なんてないだろ」
「あるのよね、それが」
ふふん、と自慢げに言い切ったルメリアは、叶多に視線を移すと、なにやらジェスチャーで説明し始めた。
「あれよ、あれ。何日か前に使えるようになった、あの魔法よ」
「──あっ! 透過魔法のことだね!」
「そうそう、それよ! 透過魔法! あれで隠れて、イノシシが来るまで待つ作戦よ! どうかしら?」
透過魔法とは、数日前に受けた依頼で偶然会得できた、対象を対象以外から見えなくさせる魔法のことだ。
依頼主であるとある学校の校長先生が、廃校になった学校に忘れてしまった思い出の写真を取ってきて欲しいという依頼で、そこで消える幽霊と対峙したときに偶然インスピレーションが湧き、出来るようになったらしい。
「うん、良い作戦だと思うよ! よーし、そうと決まったら早速隠れちゃうよ。二人とも、この魔法を使ったら、あんまり動かないようにしてね。激しく動くと魔法が解けちゃうんだ」
俺とルメリアは同時に頷き、少しだけ叶多の傍まで寄る。
「それじゃいくよ。透過魔法」
数秒後、不思議な感覚と共になにかにコーティングされた感覚が訪れる。それは頭から足元までゆっくりと進み、すぐに身体全体まで完了した。
「すごい、二人ともどこに行っちゃったのか、まるで分からないわ!」
ルメリアの声だけが、彼女の元いた場所で聞こえた。
「この魔法、たしかにすごいけど俺達同士は見えるってわけじゃないんだな。言っちゃなんだけど、戦闘のときにあんまり率先して使えるような魔法ではないな」
そう言いながら自分の腕や足を見てみるが、どうやら自分の身体は見えるようだ。だが、一緒に隠密している仲間の位置が分からないとなると、やはり戦闘での応用はしずらいだろう。隠密には有利だが、奇襲には向かない、そういったところだろうか。
「だからこうしてイノシシ退治に使ってるんだよ、悠君」
「そんなつもりで言ったんじゃないぞ。これはすごい能力だよ、男の夢も一つ叶ったようなもん……だし……」
決して見えないはずなのだが、どこからか鋭い視線を感じ、慌てて自粛する。
「まあ、ひとまずはここでゆっくりイノシシを待ちましょう。向こうからは見えてないんだし、声さえ出さなければ気づかれることもないわ」
「俺も、イノシシが来るまではしばらく休んでおこうかな。もちろん、目は離さないぞ」
そう言い、俺達三人は暖かい春の風を浴びながら、牧場の芝生で待機することになった。
──俺はというと、もちろん寝た。




