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このご恩はいつか必ず

作者: 秋城 朱香

うだるような暑さが続いた頃だった。


会社に行く前に毎朝寄る駅のコンビニで水と鮭おにぎりを買ってホームに降りていく時だった。


ホームの椅子には、いつもはいない爺さんが座ってか細い声で何か喋っていた。

「誰か〜水をくれんか〜?」

と尋ねているではないか。


電車を待つ間、横目で見ていると暑いのに黒い帽子に黒いコートを羽織りその下は白いタンクトップにくすんだ緑のよれたズボンをはいていた。右手には杖を携えており左手で手招きをしているようだった。


電車に乗るとちょうど爺さんが見える場所に立ってしまい間横目で見ていたら何やらスーツ姿の若い女性がペットボトルの水を渡しては立ち去って行った。ほっと胸を撫で下ろすと電車は会社へと向かって行った。


次の日、同じように駅のホームに向かうと昨日と同じ爺さんが同じ場所に座って

「誰か〜水をくれんか〜?」

とまた言っているではないか。


少々面を食らってしまったが昨日の女性が来るだろうとしばらく見ていたがなかなか来ないので仕方なく自分の水をあげてしまった。すると、

「このご恩はいつか必ず」

「大したものではないので」

と言い返すと微笑んで見つめてきた。

そうこうしている間に電車が来て会社へと向かった。


会社に着き、自動販売機で水を買っていると同僚が話しかけてきたのでいつもの流れでコーヒーを奢った。

ふと、先ほどの話をしてみると

「それきっと明日もねだられますよ。タイミングを見てやめないといつまでもやられますよ。」

「そうだよなぁ」

と迂闊に手を出してしまったことを後悔していた。


帰りに朝と同じホームに寄ったが、あの爺さんは見当たらなかった。なんとかことを荒立てずに辞めることはできないかと思案しているうちに同じことが2日続いたのだった。

そして3日目のことだった。

爺さんに気を取られ過ぎてミスした分の仕事を家に持ち帰り徹夜をしていたら、いつのまにか寝てしまっていた。


朝は、会社からの電話で目が覚めたのであった。慌てて支度して駅に向かうと、いつもの爺さんの姿はなかった。


会社に着くと上司に全力で謝った。それが終わると安心したわけではないが、とりあえず今日は爺さんのことは考えないようにした。


次の日、いつも通りに駅に向かうと以前見かけたあの女性が爺さんに水を渡していた。もうこれ以上関わらないようにするために見てみぬふりをした。なんとなくだがあの女性から睨みつけられたような気がした。


そして、その光景を1週間ほどみるようになった頃だった。

いつものように爺さんがあの女性から渡された水をもらい、

「このご恩はいつか必ず」と言ってはペットボトルの蓋を開けて水を飲んでいる姿を見ているうちに、このままではいけないと思い、つい口を出してしまった。

「爺さん!いい加減、水をねだるのは辞めにしないか!無料の給水所なんてそこらへん探せばいくらでもあるだろう!」

と爺さんに向かって言うと

「はてなんのことやら」

と言っては首を傾げていた。

そんな爺さんに肩を落としていると、

あの彼女がタイミングを見計らって後ろめたそうにしながらその場を離れようとしていた。そんな彼女の肩を掴んでは

「あんたもあんただ、なんであんな爺さんに買った水を毎日あげているんだ!」

と言ってしまった。すると

「あなたがあげなくなったから私が代わりに買わないといけなくなったんですよ!」

と言われて呆気に取られてしまった。

「あぁ、流石に毎日くれくれ言うとは思わなかったんだ。許してくれ。」

とバツが悪そうに言うと彼女は

「もういいです」と言いその場を後にした。

駅員が何をしている!と言いながらやって来たときには爺さんの姿はなかった。

とりあえず駅員には水をたかる爺さんがいたら注意しておいてほしいと言ってから会社へと向かった。



そして次の日から、その爺さんは現れなくなった。



それからだった、しばらくして爺さんが座っていたホームの椅子に500mlのペットボトルの水が3本置かれるようになったのは。


夕方になる頃には誰かが持って行ったのか3本ともなくなっていた。


次の日にも同じ場所に同じペットボトルの水が、また3本置いてあった。しかしその日は、帰りに見ると朝置いてあった水がそのまま置いてあった。


そして誰かに貰われるのを待つかのようにそれがしばらく続いたのだった。


朝になるときっちり3本分のペットボトルの水が置いてある。なぜだか持って行かなければならないような使命感にかられるようになった。


そしてある時、流石に置きっぱなしは良くないだろうと朝、用意した袋にペットボトルを3本入れて会社に持っていくと、1本は会社で飲み干し、もう1本は同僚に渡して、残りの1本は帰りに飲もうとカバンから取り出そうとした時、落としてしまった。

コロコロと転がったペットボトルは女性の足元で止まった。

「すみません」と言い顔を見上げるとその女性は以前あの爺さんに水をあげていた女性でした。

顔を見合わせるなり、何やら気まずい空気になり

「じゃぁ」と言うと、彼女から後日食事でもどうかと誘われた。ちょうど聞きたいこともあったため、成り行きで連絡先を交換し、ついでに余ってたペットボトルの水でよければと渡して帰った。


その日の夜、夢の中であの爺さんが俺にペットボトルを渡しながら「このご恩は必ず」と言われてハッとなって起き上がった。


会社に行く時間になっていた。


そしてホームに行くと椅子に1本のペットボトルが置かれていた。

ここに残して置くと毎晩にでも夢に出て来そうな気がして仕方なくその場で飲み干した。


会社に着くと何やら騒ぎになっていた。

どうやら昨日の夜、帰宅途中の同僚が駅の階段から足を踏み外して骨折で入院したが、それがどうゆうわけか今朝、急変して亡くなったという知らせだった。それを聞いて急に怖くなり、慌ててあの彼女に電話をするが一向に出てはくれない。

そして会社を慌てて出て駅に戻るとホームの椅子にはまた500mlペットボトルの水が1本置いてあった。



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