女尊男卑の世界〜男性達は目が死んでいた〜
生まれた世界が地球だったことは素直にありがたい。
しかし、こんな世界観ならばファンタジーの世界の方がマシだったのかもしれない。
地球は地球でも男尊女卑、ではなく女尊男卑のごりごり男が女に支配されている世界だった。
男の社会進出は強制的なのに女性は優遇される。
わたしはこの世界が怖い。
常に状態異常でいう恐怖に取り憑かれている。
「すみません」
「はあ、なんでこれくらいできないの」
という男が女にぺこぺこする世界。
逆の世界を知っているせいで常に曇らせられている。
男が虐げられ、女が上に立てる理由はめちゃくちゃシンプルだった。
子供を産めるから。
まあ、そういう思考の時代が生まれてもおかしくないっちゃない。
人間以外の生物でメスが命を握ってオスが命を握られているなんていう生物的なこともあるし。
つまり、そういう分岐を経てこうなっている地球ってことかな?
歴史を勉強したけど、見事に男女逆になってた。
卑弥呼が男とか有名な信長さんが女とか。
大奥だって逆ハーレム。
小説にしかハーレムものは存在しない。
この世界では逆ハーレムもあるんだよね。
いや、でも、この世界はわたしの知る男尊女卑の世界よりもだいぶ強め。
「バウハー」
男性使用人にあやされている中、難しいことを常に考え、わたしは目の死んだような男、父親をちらりと見る。
この世界の人、深刻な女嫌いに侵食されているかもしれない。
目に光がない。
「おい、交代の時間だ」
「そうか」
覇気がない。
なんだか空気もどんよりしてる
「ムーン」
今後、すくすく育つとしてその後の生活をどうしようか。
5歳の誕生日を経験。
お葬式みたいな空気。
わたしの情緒が死ぬンダガ??
そうか、女の人は望まれてないってことかな。
「リーシャ、誕生日おめでとう」
「あ、ありがとうございますぅ」
こっちも死んだ目で祝われて、社交辞令で笑顔を向けるしかない。
女の子会というお披露目会的なものを5歳児記念でやった。
七五三みたいなやつ。
わたしと同じ歳の子が勢揃いしていたけど、私の顔も絶賛世の男の如く死んでしまっていた。
地獄の渦中かってくらいやべえ。
「帰りたい帰りたい帰りたい」
不満を垂れ流しながら父親っぽい人を蹴る女児。
きゃっきゃと走り回る女児。
帰りたいな。
わたしの父親っぽい人と手を繋いだまま
立ち尽くす。
「帰る?」
父親っぽい人に聞くと、彼は困ったような顔をするから、帰るのはまだダメなのだろう。
「そっか。まだだめなんだね」
父親は全く喋らない。
多分、喋らないことで心を守っているのかもしれない。
「終わったらすぐ帰ろうね」
「ああ」
まるでわたしが父親の親みたい。
子育てならぬ父育て。
感情が死滅した男達の顔に囲まれて、されるがままの会場で名を呼ばれる。
お披露目が終わって帰るかと言うところで1人の女児がいたずら目的で父に近寄ってきたところ、蹴ろうとする。
「邪魔」
「ふや?」
女の子の耳元で殺気めいたことをいう。
「退け」
怒りに目を尖らせて女の子を横に移動させ、父に行こうかと振り返る。
父はこちらをじっと見ていた。
そこには喜びも悲しみもなく、観察しているみたいに見えた。
わたしはきっと、男でも女でもない、別の人間なのだろう、彼らにとって。
「父さん、やっぱりファミレス行こう」
と、気が変わり、運転手のところへさっさと行き、ファミレスへ向かう。
運転手さんには待たせることになるので飴をいくつか渡しておいた。
すっごく形容し難い表情で私を見る。
父とファミレスで食べつつ、父がにんじんを横に避ける。
父はにんじんが嫌い。
かわいい。
「にんじん食べれないんだったらわたしが食べるね」
どうせどういう言い方をしても強要している風に取られてしまうのでパクパクとにんじんを食べた。
「ブロッコリー食べなさいよ」
遠くから聞こえてきた声に顔を向ける。
母親っぽい人が男の子にどうやら言っている。
男の子は食べられないと泣いている。
この時期の男の子は感情が豊かだなあ。
いつになったら目が濁るんだろう。
女性の皿は見事に嫌いなものが残されており、棚にあげている状態で言っていた。
お前も食えよと内心眉を顰めた。
はあ、そんなんだから年間の殺人の男女比が女に偏るんだよ。
また年数が経ち、大人になるころには父はわたしに会社を譲ると言った。
無理に譲らなくともいいと言ったのだけど、疲れたからと引退したのだ。
「もしよかったらなんだけど、好きな人が居たら、その、その人を呼び寄せて一緒に暮らしたりなんか、して、わたしがなんとか出来るように、出来るよ?」
父はまた不思議そうな顔で、こちらをじっと見ていた。
相変わらず曇りガラスのように不透明だ。
「本当は好きな人が居たけど、わたしの母親にみそめられたからだめになったんだよね?」
相手は男性だ。
小遣いやらを駆使して調べた。
相手の男性も結婚したがすぐに子供を産んだら無用と離婚されている。
因みに私の母親に関しては、ちょっと罠を張って、見事に捕獲してこちらに関与出来ないようにした。
「その人、今でも父さんと居たいって」
「だめだ」
「大丈夫、世間にバレずにすれば2人は一緒に居られるから」
説得に説得を重ねて、なんとか父と恋人は再会を果たし、互いに抱擁しあう。
涙が出そうになったけれど、泣くことは出来なかった。
『その後、父は遠く離れた家で恋人と過ごして、穏やかな余生を過ごしています』
初老の女性が授与されたトロフィーを片手にテレビ画面で映る。
『私ですか?わたしは気配を消して、彼らの側には生涯近寄りませんでした』
観客達は互いの伴侶や恋人、親子で手を繋ぎながら涙ぐむ。
「父は、女のわたしが近付くと小刻みに震えました。小さな頃からです」
リーシャは一人語りをする。
「どうしてもと言う時は、必要な時だけ手を繋ぎました。私は手の力を抜き、いつでも父が手を離せるようにしていました」
その言葉に女の子が父親に泣きつく。
「父は明らかに女性恐怖症で、私が娘でも、嫌いじゃなくとも勝手に震えてしまっていたんだと思います。自覚してなかったでしょう」
手を繋いで、なんて言えるわけがない。
「父は余生を穏やかに過ごして、そして、数年後になくなりました」
亡くなった日、わたしは父に会いに来た。
「お疲れ様を言いたくて、そして」
『最初で最後に貴方を抱きしめにきたよ』
人払いした部屋でそっと父の遺体を同じく寝転がる状態でそっと抱きしめた。
寄り添うように。
冷たいはずなのに、冷たさは感じない。
線香の香りがした。
「やっと、抱きしめてくれた」
手を繋ぐのですら無理だったのに、抱きしめて欲しい、おんぶをしてほしいなどと言えるわけがない。
女の私の言葉を確実に実行する父の心を思えば、言えるものか。
震える父に抱きしめられたくなどなかった。
恋人と抱き合った姿を見て、わたしはね、羨ましいって思ったんだよ。
羨ましいなぁって。
私に触れられると拒絶されてしまうのに、恋人とはなんの障害もなく触れ合えるんだって。
『あれからもう50年以上。時代は変わりつつも女尊男卑の世はまだ残っています。しかし、わたしの目の前には父親と娘が手を取り合って、笑い合う姿があるだけで、ここまでやり遂げてよかったと思います』
理不尽な法律を時間をかけて改訂し、女尊男卑の空気が薄い海外とのパイプを繋げた。
と、大きく言っているが、そこにいくまでにこんなに時間がかかってしまっていて、言い切るには色々あり過ぎた。
「私が本当に抱きしめて欲しかった人を、心の底から安堵して抱きしめられたのは死体でした」
初老の女性、とあるショーを受賞したリーシャは薄く笑って伝える。
「皆さんには暖かな体温を感じながら、是非、抱きしめあって欲しいと願っております」
壇上から降りた女性を思いっきり抱きしめる男性達。
世代が変わり、こうしてなんの憂いもなく触れ合えるようになった。
でも、誰にも言ってないけれど、やはり抱きしめて欲しい人には抱きしめてもらえない心の空いた感覚は、今も残り香程度はある。
女性が亡くなる時、友にこう言い残した。
「もし、空の上で再会して。まだプルプルと震えていたら、今度はにんじんと父親思いの娘も克服出来ないなんて、時代に遅れてるわよ、と思いっきり抱きしめてやる」
遠慮することを覚えなくなったのは歳のせいね、と笑った。




