第七十五話 女神とロッテばあさん
お読みいただきありがとうございます!残酷なシーンがあるのでご注意ください。これで過去編が終了、次回から未来編が始まります。よろしくお願いします。
ベルナール王子は父であるコルネリス王がヘンリエッタに手を付けた時点で、自分の王位継承が非常に危ぶまれる事態に追い込まれたと考えた。五代前の王の時代に女神の怒りを買って以降、エレスヘデン王家は女神が加護を与えた巫女を妃にするようにしていたし、巫女が産んだ王子を次の王位継承者としていたのだが、ベルナールは正妃である巫女ではなく、側妃から生まれた王子なのだ。
大陸との貿易が盛んになっていく中で、大陸の宗教や文化に強い憧れを持つ貴族も増えていく。であるのなら、エレスヘデン王国から女神信仰を排除していけば、ベルナールが王位を継承する際の地盤は盤石になるだろう。
コルネリス王が、巫女が産んだ子にこだわるのであれば、ベルナールは女神と手を切る道を選ぶ。だからこそ今の大神官を排除して新しい大神官を据えようと考えたし、自分の妃には巫女候補を自ら辞退したアリーダ・ブラリュネを選ぼうと考えた。アリーダは自分との閨にケチをつけた最悪の女だが、彼女はナルヴェ王国と太い繋がりを持っている。
宝石や真珠の減産が問題となっている王国を建て直すには他国の援助は必須となるため、アリーダのことは利用するだけ利用してやろうと考えていたのだが、そのアリーダが女神の呪いにやられてーしまったのだ。
「アリーダは父上を排除するためにあくまで必要だったというだけであり、父上が私に王位を継承するというのなら、アリーダの助けは必要なくなるということだ」
最近、コルネリス王の体調を懸念する声が高くなってはいたのだが、どうやら王は本格的に体調を崩し始めているらしい。
「年甲斐もなく若い女にうつつを抜かしているからこんなことになるのだ」
自分の息子が手を出した女の誘惑に軽々と乗ってしまうのがコルネリス王であり、自分の父の節操のなさに呆れ返ってしまうベルナールだったのだが、
「ベルナール殿下、国王陛下は倒れられまして、只今、寝所にて治療を受けております」
父の側近に促されるまま、父の寝所へと移動をする。
「父上、どうなさったのですか!父上!」
重い扉を開いて寝室へと入ると、何かが腐ったような匂いが鼻につく。
「殿下!陛下が大変なことに!」
王に付き添っていた医師が慌てて立ち上がったのだが、それと同時に無数の雷鳴が轟いた。先ほどから雨が窓を叩きつけていたのだが、一瞬で世界は暗くなり、停止したように動かなくなってしまったのだ。
『おう、おう、くだらねえことばかりを考えて実行する周りの人間を傍観して放置し続けるクソみてえな息子の登場じゃあないかね』
ひやりとした女の指が何処からともなく現れて、ベルナール王子の首に触れた。
『人間てのはなあ、本当の本当にくだらねえ生き物だと思うのだが、お前は特にぃ酷いもんだぁなぁ』
「う・・・」
吐き気が込み上げてきたベルナールは、俯きながら口までのぼってきた何かを吐き出すと、真っ赤な内臓がべちゃりと音を立てて口から落ちた。
「うわ・・うわあああああああ!」
恐怖の叫びをあげて尻餅をつくと、女の冷たい指が王子の下腹部に触れた。
『お前の中身はいらねえ臓物ばかりだなぁ、神聖なる神殿で、何人の女を食っていた?能無しは大概女の体にのめり込むもんだが、てめえもまさにそれだな。粗末なものをぶん回してイキがるのはガキのやることよ』
女の指がグイッと力を込めて押すと、全身を貫くような激痛がベルナール王子を襲う。
『お前の父親は全身を腐らせながら百日は苦しませてやろう。自害はなし、勝手な殺処分もなし。百日間は苦しみに苦しむがいいさ』
悶え苦しむベルナール王子の後ろ襟がグイッと掴まれると、彼の体は宙を飛ぶようにして寝台の方へと投げ飛ばされた。強かに体を打ちつけた王子が大の字になって伸びていると、女の足が王子の開いた足の間に現れて、
『次の王位継承者はてめえだが』
そう言いながらぐりぐりと服の上から王子の下腹部は踏みつけられた。
『なんだかんだ言って直系の血を引くのもてめえが最後、死に物狂いで何処までやれるか見せてもらおうか』
そう宣言された後に、ベルナール王子の頭の上に王冠が現れた。
『ここは女神が作った島、女神が作った国なんだよ。てめえらは女神信仰なんて時代遅れだと嘯いていたようだが、だったら大陸の神がなんなんだ?あたしほどてめえらに慈悲を与える神もいねえってのによお、よくもまあ、古びた役立たずみたいに扱ってくれたものだよなあ?』
ベルナールは涙を流して後悔をした。
エレスヘデン王国は女神に愛された国だったのだ。女神の加護のおかげで自分たちは贅沢をして過ごすことが出来たというのに、いつの間にかそれが当たり前のものと考えたし、たとえ女神の加護が無くなったって王家には山のような宝石が貯蔵されている。何も困ることはないと思い込んでいるところがあったのだ。
『あたしは人形遊びが大好きだから酔狂にもまだこの遊びを続けてやるが、てめえにはきっちりと分かる形で呪いを与えてやろう』
女の人差し指が王子の額に触れると、雷に打たれたような激痛が全身に走り、そのまま体が燃え尽きそうなほどに熱くなる。
『さあ、こっからお前らがどうするのかとくと拝んでやろうじゃねえか。ちなみにあたしは、怒状態のまま持続しておくからな』
全身が砕けるような痛みを感じながらベルナール王子はそのまま気を失った。次に目を覚ました時には世界は変貌していたのだが、女神の怒りがどれほどの物であるかということをベルナール王子はまだ理解していなかった。
◇◇◇
「ロッテばあちゃん!ロッテばあちゃん大丈夫?」
「うん?」
「ロッテばあちゃん!目を覚ましてよ!」
「ううん?」
大欠伸をしたロッテばあさんが目を開けると、瞳に涙を溜めた子供たちが心配そうに覗き込んでいる。
「うんだあ?俺がどうしたっていうのかよ?」
「ばあちゃん、急に気を失ったんだよ!」
「船に乗った途端に倒れたから、女神様の戒めが走ったのかと思ったんだ!」
子供達の母親も心配そうにロッテばあさんを覗き込んでいた。
「ああ、ああ、俺と大神官様とで神殿の森の戒めは外したから問題ねえって言っただろうが?」
「だけど!」
「突然倒れたものだから!」
「ほうけ、でも大丈夫だ」
甲板の上で立ち上がったロッテばあさんはうーんと言いながら腰を伸ばすと、
「公爵様が用意した船には全員乗ったのか?」
と、尋ねてきた。
「全員、無事に乗れたよ」
「中には荷物を載せきれなかった者いたけども、命よりも大事なものはないからね」
「それにしても急に雷が鳴ってびっくりしたなー!」
帆が風をはらみ、海の上を滑るように船は進んでいるようだが、見回してみれば同じような船が何艘も航行している。
「父さんたちはもう、公爵様の島に到着しているってよ」
「それにしても、あたしら神殿の森を出ちゃって大丈夫なんかね?」
「祟りとかあったらどうしよう〜!」
大陸から移動してきた魔術師の一族は、女神の強い加護が残る森の中で半ば軟禁されているような状態で生活をしていたのだ。
「女神様も遂に見切りをつけたのさ」
ロッテばあさんはアルンヘム本島の上に広がる漆黒の渦巻く雲を眺めながら、
「だから、外に出ても文句も言われねえよ。王家の奴らの奴隷になんかなりたくねえし、家族は無事に安全に、のんびり一緒に暮らすのが何よりのことなんだからよ」
と言って、不安そうな女衆を見回した。
「公爵様のところでも安心、安全に、のんびり暮らすことが出来るのかね?」
「ああ、そうやって大神官様が公爵様と約束してくれたから大丈夫だ」
その大神官は鐘塔から落下して死んでしまったけれど、彼が死ぬ間際に最後の力を使って警鐘を鳴らしてくれたからこそ、森の住民はいち早く島の外に逃げ出すことが出来たのだ。
「それにしてもばあちゃん、アン様の姿が何処にも見えないんだよ」
「大神官様に呼ばれた〜なんて言っていたから、大神官様のところだとは思うんだけど」
「置いてきちゃったけど大丈夫だよな?」
ロッテばあさんは大きなため息を吐き出しながら言い出した。
「ああ、アン様やフィルの旦那には海の神様がついているから大丈夫だ」
「「「海の神様?」」」
「そうだよ、女神様じゃなく海の神様だ」
「「「はあ?」」」
「海の神様に呪われているだろうが、きっと無事だろ」
ロッテばあさんがそう言うと、
「「「ばあちゃん、呪いなんてまた怖いこと言わないでよ〜!」」」
と、子供たちが心底嫌そうに言い出した。
「なんだあ?この世の中は呪いで溢れているっていうのによお」
「ばあちゃんはそればっかだよ」
「んだけどもまあ、そのうち二人には会えるだろうよ」
ロッテばあさんは呑気にそんなことを言っていたのだが、そんな二人が島の魔術師たちの前に現れるのは二十年も後のことになるということを、この時のロッテばあさんは知るよしもなかったのだった。
〈 過去編 完 〉
これで過去編は終わりとなります。肝心のヘンリエッタはどうなってしまったのか?そこの部分は未来編で判明しますので、もう少しお待ち頂ければ幸いです!
アース・スターノベル大賞 金賞 受賞ありがとうございます。本日より御礼企画として噂〜私はいつでも一妻多夫を応援します(改題 貴婦人たちの噂は今日も楽しい)の番外編連載が始まります!!ご興味ある方は覗いて頂けたら嬉しいです!!!もし宜しければ
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