第七十二話 海の神
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物心ついた時から変わり者と言われ、
「お前は魔術や剣術なら飲み込みが早いのに、人の機微についてはどこまでいっても疎いままだな」
と、死んだ父親はフィルベルトの頭を撫でながら言っていたものだった。そもそもフィルベルトは他人に興味がないし、家族に対しても興味がなかったのかもしれない。家族はフィルベルトに愛情を注いでくれたのだが、同じように返すことなど出来ないし、家族もその点については諦めているようなところもあった。
村にいるどの女の子よりも可愛らしい容姿からフィルベルトに興味を持つ子供を多かったし、欲望の捌け口にしようと考える大人も居たが、自分の害になりそうな奴は完膚なきまでにやっつけた。手加減を加えれば相手がより執着するのはわかりきっていたので、二度とフィルベルトの顔は見たくないと思うまで、丹念に手心を加えて痛めつけるようにした。
世の中に居る人々は家族も含めて、全員、同じように見えるのだが、父が処刑されたあの時に声をかけてきたアンシェリークは顔かたちがはっきりと映し出されていた。その時の彼女の瞳は燃える炎のように赤く見えたのだが、フィルベルトはアンシェリークに魅了されていたのかもしれない。
フィルベルトは残虐なことは何処までも容赦無く行うことが出来る。そこに罪悪感が生まれることはないし、後悔なんて気持ちは感じたことがない。だというのに、アンシェリークが相手になると不安や期待、後悔や懺悔の気持ちが溢れるように湧き出してくる。
家族の復讐をするためと言いながら、何故、神殿騎士を目指したのかは分からないのだが、
「どうしても神殿騎士にならなければならない」
という強い気持ちだけが湧き上がる。周りはベルナール王子が神殿に行くことも今後は増えるだろうから、それを見越したフィルベルトが神殿騎士を目指すようになったと思い込んでいたのだが、実際には王子のことなど何も関係はなかった。
シュトルベルク公爵を後見人として、フィルベルトは神殿騎士になることが出来たのだが、自分が神殿騎士になったのは、巫女候補として神殿に上がったアンシェリークに会うためだったからだと理解する。
アンシェリークとは、ほぼほぼ勢いだけで結婚することになったのだが、彼女はフィルベルトが求めてやまない人だった。神殿には悪徳神官として有名なエトとヘイスという神官が居たのだが、妻を神官たちに穢されたボルスト商会の次期会頭であるエルチェに声をかけられるまでもなく、二人の神官がアンシェリークに目を付けた時点でフィルベルトは神官たちを殺すつもりでいたのだ。
アンシェリークはフィルベルトにとってなくてはならない存在であり、彼女が居なければ自分の存在する意味など何もないとまで考えている。フレデリークはフィルベルトのことを巫女の守人と言っていたが、確かに女神はアンシェリークを守るために自分という存在を用意したのかもしれない。
アンシェリークが楽しそうに笑っているだけで幸せで、彼女が憂いなく毎日を過ごすことが出来るのならフィルベルトは何人でも殺すことが出来るだろう。大神官ヘルマニュスはフィルベルトに対して、
「女神様は劇的な物語を求めているようなところがあるのだよ」
と、言っていたことがある。女神は多くの困難を用意するが、その困難に打ち勝つ恋の物語が大好きなのだという。自分のような人間に恋物語というものを作り出せるのかどうかは分からないが、妻のためにたとえこの身が引きちぎれようとも、一切の後悔が生じることはないだろうという確信だけはある。
「アンシェリーク!」
エーデの岬から海へと落ちていく自分の妻の姿を認めた時に、フィルベルトは自分を取り囲む公爵家の人間を昏倒させた上で海に飛び込んだ。自分の邪魔をされるのが嫌だったからという理由と、その中の一人が、アンシェリークが落ちるのを嬉しそうに見つめていたことに気が付いたから、そいつの喉は深く切り裂いて殺しておいた。
エーデの海域は岩礁がいくつも突き出している関係で船が近づくことも出来ないような場所なのだが、ここまで危険を犯して岬に近づいてくれたフレデリークには感謝しかない。
白髪頭の何処か底がしれないような女だったけれど、彼女のおかげでアンシェリークを助けることが出来るかもしれない。岩の間をすり抜けるようにしながら物凄いスピードでフィルベルトが泳いでいくと、弾ける海の泡が精霊となり、猛然と泳ぐフィルベルトの周りを浮遊しながら囁くように言い出した。
『助けたら呪われるよ?』
『たすけたらだめだよ』
『助けたら呪われるんだって』
『諦めたら』
『諦めたら良いよ』
海の泡は小さな海の精霊となってフィルベルトと一緒に泳ぎ出す。
『呪いって本当にあるんだよ?』
『嘘じゃないんだって!』
『本当の本当に呪われちゃうよ』
フィルベルトはアンシェリークが居る場所だけは分かっていた。彼女は海面に浮かび上がることなく海の底へと引き摺り込まれるようにして沈んでいく。
『仕方ない』
『諦めよう』
『諦めるのは慣れているでしょう?』
『諦めよう』
息が続かなくなって、一度、海面から顔を出して大きく息を吸い込むと、アンシェリークを追って海の底へ、底へと沈んでいく。海の底へと近づけば近づくほど、紺碧の海は濃紺へ、濃紺から漆黒へとその色を変えていく。何も見えなくなりそうな海の底に向かってアンシェリークを追うことが出来たのは、金色に光る何かが海の底に突き刺さっていたからだった。
「・・・・」
崖から落ちた後に海に沈んでいくアンシェリークの腕を掴めたのは、アンシェリークが金色の何かに引っ掛かっていたから。その金色の光を発しているのは一本の槍で、その槍の柄にアンシェリークの髪が絡んでいるようにフィルベルトには見えた。
アンシェリークを助けるためにその不思議な槍を引き抜こうとしたところ、何処からともなく現れた大きな手が光の槍の柄を握りしめ、
『供物を掠め取るとはどういった了見だ?お前は呪いを受けたいのか?』
地底から轟くような声がフィルベルトに問いかけて来たのだった。
「自分はどれだけ呪われても構いません」
フィルベルトはアンシェリークを抱きしめながら言い出した。
「この身は貴方様にいくら捧げたって構いません、だけどアンシェリークだけは返してください」
フィルベルトは彼女の為であれば、何だって差し出すことが出来るし、彼女の笑顔のためなら何だってしてあげられた。
「俺の命なら幾らでも捧げます、ですから妻だけは諦めてください」
『お前が持っているそれを愛と呼ぶのなら』
フィルベルトの前には巨大な牛のバケモノのようなものが現れたのだが、その化け物が何事かを口をパクパクとさせて言うと、
『呪いに耐えることが出来るのだろう?』
と、言い出した。
女神が呪いを与えるという話は有名だが、海に居る牛のバケモノが呪いを与えるなんて話は聞いたこともない。それでも、牛の吐き出した泡はフィルベルトとアンシェリーク包み込み、そうしてフィルベルトの意識は遠ざかっていくことになったのだ。
次に目を覚ましたのは何処かの島の小さな入江に打ち上げられたところで、フィルベルトは自分の手が子供のように小さくなっていることに気が付いた。
どうやら自分は子供に戻ってしまったようなのだが、自分の隣で倒れている漆黒の髪の少女が、自分が愛してやまない妻のアンシェリークだということにはすぐに気が付いた。
「呪われたから子供に戻ってしまったのか?」
フィルベルトがそう呟きながら砂浜の上に立ち上がると、遥か遠くにある島の上空に浮かび上がる黒雲が渦を巻いて不穏な形で広がっている姿を、海に沈もうとしている夕陽が血の色に染め上げていることに気が付いた。
過去編となりまして、裏切りとか、策謀とか、悪い奴とか、どんどん出てくる予定でいますので、懲りずに最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
もし宜しければ
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