第六十三話 思いがけない毒
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この世の中には夫婦喧嘩は犬も食わないという言葉があるのだが、
「嫌だね、オレは夫婦喧嘩になんか関わりたくねえんだ。誤解なら誤解で解くなら本人がやるのが一番ええ。たとえオレが全てが誤解だったんだって言ったところでな、おばあさま、私を気遣ってそんなことを言ってくれるのですね!とか何とか言って目をうるうるさせるのが関の山なんだからよお」
ロッテばあさんは不貞腐れたような顔でそう言い出したのだが、
「フィルベルトはヘンリエッタ嬢と浮気をしていたわけではなく、ヘンリエッタの護衛騎士が黒髪のカツラをかぶっていただけだったんだ。わざわざそんな小細工をしているあたりが頭にくるが、今のアンシェリーク様は相手の思う壺状態だとは思わんか?」
と、大神官ヘルマニュスは言い出した。
「どういうわけか、女神様はいつだって可哀想な境遇の女の子を巫女として選ぶ傾向にあるし、巫女として選ばれた者は悪心を抱く令嬢に追い詰められてしまうものではないか」
「アン様は全然追い詰められていやしないけどな?浮気者の夫なんて冗談じゃねえと言っているし、離婚する気満々だぞ?」
「やってもいない浮気で離婚を突きつけられるなんて、哀れだとは思わないのか?」
「哀れもなにも、本当に離したくねえと思うのならば、這いつくばって土下座でもして引き止めりゃあ良いってだけの話じゃないかね」
「やってもいない浮気で土下座だなんて」
自分の顔を覆った大神官はガックリとした様子で項垂れていると、ロッテばあさんは大神官の目の前に立って言い出したのだった。
「それで?さっきは大神官様も一緒に公爵様の島に行きてえなんてことを言っていたが、まさか本気で言っていたわけじゃあねえよな?」
「もう、今ある責任は他の人間に譲って大神官をやめようかと思って」
「なんでだよ?なりたくて苦労して大神官にまでなったんだろ?」
「苦労してなったのだが、思い描いていた未来から随分とかけ離れてしまったものだ」
神殿の力を削ごうと考えた王家が大陸の神を信奉することを貴族たちに許すと、流行に飛びつくようにして多くの貴族たちが女神以外の神を信奉するようになったのだ。そうやって教会に背を向けながらも、家を継ぐことが出来ない次男三男を神官や騎士として神殿に預けるようなことをやってのける。
「貴族からの寄進も減って神殿の経営もうまく立ち行かないのなら、今すぐにお金が必要だということでしょう?」
多額の持参金を持たせるからと貴族たちは言うのだが、そうやって親に送り込まれて来た子息たちは傲慢な態度を止めようとはしない。
神殿は女神が遣わしてくれる巫女を取りこぼすことがないように、全ての島に孤児院を設営し運営している。全ての子供達が健やかに成長するのが女神リールの意思であり、神殿で働く神官や修道女たちは愛すべき女神のために仕えているのだが、貴族出身者であればあるほど、信心の心は著しいほど低くなる。
「もう終わりです、我々が思う通りの神殿の運営なんて出来ませんよ」
だからこそ、大神官の地位も他の者に譲ろうと考えた。
女神リールは27の島を作り出したのだが、別にアルンヘム本島にこだわる必要はないのだ。何処かの島に移住をして、隠居の身となるのも良いだろう。
だからこそ、ロッテについて行こうと思ったのだ。
メヘレン王国との戦いで活躍をすることになった森の民に対して、貴族たちは涎を垂らさんばかりの表情を浮かべながら虎視眈々と狙っている。大陸で失われつつある魔術師の血筋、特別な力を持つ人々。神殿の森に幽閉されていた罪人なのだから、自分たちの都合が良いように利用して何が悪い?
貴族とは特別な血を引いた者なのだ。下賎な者を奴隷のように利用して、何が悪いというのだろうか?
そんな思いが透けて見えるから、神殿の森から森の民を移動させることを考えた。女神様は人間らしい卑しい行動の果てに起こる騒動を眺めるのは好きだが、それが行き過ぎたものであると嫌悪する傾向にあるのだから。
だからこそ、森の民はシュトルベルク公爵に預けてしまおうと考えたのだ。どうせエレスヘデンの王家は今後もうまくいくことはないだろうから、今のうちに王家とは距離を取るようにと大神官は公爵に対して忠告をしておいたのだった。
普段は七人いる上級神官たちは本島の神殿に部屋を持ちながらも、担当となる島に居住している形となるのだが、メヘレン王国との戦いの最中は神事を行わなければならないために中央神殿に集まっていたのだ。
昔は上級神官の中には平民出身の者も居たのだが、気がつけばそのほとんどが貴族出身者に入れ替えられている。ヘルマニュス自身も伯爵家に生まれているのだが、彼らの選民思想はより強固なものへと変化しているように感じる。
「それでは本日の議題としてヘンリエッタ嬢を巫女として認定をするかどうかを話し合うこととなります」
中央神殿の会議の間には七人の上級神官と大神官であるヘルマニュスが集うことになったのだが、テーブルの上には薬草茶が用意され、修道院で焼いた焼き菓子も置かれている。
議事を進行する上級神官のレオンが皆を眺め渡しながらそう言うと、上級神官であるジグムンドが挙手をしながら言い出した。
「今日はその話よりも重要な議題があるのではないですか?」
すると、レオンはキョトンとした表情を浮かべながら問いかける。
「巫女に認定するかどうかという以上に重要な議題があるということですか?」
「今回の神事を行っている際に、皆が出払った夜中を狙って不信心者が入り込み、女神の泉を自分たちの都合が良いようにぐるぐると棒でかき混ぜるようなことをやってのけた者が居るというのです」
大神官ヘルマニュスは神事が穢されたということを他の上級神官に言ってはいなかったのだが、気が付いた者も居たようだ。
「大神官様もお気付きですよね?誰かが勝手に神事を動かしたのは間違いない事実ですよ」
「確かに、ジグムンドの言う通りだ」
うんざりした気持ちを奮い立たせる意味も込めてヘルマニュスは目の前に置かれた薬草茶に口をつけたのだが、大好きな薬草茶を一口呑み込んだ大神官は顔を真っ青にさせた後に口から真っ赤な血を吐き出したのだった。
「だ・・大神官様!」
驚きの声をあげてジグムンドが立ち上がると、ジグムンドは隣に座る上級神官にナイフで刺された。七人いる上級神官のうちジグムンドともう一人が殺されると、三人は真っ青な顔のまま俯き、レオンともう一人の上級神官がさも嬉しそうな表情を浮かべて立ち上がる。
「ハッハッハッ、ようやっとだ、ようやっとだよ〜」
嬉しそうに笑い出したレオンは血を吐き出すヘルマニュスを下から覗き込むように見ながら、
「大神官になりたくてなりたくて仕方がなかったんだけど、これでようやっと大神官になれるよ〜」
と、はしゃいだ様子で言い出した。
「女神の愛は平等に与えられなければならないとか、身分は関係なく人々には慈悲を与えなければならないとか、そんなクダラナイことは早々にやめたかったんだよ〜」
「レオン!貴様!」
怒りの声を最後まで上げることも出来ずに大量の血をヘルマニュスが吐き出すと、
「すっごい強力な毒をあんたの大好きな薬草茶に入れてやったんだよ〜、これでポクッと逝けるんだから感謝して欲しいくらいだよ〜」
と、レオンはニヤニヤ笑いながら言い出した。
レオンが神殿に預けられたのは三歳の時であり、ヘルマニュスは親代わりとなってレオンを育てて来たのだが、
「育て方を誤ったか・・」
血を吐き出しながら苦々しげに呟く大神官を下から見上げながら、
「お前に育てられた覚えなんかないんだよ」
と、レオンはあっさりと言い出したため、大神官はレオンを押しのけるようにして会議室の外へと飛び出したのだった。
過去編となりまして、裏切りとか、策謀とか、悪い奴とか、どんどん出てくる予定でいますので、懲りずに最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
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