第五十八話 常軌を逸した男
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アーノルドは一番外郭に位置するアルメロ島の領主の息子である。将来、島外からの侵略を一番に受けやすい島を統治することになるため、母方の伯父であるシュトルベルク公爵家に預けられて、島を守る方法や艦隊の動かし方などを学ぶことになったのだった。
そんなアーノルドがフィルベルトという、ろくでもない男に出会ったのは十二歳の時のことであり、傭兵として船に乗り込んでいたフィルベルトはこの時から完全に常軌を逸した男だったのだ。
「おいおいおいおい!いくら俺の顔が女のように可憐で可愛いからって、性別は間違いなく男なんだぜ?その男の俺に手を出そうなんてお前の目は節穴か?」
自分と同じ年のフィルベルトとは背の高さもほぼ同じ。ただし、女の子のような容姿をしていたフィルベルトは存在自体が儚げにも見えたのだ。
「おいおい、大人なのに泣いてんじゃないよ?なあ?泣いてんなよって言ってんだよ?」
フィルベルトによって頭を鷲掴みにされた男は猿轡を咬まされていたのだが、もしも猿轡を咬まされていなければ延々と絶叫を上げていたのに違いない。
「おい、おい、失禁してんじゃねえよ。汚ねえな、お前それでも大人の男か?ああ?」
ナイフを手に掴むフィルベルトは、丹念に男の腕の生皮を一枚、一枚、剥ぎ取っていったのだ。アーノルドはウサギの皮なら何度も剥いだことがあるのだが、人間の皮など今まで一度も剥いだことはない。人間の皮を剥いだことがないアーノルドだったけれど、やたらと器用に腕の生皮を剥いでいくフィルベルトを見て、猛烈に気分が悪くなってしまったのだ。
生皮を剥ぐというのはアレなのだ、その後には生々しい肉の部分がべろりと見えることになるわけなのだ。遥か昔、リェージュ大陸の北方に住み暮らす部族は、敵の生皮を頭から足先まですっぽりと剥いで旗印として、敵の戦意を削ぐのに役立てたという話もあるのだが、目の前にいるフィルベルトであれば、器用に頭の先から足先まですっぽりと生皮を剥ぎ取ることが出来るのに違いない。
「フィルベルト、もうやめてやれよ。そいつもまさかお前がそこまで凶暴な奴だとは思いもせずに手を出そうとしただけで」
「アーノルド、もしも俺が乙女のように可憐で弱々しい男だったならば、俺はこの男の餌食となっていたということになるわけだよな?父さんが良く言っていたんだけど、女神様が到底許さないような不道徳を行う輩には、それなりの天罰を降してやっても良いんだってさ」
「ちょっともう、そのナイフは離そうか。生皮を剥ぐのが得意なのはわかったけど、到底これ以上は見ていられないよ」
不道徳がどうのと言っているフィルベルトだけれど、彼の心の何処を探しても道徳心というものは見つからない。普通の人間なら、皮を剥いだら痛そうとか、血が気持ち悪いとか、見てられないとか、とにかく罪悪感とか後悔とか、そういった感情を少なからず感じるものなのだろうが、そういったものが彼の中には一切ない。
「アーノルド、心配するなよ?生皮は一度剥いでもきちんと生えてくるからさ」
両手の手首から肘まで丹念に丸裸状態にしたフィルベルトは、血がついた手の甲で自分の頬を擦りながら言い出した。
「骨を折ったら復帰も難しいけど、皮だったら痛いだけで何の問題ないもんな!焼酎をぶっかけて布で包んでおけばきちんと元に戻るし!大丈夫だって!」
何が大丈夫なのだろうか?皮が剥ぎ取られたんだぞ?
「そりゃしばらく痛みはするだろうが、それだけのことをしたんだから仕方ないだろう?」
いやいや、本当に仕方がないことなのだろうか?そう考えながら、アルノルドは大きなため息を吐き出した。
フィルベルトが痛めつけたのは公爵家お抱えの警備隊長であり、彼が顔立ちが整った少年兵に目をつけて自分の趣味に付き合わせているということをアーノルドだって耳にしたことがあるのだが、
「だけど、こいつを警備隊長に戻すのはやめたほうが良いぜ。俺が男としての機能を丹念に踏み潰しておいたからな」
と、フィルベルトは言って朗らかに笑ったのだが、平民である彼は貴族に対する忖度というものを全く持ち合わせてはいないのだ。
彼は大陸人である祖母の髪色を色濃く受け継いだようで、エレスヘデンでは忌み嫌われる漆黒の髪をしているのだが、可憐な乙女のような顔立ちをしている為、幼い時には女の子にしか見えないと誰もが侮ることになったのだが、
「やめて・・やめて!やめてー!」
侮り切って彼にちょっかいを出すような輩は激しく後悔することになるのだった。
伯父である公爵の命を助けることになったフィルベルトは公爵家で働くことになったため、同じ年であるアーノルドと行動を共にすることが多くなった。公爵としては自分の甥の側近候補としてフィルベルトを身近に置くことにしたのだろうが、この男はそんな立ち位置で収まるような人間では決してない。
「ああ・・ああ・・ああ〜」
アーノルドはこの時も、自分の頭を抱えて絶望の声を上げていた。
シュトルベルク公爵はメヘレン出身の妃を冤罪で処罰をしたナミュール王国に対して、牽制をかけてこいとは言っていたのだが、王宮を燃やせとまでは言っていない。
これから戦争が始まるというのに、メヘレン王国の第二王子とはこっそりと仲良くしていた公爵としては、邪魔な裏切り者のナミュール王国にはしばらくの間、静かに黙っていて欲しかったらしい。だからこそ、ナミュールに混乱を起こすために森の民を大陸に送り込む予定でいたのだが、そこに急遽、ファルマの英雄と呼ばれるようになったフィルベルトを投入することになったのだ。
開戦中、海上と本島との間で使者が行き来する中で、本島に流れるある噂がフィルベルトの耳まで届くことになってしまったのだ。フィルベルトとしては、今すぐ新妻の誤解を解きたいと考えているし、だからこそ、大陸になんか移動したくなかったのだが、ここまで来てしまったのだから仕方がない。彼は到着したその日のうちに、森の民と共に王宮の敷地内にまで侵入をして、ナミュールの王宮に火をつけることをあっさりと選んだのだ。
彼は火の魔術を使うし、最近いつでも連れて歩いているニロという少年は風の魔術の使い手でもある。それ以外にも、森の民は特別な力を持っているため、ナミュールの王家を一時的に壊滅状態に陥れるなんてことは簡単に出来るのかもしれないが。
「王宮が燃え上がれば、メヘレンにかまっている暇もないだろう!」
燃え上がる宮殿の炎の勢いを確認したフィルベルトは、そう言ってアーノルドの方を振り返ると、
「それじゃあ、エレスヘデンに帰ろうか」
と、言い出した。
「ちょっと待て、なんでそんなに急いで帰りたいんだよ?」
「だって俺は浮気なんかしていないんだよ?」
フィルベルトはアーノルドに向かって身振り手振りを加えながら必死になって言い出した。
「今やコルネリス王の女にもなったヘンリエッタなんていう女なんか、気にかけたこともなければ、愛を囁いたこともないというのに・・俺が愛する妻を捨てて売女に恋して夢中になっているだって?」
実はその噂は相当前から囁かれていたのだが、肝心のフィルベルトの耳には届いていなかったようなのだ。
「フィルベルト、落ち着こう。お前の嫁だってお前の性格を理解しているんなら、お前が他所の女に興味を持つなんてことがないことは十分に理解していることだろう?」
なにしろフィルベルトは自分以外の人間に一切の興味が湧かない部類の男なのだ。そんな男が結婚した途端に新妻第一主義になっているのだから、驚きのあまりその場にぶっ倒れて泡を吹きそうにもなったのだ。しかも、子供が出来ないことをクヨクヨ悩んでいる姿がまた滑稽で、アーノルドはこっそりと面白おかしく狂人の変化を眺め続けていたのだが、やっぱり狂人は狂人なのだ。早く帰りたいから城を燃やそうなどと、アーノルドなら逆立ちしたって出てこない発想をして、簡単に彼は火をつけた。
「他国の王宮を燃やしてまで早く帰ろうとする夫の気概を新妻だってきっと察してくれているだろう?そもそも、フィルベルトは他人に興味を持つことなどないのだから、いくらヘンリエッタ嬢が女神のように美しい容姿をしているからって、懸想をするようなお前じゃないだろう?だったら嫁もきちんとそこのところは理解しているって!」
「だけどな、俺はアンに他の女に興味を持っているとカケラでも思われるのが嫌なんだよ!」
「思ってない、思ってない、絶対に浮気なんてしていないって、フィルベルトのことを信じきっていると俺は思うけどな」
「でも!帰れるなら帰ったほうが良いですよ!」
そこでロッテばあさんの孫のニロが言い出した。
「浮気を疑われた時には、即座に自分の潔白を主張しなくちゃ駄目なんだっていうのがおじいちゃんの遺言ですから」
確かに、疑いを持たれた時点で何かしらの手を打つ必要があるのは間違いないのだが・・
「そうですね、早く帰れるというのなら早く帰りましょう」
「森も心配だし、家族も心配だし」
「ロッテばあが神殿の神事に参加するって言っていたし、腰痛が悪化していないか心配だしね」
一緒に潜入をしていた森の民たちが呑気な様子で言い出したため、
「そうだな、もう帰ろうか」
と、毒気を抜かれた様子でアーノルド・ヴァン・アルンヘムは言い出したのだった。
過去編となりまして、裏切りとか、策謀とか、悪い奴とか、どんどん出てくる予定でいますので、懲りずに最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
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