第四十九話 ヘンリエッタと妹
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ヘンリエッタの専属護衛騎士であるブロウスは、アンシェリークの夫フィルベルトに背格好がとても良く似た男だった。ただし、ブロウスは頬骨が出た男らしい顔立ちをしているし、アッシュブラウンの髪色と灰色の瞳を見れば、一見して二人が似通っているようには到底見えないのだが、
「ブロウス、このカツラをかぶって窓の方を向いてくれないかしら」
ヘンリエッタに言われるままに漆黒のカツラをかぶってブロウスが背を向けると、
「まあ!まあ!そっくりじゃない!」
と、ヘンリエッタは嬉しそうな声をあげた。
「大陸では最近、自分の髪色とは別の髪色のカツラを使用することが流行しているようで、色々な種類のカツラがエレスヘデンにも入って来てはいたのですよ。ただ、こういったカツラは平民が金欲しさに自分の髪を売って作られるものなので、貴族の中には忌避する人も多いようなのです」
神官見習いのマルクは黒髪のカツラを被るブロウスを見上げて言い出した。
「騎士様も同じように平民の髪で作ったカツラなど気に入らないでしょうか?」
貴族の庶子であるマルクは平民の母から生まれているので、貴族の立場も平民の立場もよく分かる。だからこそ、使い勝手が良いし、お小遣い目的で色々なところへ出入りしているような神官見習いなのだ。
貴族騎士としては珍しいほどに無骨でまっすぐな男であるブロウスは、元々差別をつけて考えるような男ではないため、
「アンシェリーク様を離婚させるように仕向けるのに助力出来るのであれば、いくらでもこんなカツラくらいかぶりますよ」
と、言って、屈託のない笑みを浮かべたのだった。
ヘンリエッタの妹であるアンシェリークには、長い間、専属の護衛騎士が付けられず、ブロウスはヘンリエッタとアンシェリークの二人の護衛を任された。だがしかし、ほぼ、巫女として確定しているヘンリエッタと、そんな姉にくっつく形で神殿まで来てしまった妹のアンシェリークの活動範囲が違った為に、アンシェリークの護衛をほとんどすることが出来なかったブロウスなのだ。
護衛をすると言いながらまともに守ることも出来なかったことにブロウスが罪悪感を感じている間に、放置状態だったアンシェリークが大神官からの許しを得て、自分を守ってくれる護衛騎士を連れて来た。その護衛騎士を見た時に、
「なんでわざわざあんな男を・・」
と、言って、ブロウスは愕然とすることになったのだ。
フィルベルトという平民騎士は『狂人』という二つ名を持つ男なのだが、彼に何かを仕掛けるのなら己の命を捨てる覚悟をしたほうが良いとまで言われるような男なのだ。
乙女のように美しい顔立ちをした男で、しかも忌み嫌われる黒髪の平民騎士ともなれば、何をやっても良いだろうと思い込む貴族騎士が湧き出るようにして現れる。手籠にしようと大勢で襲いかかるようなこともあったというのだが、その結果、血まみれの惨状だけが残されることになったのだ。
躊躇なく残虐な行為を行うことが出来るフィルベルトに対して『狂人』の異名は早々につけられることになったのだが、彼の後ろ盾となるのはシュトルベルク公爵家なのだ。神殿側は彼の残虐な行為については見て見ぬふりをすることになり、全ては闇に葬られることになったのだ。
そんなフィルベルトがアンシェリークと結婚してしまったため、ヘンリエッタの心配は頂点に達したのだろう。なにしろ、どんな残虐なことでも簡単に行うことが出来る男なのだ。今は問題なく生活が出来ているとしても、そのうち、どんな暴力を振るわれることになるか分かったものではない。
「ブロウス様、私はフィルベルトに爵位を譲渡することを約束して妹とは別れさせるつもりではいるのです。ですが、妹はまだ彼の異常性に気が付いていないまま、彼のことを愛しているみたいなの」
ヘンリエッタが言うには、燃え上がるような愛を一瞬で冷めさせるのには『浮気』の現場を見せるのが一番良い。愛する夫が自分の姉と密かに交際をしていることを知れば、あっという間に心も冷めてしまうという。
「まともな人が夫になるならば私もこんなことまではしないのだけれど、相手があの『狂人』であれば、なりふり構っている場合ではありませんわ!」
妹の生爪が剥がされたり、生皮が剥がされたりしたら大変だということでブロウスも協力をして、フィルベルトは今では結婚を決めた妹の方ではなく、女神のように美しいヘンリエッタを愛するようになったのだと噂を広めた。哀れなアンシェリークが『狂人』から暴力を受ける前に、早々に別れるように仕向けなければならないのだ。
神官見習いであるマルクの協力を得て、大神官様の元へ向かうアンシェリークに浮気の現場を見せつけるようなこともしたのだが、黒髪のカツラを被って自分を偽るブロウスの姿を同僚が見付けたら、呆れ返り、バカにし続けることになっただろう。
今まで下に見て来た平民騎士に自ら扮して、ヘンリエッタの妹であるアンシェリーク嬢を騙すようなことをしているのだ。それでも、女神リール様はお許しになるのに違いない。これから果てしない暴力に晒されるかも知れないアンシェリークを自分は救おうとしているのだから、人助けのために自分は協力をしているだけなのだ。
ヘンリエッタとしては、父が伯爵家から除籍したからと言ってそのまま手放すつもりなどなかったし、妹が結婚して幸せに暮らしましたなんてことにはならないように、ありとあらゆる策を講じようと考えていた。
ヘンリエッタ自身がフィルベルトを魅了できたら良かったものの、流石は狂人と呼ばれる人間なだけあって、切断した指で作った輪っかを目の前に持ってきた時点で気分が萎えてしまったのだ。本物のフイルベルトを利用せずにアンシェリークから奪い取ったように見せるには、偽物を用意しなければならないところなのだが、それについては専属護衛騎士を使えば何の問題にもならなそうだ。
妹が誰かから愛されるなどとんでもない話だし、妹はいつだって孤独を感じていなければならないのだ。妹が不幸になればなるほど自分は幸せになるのだから、今こそ、アンシェリークには最高の不幸を味合わせてやらなければならない。
アンシェリークは自分よりも遥かに下の人間で、自分のお情けによって生きているような娘なのだ。そんな娘が『狂人』を手懐けた?冗談ではない、たまたま大神官様が都合が良いからという理由で結婚させただけなのだ。
『狂人』を手懐けたのは妹ではなくヘンリエッタなのだと周りに示すために、専属護衛のブロウスを言いくるめて利用するようなことまでやったのだ。アンシェリークが少しでも違和感を感じて、何が嘘なのかと調べ始めればすぐに分かるようなことでも、アンシェリークは調べない。簡単に彼女は諦め切って、何が真実か知ろうともせずに自分の目を覆い隠す。
昔から周りに誰も居なかったアンシェリークはすぐに何でも諦める、諦め癖がついているアンシェリーク。可愛い妹は、実の姉が夫と逢引きをしている姿を見ても文句を言うこともないし、家に帰って夫に対して問い詰めるようなこともしないだろう。
結局、彼女は傷つくのが怖いから、こういったことには簡単に騙される。
そうして、自分を愛する者など誰も居ないのだと思い込んだまま、フィルベルトはメヘレンとの戦争のために出兵することになるだろう。皆が恐れる『狂人』は女神の化身とも呼ばれるヘンリエッタの魅力に逆らうことなど出来ず、せっかく結婚出来たというのに、アンシェリークは愛する夫に捨てられる。
今度の戦争でフィルベルトは生き残ることなど出来ないだろうから、アンシェリークは夫に裏切られたと思い込んだまま寡婦となる。そう考えるだけで、ヘンリエッタは楽しくて、楽しくて仕方がなくなってしまうのだった。
過去編となりまして、裏切りとか、策謀とか、悪い奴とか、どんどん出てくる予定でいますので、懲りずに最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
もし宜しければ
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