第四十六話 大神官の葛藤
お読みいただきありがとうございます!よろしくお願いします。
死亡、出生、結婚、離婚の届け出は神殿の管理で行われることになるのだが、
「神官様!私はもう!うんざりしているんです!」
「もう!我慢できない!」
「「わたしたち、離婚します!」」
結婚したばかりだというのに、すぐさま離婚をすると言い出す新婚夫婦は一定数いるし、大陸にある何処だかの国のように、神の御前で誓っているのだから離婚は絶対に認めないと教理で定めているわけでもないのだが、
「離婚したいのであれば、結婚の届け出をだした一年後にまたいらっしゃい」
と、神殿では説明するようになっている。
女神リールは愛の神とも呼ばれているけれど、一瞬で燃え上がった愛は水をかけられたようにあっという間に鎮火する場合もあれば、燻り続けて再び燃え上がることだってあるのだ。せっかく二人が夫婦になると決意をしたのだから、最低でも一年間は互いの相性を図り合いなさい。
だからこそ、
「大神官様、せっかく書類を整えて結婚の手続きをして頂きましたけれど、私、フィルベルトと離婚しようと思っていますのよ」
と、女神の巫女であるアンシェリークに言われた時にも、
「女神様は結婚をしたばかりの夫婦の離婚は最低でも一年間はお認めにはなりません」
と、大神官ヘマニュエルは答えたのだった。
女神の巫女の望むことは何でも叶えてやりたいと思う大神官様だが、こればかりは即座に叶えることは出来ない願いなのだ。
「アンシェリーク様、私は貴女とフィルベルトはかなり相性が良いようにも思えたので、あなた方の結婚を即座に決めたのですよ」
なにしろ、あの『狂人』と呼ばれる男がアンシェリークの専属護衛となってからというもの、借りてきた猫のように大人しかったのだ。
「それに、アンシェリーク様はベルナール殿下との婚姻は望んでいない御様子。出来れば殿下の婚姻が決まるまでは、フィルベルトと夫婦のままでいた方が良いと思うのですが?」
新婚期間は女神リールに守られているとも言われており、どんなことがあっても一年間は夫婦となった二人を別れさせることは出来ない。それは王家の権力を使ったとしても出来ないことなのだ。
「お二人は森で仲良く暮らしているという報告を受けてはいたのですが、どうにも我慢ならないことでもあったのでしょうか?」
「どうにも我慢できないという訳でもないのですけれど・・」
アンシェリークが言うには、今、神殿内ではアンシェリークの夫であるフィルベルトと姉のヘンリエッタの熱愛の噂が蔓延しており、ロッテばあさんの娘から浮気の噂を聞いたアンシェリークは、
「はあ・・またなのね・・」
と、思わず落胆のため息を吐き出してしまったと言うのだ。
「私の姉は昔から何もかもを私から奪わずにはいられない性分なのです、たとえば幼い時に勤め始めたばかりの使用人が私に親切にしたとしましょう。その様子を姉が目撃した翌日には、その使用人は姉に傅くようにして側に侍っているのです。その姿をわざと私に見せびらかして、ほくそ笑むまでがいつものこと。今さっきもですが、私が大神官様に会いに行くということを何処からか察知したのか、待ち伏せるようにしてフィルベルトとの逢引きの姿を見せつけてきたのです」
姉は完全に自分のものにしたと判断するまではこういうことを執拗に行って来るので、早急に離婚をしてフィルベルトを解放してあげようと考えたようなのだが、
「まさか一年も離婚できないとは知りませんでした・・厄介ですわ〜」
アンシェリークはうんざりした様子で大きなため息を吐き出した。
いつの時代でもヘンリエッタのような女らしい女は神殿内に現れるし、女神リールはこの女らしい女が引き起こす混乱が大好きなのだと経典にも載っているほどで、
「一応、巫女が決定するまでの間は、候補の方々を神殿から外すことは出来ないのですが、本当にヘンリエッタ様の行いには私たちも頭を悩ませているのですよ」
と言って、大神官ヘルマニュスはため息を吐き出した。
宝石や真珠が枯渇したのは貴族たちの不信心によるものだと大胆に宣言をした巫女候補のヘンリエッタは、貴族たちから貢物をせしめるようなことまで行っていたのだが、現状が一向に変わらないことに貴族たちの不満が高まり始めたと見るや、神殿に参拝に来た国王陛下を捕まえて、あろうことか自分のベッドへと引きずり込んでしまったのだ。
ちなみに女神様はこういうアバズレだって嫌いじゃない。女とは策謀を巡らし、自分がより優秀な男を手に入れるためにありとあらゆることを行うし、それを眺めるのが女神様はことの他大好きなのだということも経典には載っている。
「女性は新しい生命を宿し、子孫を産み、育てる素晴らしい存在なのです。ですので、神殿としては滅多なことで女性に対して罰を与えることは出来ないのですが・・」
「大神官様、別に私は夫と姉の浮気を止めてくれなんて言いたい訳じゃないのです」
アンシェリークはうんざりとした様子で言い出した。
「姉がフィルに執着するのも、彼が私の夫だからです。離婚が成立して夫という立場ではなくなればすぐさま興味をなくすだろうと思って離婚を申し出たまでで、大神官様に浮気を止めて欲しいと懇願している訳ではないのです」
そこから、男って本当にしょうもない。結局、美しい女性に心を奪われるのは当たり前のことなのだから、たとえ嫁の実の姉であったとしても、チャンスがあればホイホイついていってしまうものなのだと、何やら達観したようなことをアンシェリークはぼやくように言い出した。
「別に好きあって結婚した訳でもなく、勢いで結婚しただけのものなのです。しかも、私の事情にフィルベルトを無理やり付き合わせている状態だったため、彼を解放することが出来るのなら早い方が良いと思っただけのことなのです」
「浮気・・浮気ね〜・・」
ヘルマニュスの頭の中では、狂人と浮気がどうしても繋がらない。
平民身分でエレスヘデンでは忌み嫌われる黒髪の持ち主であるフィルベルトは、顔だけは乙女のように整った男なので、老若男女、全方位から好意を寄せられる容姿をしているのだ。だがしかし、この男、中身が相当にヤバイので、問題となった数多くの事件ばかりが大神官の頭の中に浮かび上がる。後見人であるシュトルベルク公爵の推薦で神殿騎士となった男だけれど、知る限り、女性と華やかな恋をしたというような話は一度として聞いたことがないのだ。
アンシェリークが帰った後、上級神官であるレオンを呼び出して聞いたところ、
「大勢の信者や神官が通りかかるような場でプロポーズを断られることになったベルナール殿下は、アンシェリーク様を傷つけるために子飼いの兵士を何人も送り込んだそうなのですが、その全てをフィルベルトが殺した上で、耳を連ねて作ったネックレスを殿下の元まで運んだということなのです」
と、レオンはゾッとするような話をし出したのだった。
「アンシェリーク様を守るためにした行動だとしても、心象は物凄く悪くなるのは間違いない中、メヘレンとの戦争が噂されるようになりました。そこで奴は、自分が英雄となって妻のために爵位を手に入れようと考えたみたいなのです。そのため、色々と義姉であるヘンリエッタ様に相談されていたようなのですが・・」
なにしろヘンリエッタはベルナール王子を手玉に取るだけでなく、コルネリス王と褥を共にするような猛者なのだ。上級神官レオンはエヘン、エヘンと何度か咳払いをすると、
「これから海上での衝突も本格化するでしょうし、そうなればフィルベルトも船に乗ったまま帰って来ることはなくなります。アンシェリーク様もお心穏やかで居られるようになると思うのですが?」
と、言い出した。
「うう〜ん」
夫婦喧嘩は犬も食わないとは言うけれど、とりあえず大神官はちょうど良いからと言って、森の主とも言われるロッテばあさんに相談をすることに決めた。
過去編となりまして、裏切りとか、策謀とか、悪い奴とか、どんどん出てくる予定でいますので、懲りずに最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
もし宜しければ
☆☆☆☆☆ いいね 感想 ブックマーク登録
よろしくお願いします!




