第四十五話 誤解
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ベルナール王子から逃れるために急遽結婚することになったフィルベルトとアンシェリークが森の中の一軒家に住むようになってしばらく経った頃、
「フィルの旦那、ちょっと来てくれや」
と、畑に出ていたロッテばあさんがフィルベルトを手招きして呼び寄せると、耳元に皺しわの口を寄せて、小声となって言い出した。
「フィルの旦那よぉ、アン様はな、どうも旦那の子供が欲しいみてえなのだが、この度、月のものが無事に来てしまったもんで、随分と落ち込んでいるようなんだわ」
「子供!」
ギクッとしたフィルベルトは恐る恐る、皺くちゃのロッテばあさんの顔を見下ろしたのだが、ばあさんは励ますような笑みを浮かべながらフィルベルトの背中を叩いて言い出した。
「子供ってのはなぁ、一回で出来る時もありゃあ、何回数打っても出来なかったりするもんなのさ。男と女の相性があると言い出す奴もいるんだが、わしゃ、女神様の差配が大きく関わっていると思うんだわ」
「いやいや、子供って・・」
ベルナール王子からアンシェリークを逃すために急遽、結婚という形を取ってしまったフィルベルトだが、自分は結婚なんてご大層なものが出来る身分でもないし、子供なんて考えられるような人間ではないことも知っている。
本来ならばアンシェリークという素晴らしい貴族令嬢を妻にするなんて、絶対にやってはいけないことなのだ。そんなことは十分に理解をしてはいるのだが、あの女だったら誰でも良いという腐った王子にアンシェリークを渡すくらいなら、自分の方がまだまだマシだろうとも思ってしまったのだ。
大神官様がさっさと書類を用意してしまったので、あっさりと夫婦になってしまったけれど、書類上の関係というだけで、アンシェリークに相応しい男が現れた時には我慢に我慢を重ねて身を引くようにすれば良いだろうと考えていたのだ。
それが、火花が飛び散るような(実際に歯が当たったことで唇が切れて血が飛び散ったのだが)キスがきっかけで、フィルベルトはちっとも我慢なんか出来ずに、ズブズブと本物の夫婦のような生活を送るようになってしまったのだ。
やることはやっているので、いずれは『子供』が出来ることもあるとは思うのだが、アンシェリークが月のものが来て落ち込むほど子供を欲していたとは思いもしなかった。
「ていうか!・・子供って!」
「おい!落ち着けって!旦那!一体どうしたんだよ!」
フィルベルトがブルブルと傍から見ていても分かる程に震え上がっているので、ロッテばあさんは心配そうに言い出した。
「結婚したらすぐに子供が欲しくなるなんていうは、新婦の宿命みてえなもんだろう。それがお貴族様ともなれば、後継はまだか?後継はまだかって相当なプレッシャーを感じるものだろう。アン様は今は平民になっちまったが、子供、子供と、考えるようになっちまったのかもしれないが」
「あ・・後継・・いやいや・・駄目だろ・・俺の子供が後継じゃ駄目だろ・・」
あれこれ足りない男がひょんなことから結婚をすることになったのだが、暗殺者を退治することと、アンシェリークにまともな生活を送らせることで精一杯だというのに・・
「爵位はないし、そもそも平民だし、それどころか親が処刑処分されているから、扱い的には罪人の子だし。人を殺すのなら誰にも負けない俺だが、人を育てる?自分の子供を育てられるほどの人望なんかないぞ?それに子供が黒髪で産まれたらどうするんだ?エレスヘデンでは黒髪は忌み嫌われるのに、どうしよう、子供?いやいや、え?子供?」
完全にパニックに陥ったフィルベルトの背中を優しく撫でながらロッテばあさんは言い出した。
「それだけ五体満足で成長した旦那が、何を不安に思うのかね?」
「全部」
「駄目だねこりゃ!」
ロッテばあさんは、周りの人間も居るんだからそこまで不安に思う必要は何もない。女神様が自然に授けてくれるものだから心豊かなまま自然に任せる方が良いと言い出したのだが、
「こ・・子供・・二人の子供・・こども・・俺の子供・・そんなバカな・・」
フィルベルトはパニックに陥ったままだった。
ロッテばあさんは真面目な顔で言い出した。
「世の奥様たちという奴は、自分の夫が二人の子供を欲しがらないと大きな不安を感じるようになるんだな。自分の夫が子供って本当に必要なのかと尋ねたり、子供なんていらないと言い出した暁にはドでかい亀裂が妻の心にも、二人の関係にも、入ることになるだよ」
「で・・でも・・子供って・・」
フィルベルトの心の中では不安の黒雲がどんどん成長して大変なことになっていた。自分が足りないのは十分に理解しているし、夫としても不足だらけだというのも理解しているというのに、親?親になる?それ無理じゃない?という不安の黒雲を感じ取った様子のばあさんは、首を横に振りながら大きなため息を吐き出した。
「深く考えるのは良くねえし、子供を望むのならストレスはない方がええ」
「いや、その子供っていうのが問題なんだけど」
「今はただ、心配症になっているだけだ。とにかく旦那はその心のうちの不安をアン様に悟らせたらいけねえよ?女っていうのは子供が出来たら手放しで喜ばれるものと思い込んでいるところがあるからな?」
「でも・・でも・・子供って・・」
「そんな顔するでねえよ?旦那は今まで通りの夫婦生活を送ればええんだから。あんまり回数多いと薄くなりすぎて子供は出来ずらくなるって言うが、だったら回数を減らして一発確定を狙うっていう手も実は悪手だったりするって言うのだわ。なにしろ外す確率っていうのが結構高いらしいんだよな。だからよ、最終的には自然に任せて、お互いを思い合いながらが大事なんだ。分かったか?分かったよな?」
ロッテばあさんは悟り切った様子でそんなことを言い出したが、フィルベルトの頭の中にはその内容の半分も入って来てはいなかったのだった。
フィルベルトにとって『結婚』は意外にもとても楽しいものだったのだ。幸せな夢のような生活で、暗殺者を排除するのは面倒だったが、この作業があるからこそ、アンシェリークは自分と結婚したのだと思い込むことが出来るし、心の奥底から湧き出る罪悪感を有耶無耶にすることも出来たのだ。
そこに『子作り』という言葉が追加されると、フィルベルトの心の中の罪悪感が一気に膨れ上がっていく。フィルベルトは昔から『人でなし』『ろくでなし』『普通じゃない』と、言われ続けて来たような人間なのだ。
「こんな俺が人の親に・・そんなの無理だろ・・」
親となって何を教えるって、人の殺し方や拷問の方法だったら胸を張って教えることが出来るのだが、そういうことじゃないだろうというだけはフィルベルトにだって分かっている。
本当は自分の父親のように子供を育ててみたい、狩の仕方だって教えてみたい。獣の捌き方だって教えてあげたい。だけど、自分と同じような黒髪で生まれて恨まれたらどうしようとか、こんな父親嫌だと言われたらどうしようとか、そういうことを考えていると、袋小路に追い込まれたような気分に陥ってしまうのだ。
「フィル、ごめんなさい。月の物が来ちゃったみたいなの」
ある日の夜、フィルベルトが寝室へ行くと、暗い表情を浮かべるアンシェリークが自分に背を向けながら言い出した。
アンシェリークがフィルベルトと姉のヘンリエッタが逢引きをしている現場を目撃した日のことであり、
「そうか・・」
そう言ってフィルベルトは自分の妻を後ろから抱きしめながら、安堵のため息を吐き出したのだった。
メヘレン王国との戦争が始まるということで、神殿騎士による部隊演習に参加をしたり、公爵家所有の船に乗って近海の警戒に出ているフィルベルトは多忙を極めており、もちろんヘンリエッタとはその後、顔を合わせていない。
そんなフィルベルトを捕まえることは早々に諦めたヘンリエッタは、背格好が似通った男に漆黒の髪のカツラをかぶせて二人で行動をして、自分とフィルベルトが熱愛しているという噂を神殿中に広めたのだった。
アンシェリークの物は何もかも奪い取りたいと考えているヘンリエッタは、偽物のフィルベルトを用意して逢引きをしている姿をアンシェリークにわざと見せたのだが、奪い取られ慣れているアンシェリークは早々に自分の夫との離婚を決意したのだが・・
そんなアンシェリークを後ろから抱き締めているフィルベルトは、
「子供が出来ないから落ち込んでいるのかな・・落ち込んでいるんだよな・・」
落ち込むアンシェリークの頭に頬ずりをしている。
こうして二人の誤解とすれ違いはしばらくの間、続いていくことになるのだが・・
過去編となりまして、裏切りとか、策謀とか、悪い奴とか、どんどん出てくる予定でいますので、懲りずに最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
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