第三十四話 何かが足りない男 ①
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フィルベルトの曽祖父はエレスヘデン王国からリェージュ大陸へ移住した人であり、フィルベルトの祖父や父は大陸で生まれた人だった。フィルベルトの祖母はデフュール連山に住み暮らす少数民族の出であり、住み暮らしていた土地を追い出され迫害されながら生きてきたため、祖父と共にエレスヘデン王国へ戻ることを決意した。
祖父母と共にアルンヘム本島へ移動をしたフィルベルトの父はトールン地方の村長の娘と出会い、結婚をして二人の子供に恵まれた。
祖母の髪の毛は漆黒で、父は焦茶色の髪、その子供のフィルベルトの髪は漆黒だったため、祖母に似たのだろう。エレスヘデン王国の民は明るい髪色の人間が多いため、漆黒の髪は他人から疎まれることはあっても生活自体に問題はなかった。
祖父も父も戦士として特別な力量を持つ人であり、祖母は魔術師と呼ばれる人だった。普通の人間では使うことが出来ない特別な力を使うことが出来るからこそ、祖母の一族は迫害され続けて来たのだが、
「ああ、エレスヘデンに来てようやく満たされたようだわ」
と、森の中で住むことを好んだ祖母は口を開けばそんなことを言っていた。
大陸で魔術師と呼ばれる人々は、何かが欠けた状態で生まれることが多い。祖母も生まれた時から何かが欠落した状態で生まれたのだと自分で感じていたし、祖母に良く似たフィルベルトもまた、自分に何かが足りないことを物心ついた時から感じていた。
少女のように可愛らしい顔をしたフィルベルトは漆黒の髪色をしていても、周りの人間はいつでも構いたくて仕方がなかったのだ。
そうすると、
「生意気なガキ」
「俺たちとなんか仲良くしたくないんだろ」
「プライド高すぎないか?」
なんてことを言い出すような人間も出て来るようになる。母親が村長の娘で、顔立ちだって特別可愛らしいというのに他人と距離が出来てしまうフィルベルトは、だからといって危機感を感じることもないし、寂しいと思うこともない。
「俺には何かが足りないからか?」
その後、フィルベルトの何かが足りない部分は加速度的に増えていく。妾妃アンネリーンがわがままを言って神聖なる女神の泉を大きな湖に作り替え、その後、決壊した湖はフィルベルトの村をも呑み込んだ。
フィルベルトが村に戻ってみれば、ぬかるんだ泥から飛び出る木々の根ばかりが目について、土砂に埋もれた家は屋根の端や突き出た壁の残骸が見えるだけ。家族も親族も、全ては土の下に生き埋めとなって死んでしまったのだ。
至る所で水漏れを起こしている湖の補強をして欲しいと王家に対して陳情をしていた父親は捕縛され、全ての責任を押し付けられて処刑処分となってしまった。フィルベルトは最初、父親が捕まっても大して心配などしていなかったのだ。
牢屋に入れられている父親を助けるのは難しいが、中央広場に用意された処刑場まで父が現れたら助けられる算段がついていた。フィルベルトは魔術師である祖母から炎を操る術を学んでいるため、絞首台を炎で燃え上がらせて仕舞えば逃げ出すことも出来るだろうと考えた。父親を助けるなんて簡単に出来るだろうと考えていたし、自意識過剰なところがフィルベルトにもあったのだ。
27の島からなるエレスヘデン王国は女神に愛された地なのだ。大陸で悪事を働いた魔術師の流刑地として選ばれる場所でもあるし、女神の加護が強ければ強いほど魔術を使えなくなるという話は聞いていた。
王宮からもさほど離れていない中央広場はアルンヘム本島のほぼ中心に位置しているのだが、まさかこの広場に女神の加護がかかっているなどと思いもしない。だからこそ炎を操ることも出来なかったフィルベルトは、父の首が斬り落とされるのを眺めているより他なかったのだ。
父の首が飛んだ時、たたでさえ足りない何かが半分以上減ってしまったような感覚を覚えた。父が処刑されて悲しいわけでもない、激しい怒りを感じるわけでもない。ただ、ただ、肝心の場で炎が操れないことに呆然とするフィルベルトの中で、彼の中身がどんどんと減り続けて立っていられないほどに力が抜けた。
興奮する民衆に揉みくちゃにされたフィルベルトはそのまま多くの人々に踏み潰されて、死んでしまったかもしれない。そんなフィルベルトの手を掴んだのが深くフードを被った少女であり、
「危ない!こっちに来て!」
と言って、フィルベルトの手を掴んだまま走り出したのだった。
「あの処刑された罪人はあなたのお父様だったのかしら?」
粗末な外套を着た少女はフードを被ったままの状態で、
「でも、あなたは生きなくちゃ」
同情するでもなく、ただ無感情のまま言い出した。
「だってあなたは一人でも生きていけるじゃない」
少女は琥珀色の瞳をまっすぐに向けながらフィルベルトを見つめたのだが、その言葉に怒りを感じるでもなく、
「それってお前も同じじゃね?」
と、フィルベルトは少女に向かって感情が一切こもらない声で答えたのだった。
家族も親族も、何もかもを失ってしまったフィルベルトだったけれど、大して困ることもないだろうということには気が付いていた。金が無ければ誰かから奪えば良いし、それなりの地位に就きたいと考えたなら港に行けば良いだけだ。
大陸に宝石を大量に売って財を築いているエレスヘデン王国の交易船は狙われることが多いため、戦力として乗り込めば必ず活躍することが出来るだろう。
船に乗り込んだフィルベルトは大陸まで航海することとなったシュトルベルク公爵の命を助ける機会にも恵まれた。ろくでなしの王家を倒してやろうと考えたのは公爵から褒美を与えると言われた時のことで、王家を倒せば目減りした何かを取り戻すことが出来るのではないかと考えたから。それに、シュトルベルク公爵はエレスヘデン王家に対して激しい恨みを持っているから。
思えばアルンヘム本島の中には王家や貴族に対して恨みを持つ人間が多すぎるので、フィルベルトは容易に行動を起こすことが出来るだろう。処刑場で会った少女が巫女候補という立場で目の前に現れるまでは、何もかも上手くいくだろうと考えていたのだから。
エトとヘイスいう悪辣な神官が欲情を絡めた眼差しで見つめている巫女候補は、他の巫女候補たちとは比べ物にならないほどの見窄らしいドレスを身に纏い、満足に食事も摂れていないのか、いつだって顔色が悪い少女だったのだ。
女神の化身と言われる姉と比べれば、遥かに容姿が劣っているハズレくじの妹アンシェリーク。彼女の琥珀色の瞳を覗き込んで、フィルベルトは思わず息を呑み込んだのだった。
父の処刑からは数年が経っても決して忘れることがなかった琥珀色の瞳、全てを諦めているようであり、期待というものは生まれてこの方、一度として持ったこともないと言わんばかりの意固地な眼差しを受けた時に、
「ああ、こんなところにいたのか・・」
心の中で呟いたフィルベルトの足りない何かが、僅かばかりに満たされたような感覚を覚えたのだった。
過去編となりまして、裏切りとか、策謀とか、悪い奴とか、どんどん出てくる予定でいますので、懲りずに最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
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