第三十三話 神官見習いマルク
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神官見習いのマルクは父親が妾に産ませた子であり、半分だけ貴族の血が流れる中途半端な存在だ。六歳の時に神官見習いとしてマルクが神殿に入ることになったのも、父親がマルクの母親に対して良い顔を見せたかったから。
妾の子であろうと貴族籍に入れて貰えるだろうと信じ込んでいた母親と、妾の子を籍に入れることはしたくなかった父親の間で齟齬が生まれ、元凶となるマルクを神殿送りにすることで有耶無耶にすることにしただけだ。
「貴方の血筋であれば大神官様になるのだって夢じゃないわ!将来高い地位に就くには今から神殿に上がらなくてはいけないのよ!分かるわよね?」
父の口車に乗せられた母はそんなことを言っていたが、厄介払いをされただけの話なのだ。
今の神殿で高位の地位に就くには貴族の血筋が重要となってくる、籍にも入れられていない庶子が出世する可能性などゼロと断言出来るだろう。だからこそ、神官見習いとして神殿に入ることになったマルクは金を集めることに注力した。
神官見習いとして入る子供は貴族の次男、三男が多いのだが、自分たちは貴族なのだからと言って誰かのために働こうとは思わない。だからこそマルクはコマネズミのようにクルクルと働いて、神官や上級神官に気に入られるように心掛けた。
貴族の愛人になれるほどの美貌を持つ母に良く似たマルクに対して、欲望混じりの眼差しを向けて来る神官も居るには居るが、修道女たちの影に隠れながら難を逃れて生きてきた。
今は巫女候補となった令嬢たちが神殿に上がっているので、お嬢様たちの世話係を率先して行なっている。彼女たちは専属侍女を家から連れて来ているのだが、彼女たちはマルクが役に立てばお小遣いを用意してくれるのだ。
いずれは神殿から独立するつもりのマルクとしては、侍女から貰うお小遣いは貴重な逃走資金になる。だからこそ巫女候補をすでに辞退したアリーダ嬢から、
「ヘンリエッタ嬢のところにまめに顔を出して、彼女の様子を逐一私に教えなさい」
と、言われて金貨が入った小袋を渡された時には小躍りしたいほど嬉しくなった。
マルクはヘンリエッタの所からも色々な用事を言い付けられているので、アリーダに情報を流すことは簡単な仕事だと言えるだろう。
巫女候補を自ら降りたアリーダ嬢だけれど、彼女は正妃の座を決して諦めたわけではない。アリーダは王子との閨事を批判するような過激なことを行なっているが、有象無象いる貴族令嬢の中から一歩抜きん出た存在になって、王子に興味を持って貰おうという彼女なりの策なのかもしれない。
ベルナール王子は女好きとして有名だが、アリーダ嬢が自分との行為を『暴力的だ』『きっと薬を盛られたに違いない』と言い出されたことでプライドを傷つけているのは間違いない。だからこそ、いつ見切りをつけても問題ないヘンリエッタに執心し続けているし、ヘンリエッタ以外の令嬢と閨を共にしていない。
だからこそヘンリエッタはこんな状況になってもアリーダを敵対視していないし、自分以外の巫女候補たちはその他大勢のままなのだ。執心しているのはいつでも妹のアンシェリークだけ、彼女を不幸にしたくてしたくて仕方がないのだ。
「嘘でしょう?またアンシェリークを殺すことが出来なかったの?失敗した?ギルドには弱い奴しか居ないのかしら?呆れちゃうわね!」
外からのおつかいの帰りにマルクがギルドから託された手紙をヘンリエッタに渡すと、ヘンリエッタはその手紙を手でちぎりながら怒りの声をあげていた。
「一体、幾らお金を使ったと思っているの?きちんとやるべき仕事をやってこそプロと言えるでしょうに!」
「ヘンリエッタ様、そうは言っても神殿の森には森の民も住み暮らしていますし、場所が場所だけに難しいんだと思うんです」
神殿の森には大神官にしか仕えない一族が住み暮らしているという。遥か昔から森の民が神殿を守っているとも言われており、神殿に仕える者にとって森は触れてはならない場所でもある。
「ギルド長の元に耳の首飾りだけでなく、舌のイヤリングまで送られて来たのだそうです。これ以上、森に暗殺者を送り込むことは出来ないと言われました」
送り込んだ暗殺者の体の一部を送り続けられることになったギルド長だったけれど、長卓に足の小指を打ち付けてポキリと折れたのを皮切りに、毎日、一本ずつ何処かしらの骨が折れていく異常現象が起こるようになったようで、心がすっかり折れてしまったらしい。
「そんなの許せる訳ないじゃない!あの娘は不幸にならなければならないのよ!絶対に!絶対に不幸にならなければならないの!」
女神の化身とも呼ばれるヘンリエッタだけれど、自分の妹のことが憎くて仕方がないらしい。母が妾身分のマルクも、正妻の子供たちに対して言葉で表現するには難しいほどの嫌悪感を持っているので、同じような感情をヘンリエッタも持っているのだとは思うのだが・・
「ヘンリエッタ様は、妹さまが不幸になればそれで良いと思っているのですよね?」
マルクは自分の小さな手をこねくり回しながら言い出した。
「騎士団長のラウレンス様が言っていたのですが、近々、神殿騎士を一斉に集めて部隊の編成をするというんです」
宝石や真珠がとれなくなってしまったというのに、エレスヘデン王国を狙って大陸にあるメヘレン王国が動き出そうとしているというのだ。神殿を守る神殿騎士は有事の際には王国軍と共に戦うことになるため、その準備を始めることになるのだろう。
「アンシェリーク様の夫となったフィルベルトはシュトルベルク公爵家を後見人にして神殿騎士になっているので、簡単に神殿騎士を辞めることが出来ません。ですから、これから度々、森を出て神殿の方へやって来ることになると思うんです」
「その夫の不在をついて送り込む暗殺者の手配が出来ないって話じゃない!」
普段は女神のように美しいヘンリエッタも、自分の妹が絡むと途端に表情が険しくなる。自分の不幸は全て妹の所為であるし、妹を不幸にしなければ自分に幸せは訪れないと考えているようなところがあるのだ。
「ヘンリエッタ様、今までフィルベルトの呼び出しに失敗し続けていましたが、自分の恋人にして奪い取ろうとするから失敗していたのだと思うのです」
ヘンリエッタは妹のものは全て自分の物でなければならないのだと思い込んでいるところがある。夫となったフィルベルトも色仕掛けで虜にしようとしていたものの、フィルベルトもアンシェリークも、森に引っ込んだまま出て来る兆しがなかったのだ。
「自分の恋人にするというより、まずは妹を心配する姉として接してはどうですか?」
フィルベルトはどう足掻いたところで平民なのだ。
「伯爵令嬢だった妹の夫が平民身分だというのは心苦しいことだから、妹のために貴族になるつもりはないかと囁くのです」
平民は誰しもチャンスがあれば貴族になりたいと思うもの。
「貴族になることがアンシェリーク様の為なのだと言えば、違った顔を見せることになると思うのですが?」
マルクの言葉にヘンリエッタはしばしの間、思案したものの、
「そうね、私は妹思いの姉だもの。妹の夫が貴族になれるようにひと肌脱いでやっても良いと思うもの」
と、呟いて、恐ろしいような笑みを浮かべたのだった。
神官見習いのマルクはアリーダ嬢からヘンリエッタとフィルベルトが交流を持つように出来たら褒美を与えると言われていたのだが、
「後は、騎士団長のラウレンス様に声をかければ完璧だな!」
自分の小遣いがどんどんと増えて行くのを実感しながら満足そうな笑みを浮かべていたのだった。
過去編となりまして、裏切りとか、策謀とか、悪い奴とか、どんどん出てくる予定でいますので、懲りずに最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
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