第三十一話 平民への道
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家事のいろはだけでなく色々なことを教えてくれるロッテばあさんは、真っ白な眉をハの字に広げながら言い出したのよ。
「猪を狩ってくるのは良いが傷だらけになってくることも多いから、なるべく怪我をすることもない獲物を狩猟して帰って来て欲しい?確かに猪は凶暴だから、捕まえるのに苦労して怪我をすることも多いかもしれんけどねえ・・」
歯が半分ほど抜けたロッテばあさんが笑うと、フェッフェッフェッと歯の間から息が抜けるような笑い声になるのよ。
「私が痩せすぎなのが心配なようで、お肉を食べさせようとしてくれるのは嬉しいのだけれど、そこまでして猪を狩らなくても良いではないかしらって思ってしまうのよ」
「んだども、アン様は痩せすぎだからなあ〜」
ロッテばあさんはマジマジと私のことを見ると、
「肉食べて、コッテリと太った方が子供も出来やすいって言うからな!」
と、とってもあけすけなことを言い出したのよ。
閨のあれこれについて人参を使って具体的に教えてくれたロッテばあさんだけれども、月のものが来てしまって、私がちょーっとだけ落ち込んでいることに気が付いてしまったようで、あれこれと余計なことを言ってくるの。
「数撃ちゃ当たると世の中では言われているが、実は数ばっかり撃ってもまともに当たらなかったりするんだわ。人によっては回数よりも濃さが大事だともいうもんで」
「おばあさま」
「肝心の日まで旦那様には我慢をしてもらって、濃いのをドバーッと」
「おばあさま!」
ロッテばあさんの話はやっぱり、色々と具体的過ぎるのよね。正直に言って頭が痛くなってくるわ。
「確かに私は子供が出来た方が、万が一のこと(王子の気が変わって、やっぱり妾にでもしておきたいと言い出した時に)があった時に都合が良いと思ったのよ。それに恋愛小説だと、一晩を男女が共にしただけで子供が出来たりするじゃない?お腹に子供が居るのにも気が付かずに逃げ出しちゃったりするじゃない?」
「わしゃ本とか読まんでな、物語の中では腹に子っこが出来ているのに、肝心のお相手の前から逃げるのか?」
「そうなのよ!それが定番の展開なのよ!」
屋敷では姉が読んでいた恋愛小説をこっそり読んで暇つぶしにしていたのだけれど、大概、妊娠した女性は男の前から逃げ出すのよ。
「逃げ出した先でヒロインは子供を産むのだけれど、大概、偶然通りかかった元恋人と出くわしてしまって、子供が居るってことがバレてしまうのよ」
「あんれまあ、それじゃあ、再開した二人は晴れて結婚しちまって」
「大概は、元恋人に新しい婚約者がいたり、元恋人を狙っている綺麗なお嬢さんが出てきたり、強欲で血統主義の義母が出てきたりして、二人の仲を邪魔するの」
たった一晩で妊娠するっていうお話は結構な数を読んだけれど、たった一晩では妊娠なんかしなかったし、案外子供って簡単にできるものでもないんだなと実感しているところでもあるの。
「バッチャ、薪割りしておいてくれって言ってたけんども、これくらいの量で問題ねえか?」
ロッテばあさんの孫のニロが勝手口から顔を覗かせて声をかけてくれたのだけれど、
「ほうけ、終わったか?」
薪割りをしてくれたお孫さんに向かって、
「まともにきちんと薪は割ったんだろうな?」
ロッテばあさんは凄むように言い出したのよ。
急遽、王子様からの求婚から逃れるために結婚をした私たちなのだけれど、やっぱり私が貴族身分だったというのが問題だったのかしら?私とフィルベルトだけじゃ色々と心配だということで、ロッテばあさんの家族まで色々と手伝ってくれるようになったのよ。
代々、木こりを生業としているロッテばあさんの家では、息子や孫たちまでみんな筋肉ムキムキなのよ。
夏の暑さを感じるような季節に神殿を出たのだけれど、あっという間に月日が過ぎて秋も深まり、もうすぐ冬がやって来ようとしているわ。エレスヘデンの島々は年中、果物がなり続けているようなイメージを持たれているのだけれど、季節は夏と冬に分かれていて、冬ともなれば暖炉が必要になるほど寒くなるの。
すると、くるりとこちらの方に皺だらけの顔を向けたロッテばあさんが、
「冬ともなりゃあ夜が長くなるし、家に引き篭もる時間も長くなるけえ、心配ねえべ」
ニッヒッヒと笑いながら言い出したのよ。
「冬の間に子供さ出来ることが多いんだ。んだからアン様もあっという間に子供なんか出来てしまうべな」
「ゔ〜ん」
私は思わず唸り声を上げてしまったわ。確かに冬の夜は長いのだけれど、私の体力がどこまで保つのかが問題よ。正直に言って、私はつい最近まで家族に疎まれ、使用人たちからも恐れられ、大概の人から嫌われていた伯爵令嬢なのよ。部屋からもほとんど出ることもなく生活をしていたものだから、体力が驚くほどに続かないのよ。
「そんなに唸り声を上げなくても大丈夫だ!子供が出来るのは運とタイミング!それと女神様の差配っていう奴が必要なんだな〜」
エレスヘデン王国では女神様を信仰している人がほとんどだから、何かやるにしても女神様がどうのって言い出す風潮にあるのよね〜。
「昔から焦りは禁物だと言われているんだ、ゆったりとした気持ちで、ひろ〜い心で待っていたらええんだ」
ひろーい心で待っている場合でもないのだけれど。
ロッテばあさんは勝手口にポツンと立っている孫のニロの方を振り返ると、
「お前はもう帰ってええぞ!」
と、大声をあげたの。
ロッテばあさん、私にはとっても人当たりよく何でも話してくれる(特に閨ごとについては積極的に話してくれる)のだけれど、自分の家族に対してはぞんざいな態度を取る人なのよね〜。
「ニロさん!待って!薪を割ってくれて有り難う!」
椅子から立ち上がった私は、クッキーが入った籠を手に取って、勝手口でモジモジしているニロさんに渡してあげたの。
「ごめんなさいね、私が薪割りをすることが出来たら良かったんだけど・・」
「いやいやいや!アン様が薪割りだなんてとんでもねえよ!」
ニロさんは私よりも三つも年下なのだけれど、私よりも遥かに背が高い大男なのよね。どんぐりの実のような瞳を細めてニコニコ笑ったニロさんはクッキーを受け取ってくれたのだけれど、
「絶対に毒なんか入ってないから心配しないでね!」
と、一応、声をかけておいてあげたわ!
私は今までクッキーという食べ物を食べたことがなかったのだけれど、ロッテばあさんに作り方を教えてもらって自分でも食べるようになったの。こんなに美味しい食べ物が自分で作れるなんて最高!だと思ったし、こんなに美味しい食べ物に毒物を混ぜるなんて、私の母親!最低!とも思ったわ!
「いやいやいやいや!毒入りなわけないでしょう!それに!たとえ毒入りでもアン様のお手製クッキーだったら喜んで食べます!」
「またまた〜!冗談ばっかり〜!」
ロッテばあさんは呆れたような顔でこちらの方を見ているのだけれど、これがご近所付き合いという奴よね?私、またこれで平民への道を一歩進んだような気がするわ!
こうしてお気楽に新婚生活を楽しんでいた私なのだけれど、その裏で、夫のフィルベルトが姉が送り込んで来た刺客相手に奮闘しているだなんて知りもしなかったのよ。私の身が危ないということで、ロッテばあさんやお孫さんが毎日のように顔を出してくれていたのだけれど、私はそんなことも知らずに、平民への道を爆走しているつもりになって満足していたの。
過去編となりまして、裏切りとか、策謀とか、悪い奴とか、どんどん出てくる予定でいますので、懲りずに最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
もし宜しければ
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