第二十九話 手前勝手な女
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ヘンリエッタの父であるシャリエール伯爵は一気に十歳も二十歳も歳をとったようにやつれ切っていた。あろうことか妻が作った毒入りのクッキーが大神官の目の前にまで届き、一時期は破門処分を受ける覚悟をしていたものの、愛する妻を切り捨てることでこの危機を乗り越える決断をすることになったのだ。
巫女候補となった娘ヘンリエッタの立場とシャリエール伯爵家の家門を守り切ったものの、それでも愛していた妻なのだ。最後には足の根本まで腐り、激痛のあまり毒杯を自分から望むようにして亡くなった妻の姿は忘れられない。
ベルナール王子は大勢いる巫女候補の中から美しいヘンリエッタを特別溺愛しているという話は聞いているし、昔からヘンリエッタこそ女神の加護を受けた巫女に違いないと考えていた。いや、ヘンリエッタこそが巫女なのだと伯爵は思い込もうとしていたのかもしれない。
ヘンリエッタが宝石の枯渇と真珠の不作は貴族たちが信仰心を忘れたから、その不信心さが招いたことだと宣言すれば、伯爵は確かにその通りだと思ったのだ。
エレスヘデン王国は女神が作り出した楽園であり、女神が愛する宝石がまるで湧き出て来るかのように採掘出来る。美しい宝石は国を富ませ、貴族たちに贅沢な生活を与えた。女神様のおかげで今の生活があるというのに、
「これ以上、神殿に権力を持たせるわけにはいかない!」
という意思の元、女神を信奉することを軽視するようになっていたのだ。
であるのなら、再び女神様へ祈りを捧げれば良い。問題を提議した巫女に取り入れば何とかなるのに違いない。そう思っていたというのに、結果は捗々しいものではなかったのだ。
「ヘンリエッタ、一体、いつになったら女神様は我々に元の生活を取り戻してくれるのだろうか?」
「お父様、久しぶりに顔を見せに来たと思ったら、またその話なわけ?」
すっかりやつれきった父親を前にして心配するでもなく、同情するでもなく、大きなため息を吐き出したヘンリエッタは言い出した。
「元々、アンシェリークはエトとヘイス、二人の神官に陵辱させるつもりだったのよ。だというのにエトとヘイスは平民たちに殺されることになってしまったし、あの娘には平民身分の騎士が護衛としてついてしまったでしょう?だからその平民騎士に声をかけて、平民たちでアンシェリークを痛めつけてしまいなさいって命じたの」
ヘンリエッタはイライラした様子で扇子を捻り上げながら言い出した。
「アンシェリークを虐めるのは女神様の意思、あの娘を痛めつけなければ女神様が現れることはないの。私はみんなの生活が元の状態に戻るように努力をしているのよ?だというのにあの平民騎士は私の邪魔をするだけでなく、あろうことかアンシェリークとの結婚を決断してしまったのよ!」
いつもは女神のように美しいヘンリエッタは人が変わったようにその美しい顔に憎悪の炎を灯しながら、悔しげに父親に向かって言い出した。
「今、みんなが困っているのはアンシェリークが幸せだからなのよ。あの娘は絶対に不幸のままじゃないと困るの、だってあの娘が私の目の前から居なくなった途端に宝石が枯渇したと言うのよ?絶対に偶然とは思えないわ!」
「ヘンリエッタ!お前は自分の妹の不幸を願い続けているのか?」
「ええそうよ、それが当たり前のことだもの」
そう答えたヘンリエッタはニタリと笑いながら言い出した。
「あの娘は私のずーっと下にいなければならない存在なの。いつでも私が遥か高みから見下ろして、ああ、幸せだなと感じさせてくれる存在じゃなくちゃならないの。お父様はアンシェリークが巫女なのではないかと考えているみたいだけれど、そんなわけがないじゃない!あの娘に害意を持つ人間が女神様の怒りに触れて足の怪我をすると言うのなら、私の足はバキバキに折れているはずですもの。私が足の怪我なんてしたことがありました?ありませんわよね?」
確かに、ヘンリエッタは今まで一度も足の怪我をしたことがない。父も母も、アンシェリークが関わることで大怪我をしているというのに、ヘンリエッタは今まで一度も小さな怪我すらしたことがない。
「毒を用意するよう指示した殿下も、毒を用意した王子の側近のブラム様も足を怪我なんかしていないわ!全てはたまたまだったのよ!たまたま、足を怪我しただけの話なのよ!」
「だが、今現在、女神様がお怒りになっているのは間違いないだろう?うちの宝石鉱山もついに一つの宝石すら見つけられなくなってしまった。これは女神様の怒りに触れたからに他ならないわけで」
「お父様、時期を考えてみなさいな。宝石が枯渇し始めたのはお父様がアンシェリークを伯爵家の籍から外すように手続きを始めたから。そうして平民身分となったアンシェリークはあの忌々しい男と結婚したから。あの娘が幸せになるとエレスヘデンに不幸が訪れるの。私は確かに、貴族たちの不信心が招いたことだと宣言したけれど、女神様はアンシェリークが幸せだという事実にもお怒りになるのよ」
伯爵は大きなため息を吐き出すと、俯いて、膝の上で握りしめた自分の拳をしばらくの間見つめ続けていた。
伯爵は可愛い娘二人に恵まれて幸せな人生を送るはずだったのだ。自領で発見された鉱山には豊富な宝石が埋蔵されている見込みもあり、まるで泉のように出てくる宝石を手にしては伯爵家が女神に愛された家なのだと実感した。
娘のヘンリエッタは女神のように美しかったため、ヘンリエッタこそが女神が加護を与えた巫女なのだろうと思い込んだ。だからこそ、妹のアンシェリークのことはいつでもおざなりになり、放置したまま月日を送ることになったのだ。
ヘンリエッタを溺愛する使用人たちは妹のアンシェリークを疎ましく思うようになり、時には虐めるようなこともしたのだろう。
そうすると、その虐めた人間、悪意を持った人間、害意を持った人間が足に怪我をすることになる。一人二人であれば、たまたま起こった偶然の出来事とすることも出来るのだが、それが十人二十人と増えていくと偶然では片付けられなくなってくる。
アンシェリークは巫女であるヘンリエッタの加護がおこぼれ程度に自分にもあるのだと言っているが、実際に大怪我をして足の骨を折った伯爵としては、おこぼれ程度の加護とは到底思えないのだ。
自分の娘であるのに薄気味悪くて仕方がない。早く手放したいとは思っていたのだが巫女候補として神殿に上がる可能性もあるため、伯爵家に置いておかなければならなかった。そんなアンシェリークが自ら巫女候補を辞退すると言い出した時には、即座に籍から外す決断をするほど実の娘から離れたい気持ちが強かったのだ。
娘たちが神殿に上がるとしばらくして、妻が足の骨を折るような大怪我を負うことになった。つまりは、アンシェリークに何かがあったということになるのだろう。これ以上アンシェリークには付き合いきれない。さっさと気味が悪い娘は伯爵家から出してしまって、妻とヘンリエッタと自分と、三人だけの家族としてやっていきたい。
その思いは妻が相談もなく毒入りのクッキーを作ることであっけなく霧散することになってしまった。地下牢に入れられてあっという間に足が腐ってしまった妻を見て、その異常性を感じなかった者は居ないだろう。
枯渇した宝石鉱山を元の状態に戻したくて、恐ろしいと思いながらもアンシェリークとの面会を求めることになったのだが、やはり恐ろしいものは恐ろしいのだ。アンシェリークは恐ろしい、目の前に居ると自分の罪を突きつけられているような気分に陥って全身に嫌な汗をかいてしまうのだ。
「お父様、そんなに心配なさらないで!きちんとアンシェリークは不幸にして、女神様に満足してもらうことにしますから」
「本当に、アンシェリークが不幸になれば全ては元に戻るのか?」
「ええ、お父様、アンシェリークが不幸になりさえすれば、女神様の怒りも解かれることとなりましょう」
ヘンリエッタは父の手を握りながらにこりと笑ったものの、手を握られた父はぎこちなく笑うばかりだった。ヘンリエッタは自分の都合が悪いことは全て自分の妹に押し付けて、生贄として処分するつもりなのかもしれない。
過去編となりまして、裏切りとか、策謀とか、悪い奴とか、どんどん出てくる予定でいますので、懲りずに最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
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