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第二十五話  ばあさんの閨教育

お読みいただきありがとうございます!よろしくお願いします。

「あんれまあ、こちらの方に来たのはお貴族様のご令嬢だというんで慌てて来たんだども、本当の本当に、お嬢様お一人だけで来てしまったのかね?」


 フィルが鳥肉を求めて飛び出して行ってしまった後、仕方がないので私は小屋の中の掃除を始めていたの。平民の家というものに私は始めて来たのだけれど、一階は食堂と居間が一緒になったような部屋の端に炊事場があって、トイレと浴室が付いている。二階も一部屋だけで掃除は簡単に出来そうだったのだけれど、勝手口から入って来たお婆さんはコンロの上に大きな鍋をドンと置くと、

「お付きの侍女もいねえのか。これは、これは、難儀な道を歩んで来られたんでございますねえ」

 と、言い出した。


 髪の毛が真っ白で半分くらい歯が抜けているお婆さんの名前はロッテといって、近くで木こりをしている息子一家と一緒に住んでいるのですって。


「たった一人でここに来たのではなくて、結婚したばかりの夫と一緒にやって来たの」

「あんれまあ、珍しいことに駆け落ちかね。お嬢様は見るからにお貴族様だから、お相手は平民なのかね?」


「いえいえ、私は貴族ではなくて平民ですし、夫ももちろん平民身分で駆け落ち〜・・ということになるのかしら〜。めちゃくちゃ結婚したくない奴から逃れるために、親の了承も得ずに勝手に結婚ということだから」

「それは駆け落ち!間違いねえな!」


 ロッテばあさんは、あははははっと笑うと言い出したの。

「新婚さんか・・そりゃあええなあ〜」

 そうね、私たちは間違いなく新婚さんだわ。なにしろ、ついさっき、婚姻証明書に署名したばかりの新婚さんだもの。


「おばあさまに是非ともお聞きしたいことがあるのだけれど」

「なんだね?私に答えられることだったら何でも答えるつもりだが」

「おばあさま、初夜とは男と女が始めてベッドを共にすることを言うと思うのだけれど」

「そうだな、確かにそういうことになるが」

「男の人の場合は、自分の好みの女性ではなかったらベッドに入る気にもならないと聞いたことがあるのだけれど、それって本当のことかしら?」


 白髪の腰が曲がったロッテばあさんは、悩ましげに瞳を彷徨わせて、しわしわの口をモゴモゴしながら言い出したわ。


「そりゃ好みの女でなかったらベッドに入る気にもならないという男も居るだろうが、この世の中には女だったら誰でも良いという男も居るからなあ」

「私の夫ってどっちの方かしら?女だったら誰でも良いタイプ?それともこだわりを持って生きていきたいタイプ?」

「さあなあ、わしゃ、お嬢様の夫を知らんから何とも言えないんだが」


「それじゃあ、好みではない女性とどうしてもベッドインしなければならない場合は、女性の顔を隠すようにタオルを用意すれば良いと聞いたことがあるの。どうしても駄目なようだったら、タオルをこう、バサーっと自分の顔の上にかけたら問題なくいくかしら?」


「ゔゔ―ん」

 ロッテばあさんは悩ましげに瞳を伏せて、眉間に刻み込まれた深い皺をふたつの指で揉みほぐしながら言い出したのよ。


「わたしゃ大神官様からこの家を使うことになったから、面倒を見てやってくれと言われただけでなぁ、新婚さんの駆け落ちが来るとは聞いてもいないし、その新婚さんがかなりの訳ありで、相手の男がこんなに死ぬほどのべっぴんさん相手に、顔にタオルをかけにゃあコトに及ぶことも出来ない、超、超、超、面食いさんだとは聞いてもいねえのよ」


 ロッテばあさんは子供を五人も産んだ猛者なのだけれど、そんな猛者は私にきっちりと教えてくれたのよ。


「田舎の人間はな、街の人間みたいに暗くなってからもいつまでも起きているような生活なんかしないのよ。朝は日が昇る頃には起き出して、日が暮れる頃には食事を済まして寝てしまう。暗くなってからランプを使うなんて燃料がもったいねえからな?寝室で使うのだって蝋燭一本がせいぜいよ。蝋燭一本だったら、相手の顔なんかそれほど見えねえし、万が一にも相手がゴネるようであれば、お嬢様が自分で蝋燭の火をフッと消してやればいいだけさ」


 ロッテばあさんは、

「タオルなんて必要ねえのよ。幸いにも今日は新月だから、蝋燭を消しさえすれば真っ暗だ!」

 と、励ますように言ってくれたの。


 貴族令嬢が結婚をする際には母親から閨についての教育をされるらしいのだけれど、私の母親って私に毒を盛って殺そうとするような毒親だったし、実際に私が結婚するってことになってもそんな教育なんかしてくれなかっただろうと思うのだけれど・・


「キッヒッヒッ、男なんてな、ここでこう、こうやってしまえば逆らえる奴なんておらんのよ」

「まあ!破廉恥な!」

「そこでな、ああやってこう、そこでこう、分かったか?」

「分かったような、分からないような」

「持ってきた人参に丁度良いのがあったから、これを使って教えてやる」

「あらまあ、人間の足みたいに先が二つに割れた人参ですわね!」

「そこでこう、ああやってこう」

「まあ〜!」


 幸いにもロッテばあさんが懇切丁寧に教えてくださったの!

 ベルナール王子から逃れる為に平民の手垢がきっちり、がっちり付いた女性にならなくては困るのだけれど、これだけ色々と教えて貰ったのだから何とかなるはず!後は、夜の闇がどれだけ濃いかに賭けるしかないわね!真っ暗だと顔が見えないから丁度良いと思うのだけれど・・森の小屋は初めてだから夜がどれだけ真っ暗か想像も出来ないのよね〜。


 そんな訳で夕暮れが濃くなる頃にようやっと帰宅したフィルベルトを出迎えると、私はロッテばあさんが持って来てくれたシチューとパンをテーブルの上に並べたの。


「フィル、今日はおばあさまからどれだけ好みではない女性であっても、イチコロでメロメロになるテクニックを色々と教えて貰ったから、何も心配せずに私に任せてくれれば大丈夫よ!」


 フィルベルトは口に含んだシチューをブッと吐き出してしまったの。ああー、これはマズかったかも、ロッテばあさんも男の自尊心を大事にしろって言っていたもの!今の発言は軽率だったかもしれないわ!


「フィル!私は決して貴方のプライドを傷つけるつもりだった訳じゃないのよ!ただ、私がお姉様のようなタイプではないので、色々と工夫が必要なのではないかと考えた次第なのよ!」


「ちょっと待って!ちょっと待って!アンは貴族のお嬢様だし?本当の本当に!平民の手垢なんか付いたらまずいと思うし!」

「もうすでに!私は平民よ!」


 お父様が戸籍から外してしまったので、完全に!何処からどう見ても平民なのよ!同じ平民として手垢をつけてもらわないと困るのよ!


 幸いにも寝室は一つしかなかったので、私は即座に蝋燭を吹き消してやったわ!自分の何処にここまでの積極性があったのか良く分からないのだけれど、私からの無理やりのキスで歯が当たって唇が切れた時点でフィルもついに観念してくれたのよ。


 後はこれで子供でも出来てくれたら万々歳なのだけれど、そうそう上手く行くわけもないってことはロッテばあさんからも聞いているわ。


 そんなこんなで翌日の昼過ぎまでベッドから起き上がることも出来なかったのだけれど、その日の夕方、煮込み料理を鍋に入れて運んで来たロッテばあさんはフィルベルトを一目見るなり言い出したのよ。

「ああ、ああ、あんたが超、超、超面食いの旦那さんかね!なるほど!この美しいお嬢様でも駄目だって言い出す理由が分かったわ!」

 フィルベルトの容姿はそりゃあ、乙女と見紛うばかりの美しさだもの。

「とりあえず、蝋燭はすぐに消して上手くやったみたいだね」

 そう言って大鍋をコンロの上に置いたおばあさんはイッヒッヒッと笑い声を上げたの。


「俺は面食いじゃない!アンの顔に満足してないとか!そんなの絶対にないからな!」


 フィルベルトはそう言ってカンカンに怒っていたのだけれど、確かに彼、暗くても明るくても、あんまり関係ないタイプだったかも。蝋燭云々で悩んでいた私ったら本当に馬鹿みたいだわ。



過去編となりまして、裏切りとか、策謀とか、悪い奴とか、どんどん出てくる予定でいますので、懲りずに最後までお付き合い頂ければ幸いです!!

もし宜しければ

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