第二十話 トカゲの尻尾切り
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シャリエール伯爵家の長女であるヘンリエッタは、女神の化身と言われるほどに美しい娘だった。彼女には三つ年が離れた妹がおり、その妹がわがまま過ぎる性格だったが故に苦労が絶えなかったという。
わがままで変わり者であっても、同じ母親から生まれた妹なのだ。慈愛の笑みを浮かべながら妹の世話をしていたヘンリエッタであっても、心が疲弊してくるのは仕方がないことだろう。わがままな妹と、それを優しく包み込む姉のヘンリエッタ。そんな二人の姉妹に母はいつでも手作りの菓子を用意してくれる。いつもは問題行動ばかり起こす妹であっても、母が作ってくれた菓子が目の前に置かれると大人しくなる。母と二人の娘は仲良く美味しいクッキーを分け合って食べていた。
「私にとってクッキーはそんな思い出の食べ物なのです!だというのに、お母様が毒入りのクッキーを用意して大神官様を殺そうとするだなんて・・そんなこと・・そんなこと・・絶対に、絶対に有り得ません!」
母が神殿の地下牢に入れられたと知ることになったヘンリエッタが夜もなかなか寝付けずにいると、心配をしたベルナール王子が密かに神殿まで駆けつけてくれたのだった。
「ああ、もちろん分かっているよ。母君は決して大神官を殺そうとなどしていない」
ベルナールはそう言って涙を流すヘンリエッタを抱きしめた。
ヘンリエッタの母はアンシェリークを殺そうとしたのであって、大神官を殺そうとしたわけでは決してない。たまたま、アンシェリークと大神官が共に居る時間帯に手製のクッキーが届けられることになり、ことが明るみに出ることになってしまっただけだ。
「ですが、周りはお母様が大神官様を殺そうとしたのだと考えておりますし、他の巫女候補の方々は、おそらく我が家は神殿から破門処分を受けることになるだろうとおっしゃいますの」
今までヘンリエッタの取り巻き状態だった四人の巫女候補たちは、母が拘束される場に居合わせたヘンリエッタの悲しみを慮って見舞いに来てくれたのだが、ヘンリエッタに代わって誰が巫女になるのかということで頭がいっぱいの状態となっていた。
「ヘンリエッタ、君にとっては辛い現実になるとは思うのだが・・」
ベルナールはそう言ってヘンリエッタのほっそりとした手を握り締めると、
「君の母上はどうやら悪魔を信仰していたようなのだよ」
と、言い出した。
「あ・・悪魔ですか?」
「君の母親は間違いなく毒物入りの食べ物を用意して、神殿に自らの手で持ち込んでいる。ヘンリエッタ、これは仕方がないことなのだよ」
神殿に仕えるエトとヘイスという二人の神官は、悪魔の信徒とされており、それが理由で彼らの生家まで神殿から破門処分を受けることとなったのだが・・
「女神が遣わした巫女を排除するために下界へと遣わされた悪魔は母君を利用して、巫女であるヘンリエッタと妹のアンシェリーク嬢に毒物を呑ませようとした。だけど、母親の愛とは偉大なものであったのだろう。女神が愛する巫女に毒物は与えてはならないと最後まで抵抗し、結果、妹の方にだけ毒物入りのクッキーが届けられることになったのだ」
「でも・・それではお母様は・・お母様は・・」
ヘンリエッタは号泣をした。号泣をしながらも、シャリエール伯爵家が破門にならない方法を王子から聞いて、一人、ほくそ笑むことになるのだが・・
◇◇◇
本当に馬鹿馬鹿しいわよね。
最近、天罰が降る、天罰が降るってまわり中がヒステリックに騒いでいるけれど、女神の次には悪魔を利用すれば良いっていう発想に陥ってしまうのね。
確かに悪辣非道な二人の神官は、私にまで色目を遣ってくるほどの変態で、平気で婦女暴行を行う悪魔神官と言っても良いでしょう。だけど、大神官様に毒を盛ろうとした伯爵夫人は正気じゃなかったんだ、本当は妹の方に毒を盛ろうとしていたんだ。悪魔が乗り移っていたんだから仕方がないでお茶を濁そうとするとは、浅はか過ぎるんじゃないのかしら?
「本日、君の母上は悪魔を信仰する信徒であったと王家から公表され、毒杯を賜ることが宣言された」
「普通、悪魔とか信仰関係は神殿が発表するものじゃございませんの?」
「残念ながら、今回は神殿の前に信者が集合していたわけじゃないからの」
大神官様は肩をすくめながら言い出した。
「母上は確かに巫女の候補となった娘を殺そうとした。だが、彼女の中の正気の部分が、女神の遣わした本物の巫女だけは何としてでも助けなくてはと考えて、ヘンリエッタ嬢にはただのクッキーを、君にだけ毒入りのクッキーが届くように手配したのだそうだ」
「はあ?」
「その毒入りのクッキーが私の前にまで届いたのはたまたまのことであり、私を殺そうと思って用意したものではないとされたのだ」
大神官様の説明を聞いていると頭が痛くなって来たわね。
王家としては毒物の出所を追求される前に話を終わらそうという魂胆ね。それにこれ以上、神殿から破門される貴族が増えれば、ようやっとここまで弱らせた神殿が再び力を付けてしまうことになってしまうもの。だからこそ、トカゲの尻尾(私のお母様)は切り捨てられることになったのだろう。
「それでも、お母様だけの処分で済むような話なのでしょうか?」
「それは、最後まで巫女だけは守ろうとした母親の愛という美談にしたからの」
「王家からの慈悲として毒杯を賜ることとなったんだよ、それ以上は追求してくれるな」
すぐさま答えてくれた大神官様とお父様を交互に見た私は、思わず眉を顰めてしまった。
「それでは我が家は、大神官様も死ななかったし、毒を用意したお母様だけが犠牲となって終わるのかしら。そのような結末だというのに、何故、お父様がここに居るのかしら?」
顔を合わせるなり、泣いて縋りついて来た父親の真意がちっとも分からない。
「お父様は天罰が降ったと仰っておりましたわよね?」
「そうなんだ!妻の足が!妻の足が根本まで腐り始めて!」
「それはもう、毒杯を賜ることが決定しているので、足が腐ろうが、手が腐ろうが、どうせ死ぬんだから良いではないですか」
「「「ひっど!」」」
なんだか周りの人間が非難の眼差しを向けてくるのだけれど、だって仕方がないじゃない?今まで育てられたこともなければ、優しく声をかけられたことすら一度としてないのよ?お菓子を姉妹に与えた優しい母親ですって?冗談じゃないわよ!私はクッキー一枚だって口に入れたことなどないのよ!
「よく分からないのですけど、何故、お父様は私に対して許してくれとおっしゃるのですか?自分たちが悪かったと謝罪するのですか?」
どれだけ謝ったところで、母の処刑は決定したのも同じこと。王家の決定を私が止めることなど出来ないのは分かりきったことだろうに。
「そ・・そ・・それは・・」
お父様は顔色を真っ赤にしたり、真っ青にしたりと繰り返した後に、叫ぶように言い出したの。
「所有するすべての鉱山から宝石が一切、採掘されなくなってしまったのだ!これは間違いなく、女神様の怒りの触れたからに違いない!」
女神リールは笏を海の中に突っ込んでぐるぐる回して27の郡島を作り出したと言われているけれど、そんな女神様が大好きなものがキラキラと輝く宝石であり、しがない伯爵家だったシャリエールが妃の有力候補を排出出来たのも、湧き出るように採掘できる宝石鉱山を持っていたからなのだけれど・・
「あれほど宝石が採れていたのに、一気に宝石が出なくなった。これは女神の天罰に違いない!ああ!女神様!我らに慈悲をお与えください!」
ついにその場で跪いたお父様は涙を流しながら女神様に祈りを捧げ出したの。あれほど家族仲、夫婦仲をアピールしていた人だったけれど、結局、死刑判決を受けた妻のことよりも、宝石鉱山の方が大事だっていうことになるじゃない。
「あっきれた」
思わず吐き出した言葉は、涙を流すお父様にまで届かない。こんなところでお祈りを捧げるくらいだったら、女神様の御神体が祀られる祭殿の間に行くか、あなた達が女神の巫女として可愛がっていたヘンリエッタお姉様のところにでも行ってくれば良いのにね。
過去編となりまして、裏切りとか、策謀とか、悪い奴とか、どんどん出てくる予定でいますので、懲りずに最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
もし宜しければ
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