第十七話 女神の天罰
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足を骨折して高熱を出している自分の妻を見下ろしたシャリエール伯爵は、
「なあ、やっぱりアンシェリークに正式に謝罪をした方が良いのではないか?」
と、自分の妻に問いかけると、
「何故?何故、アンシェリークに謝罪をしなければならないの?」
熱で真っ赤な顔を更に真っ赤にしながら妻は怒りの声をあげた。
「私が骨折をしたのは、ヘンリエッタがアンシェリークを虐めたからなんて言い出すのはもうやめて!私が骨折をしたのはたまたまよ!ヘンリエッタもアンシェリークも関係ありません!」
「それではせめて神殿に行かないか?私が抱えて行ってあげるから、女神様に赦しを乞いに行くべきだと思うのだが?」
「このような状態で夫に抱えられながら神殿になんか行ったら、どんな大罪を犯したのだろうかと皆が注目して物笑いの種になるのは目に見えたことではないですか!」
「だがな・・」
「だがな・・ではありません!耳障りなことを言わないで!そんなことを言い出すくらいなら神殿からヘンリエッタを呼んでちょうだい!巫女であるヘンリエッタがお見舞いに来てくれたらこんな骨折なんかすぐに良くなってしまうはずですもの!」
ヘンリエッタを呼んでくれと言い出す妻を見下ろしながら、シャリエール伯爵は大きなため息を吐き出した。妻が会いたいと望んだヘンリエッタだが、彼女は巫女候補として神殿にあがっているのだ。
「ああ・・何処から間違ってしまったのか・・」
山のような書類が溜まった執務室へと戻ると、伯爵は頭を抱えて項垂れた。
シャリエール家には二人の娘がおり、長女のヘンリエッタが生まれた三年後に妹のアンシェリークが生まれた。まさか妹が生まれることでヘンリエッタがあれほどの癇癪を起こすとは思いもしなかったのだ。
アンシェリークよりもヘンリエッタをかまうことが多くなるのは自然なことで、ヘンリエッタを可愛がれば可愛がるほど、その美しさは女神の化身と称されるほどのものとなっていった。
ヘンリエッタは将来の巫女となるべき令嬢なのだから、この世の誰よりも大事にしなければならないのだ。だから仕方がないのだと理由をつけているうちに、アンシェリークに対する罪悪感も薄れ、そのうちにアンシェリークの存在自体が邪魔なように感じるようになってしまったのだ。
振り返って考えてみれば、アンシェリークをこの手で抱いたのは一度きり。産まれたばかりのアンシェリークに初顔合わせをした時に抱き上げたのが最後だ。
白金の髪の毛を優しく撫でたこともなければ、優しく抱きしめたことすらない。幼い時はアンシェリークが近くに居るとヘンリエッタが大暴れをするからという理由で、乳母と一緒に別邸に移動させることを決めたのはシャリエール伯爵自身であるし、
「一人で別邸に居るなんてアンシェリークが可哀想!」
と、ヘンリエッタが言い出した時に、ようやっとアンシェリークの存在を思い出したようなくらいだ。
「ああ・・あなた、お願いだからヘンリエッタを呼んでちょうだい!お願いよ!あの娘が来ればこんな熱もすぐに下がることになるわ」
「それが出来たら良いんだが・・」
妻はヘンリエッタこそ女神リールの加護を授けられた巫女だと信じきっているようだが、シャリエール伯爵はそうは思っていない。ヘンリエッタの言う言葉を鵜呑みにして、家族と食事を共にしないアンシェリークを怒鳴りつけた時の恐ろしい体験、何かに誘導されるように自分の意思とは関係なく酒を飲み、階段を踏み外して転がり落ちたあの体験が、伯爵の中に言い知れぬ恐怖を呼び起こす。
ヘンリエッタの希望で妹を本邸に戻したというのに、ヘンリエッタが自分の妹を密かに部屋に軟禁するように指示を出し、食事を食べさせないように指示をしているという話を家令から聞いた時にはゾッとするような悪寒を感じたものだった。
女神の化身とも言われるヘンリエッタの要望に応えたいとは思うのだが、それで女神の天罰が降っては恐ろしい。そのような状態だから、使用人たちは密かにアンシェリークへの食事の提供を続けているという。
実体験したからこそ分かるのだが、アンシェリークには女神の加護とやらがついている。本人が言う通りの、巫女たる姉からのおこぼれ程度の加護なのか、それともアンシェリーク自身が巫女なのか。
そこまで考えたところで、伯爵の頭の中では、
「いやいや、あれほど美しいのだからヘンリエッタが巫女に違いない」
と、結論付けられる。万が一にもアンシェリークが女神が遣わした巫女だったなら、女神が遣わした巫女をシャリエール夫妻は冷遇し続けたことになるから。
女神リールは非常に愛情深い人であり、自分が大切にしているものを傷つけられた時の怒りたるや相当のものになるという。それこそシャリエール伯爵家の没落、まともに機能していない両親には処刑処分など、平気で行われることだろう。
そうなっては困るため、巫女は姉のヘンリエッタでなければならないのだ。アンシェリーク本人が言う通り、姉が巫女だからこそ女神の加護がカケラ程度には妹にも及んでいる。そうでないと困るのに、娘たちが神殿に上がった数日後には、妻が馬車から降りる際に転がり落ちるようにして倒れ、結果、太ももの骨をボッキリと折ってしまったのだ。
ヘンリエッタに付けた専属の侍女に確認したところ、ヘンリエッタや他の巫女候補たちによるアンシェリークへの虐めはすでに始まっているという。
「ああ・・どうぞ女神様、憐れなる我々をお許しください!」
ストクフィス伯爵家の先代夫人は孫娘の罰を代わりに受ける形となって骨折し、その骨折が原因で最後には肉が腐る苦しみを味わいながら亡くなったという。先代夫人が骨折をしたのとほぼ同じ時期に自分の妻が骨折をしているのだ。到底無関係とは思えない。
◇◇◇
エレスヘデン王家が住み暮らすアルンヘム本島は、半月の形をした大きな島である。この島の中心にあるファールスの丘に宮殿は建てられており、大陸の人々はこの宮殿を真珠の宮殿と呼んでいる。
真珠のように美しい白亜の宮殿という意味と、真珠を大陸に輸出することで大いに儲けることが出来たその金貨で建てた宮殿だからという意味があるのだが、王太子の宮で大きなため息を吐き出したベルナール王子は、側近ブラムを見上げた。
「つまりはなんだ?巫女はヘンリエッタ嬢に違いないという話だったというのに、実はその妹のアンシェリークが本物の巫女かもしれないだって?冗談じゃないぞ!お前だってヘンリエッタの妹がどれだけの醜女かその目で見ているだろう!」
「そうですか?流石に姉のヘンリエッタ様ほどではないとしても、それなりにお顔は整った方だとは思いましたが?」
ブラムは冷や汗をハンカチで拭いながら真っ青な顔で言い出した。
「巫女を決められるのは大神官様だからと言って、集められた巫女候補たちを愛妾扱いしていたのは殿下ではないですか?であるのなら、今からその愛妾の中に一人くらい混ぜても何も問題もないのでは?」
「冗談ではないぞ!あんな痩せ細った鶏がらのような女!」
執務机を手で叩きつけながらベルナール王子が立ち上がると、ブラムは揉み手をしながら言い出した。
「たまには趣向を変えるのも良いではないですか?そもそも、シャリエーフ伯爵家で冷遇されていたような娘なのです。沢山食べさせて身なりを整えればそれなりに見られるようになるかもしれませんよ」
「嫌だ!絶対に嫌だ!」
王子は自分の爪を齧りながら思案に耽ると、
「殺そう」
と、言い出したのだった。
「結局、まだ候補だろう?であるのなら、候補期間の途中で不慮の事故で死ねば大神官も選びようがないではないか?」
「そうするのであれば、大神官も不慮の事故で死んでも良いのでは?」
ブラムは幼い時からベルナールに仕える側近だ、女神の天罰など恐れることのない彼には全てを丸く収める考えがあるらしい。
過去編となりまして、裏切りとか、策謀とか、悪い奴とか、どんどん出てくる予定でいますので、懲りずに最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
もし宜しければ
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