61.古代兵器ぴーちゃん⑦
「フンフフ~フンフフフフン♪」
ルンルンさん、ルンルンさん。
ゴソゴソっと、一口かじる。
「う~ん!」
美味しいよ、このリンゴさん。
ちょっと酸っぱめだけど、それも良いスパイスだよ。
また食べきれないほどいっぱいある。食べ放題だよ。
はあ、外に出てよかったな。
今は街中を歩いてる。
時刻はお昼を過ぎた頃。
暇だったからお買い物してたんだ。
その次いでに八百屋さんに立ち寄ったら、袋から溢れそうなほどいっぱいに詰められたリンゴさんを譲ってくれたよ。
パーティで使う用に用意していたらしい。
でも中止になったから処理に困ってるんだって。
お店に出してもあんまり売れないから、常連さんのよしみでいっぱいくれたよ。
『そんなキラキラした目で見るんならどうぞ』
だって。
無償さんだよ。
これがタダなんて気前良すぎだよ。
ホントにこの街は良い人ばっかりだよ。
やっぱり気候さんとかが影響してるのかな?
ほらっ、この辺って割と穏やかだし。
近くの森には妖精さんも住んでるし。
それがみんなに影響を与えてって、どうなのかな。
──ペルペル伯爵の舞踏会から4日。
あれから特に変わったことはない。
一応まだショートクリーム卿が警備してるみたいだけど、もう大丈夫だと思うな。
そんな気がするよ。
肝心のペルペル伯爵は何も知らないみたいだし、教祖さんも流石に諦めたと思うな。
派手とは無縁の、何気ない日常にすっかり戻っちゃった。
鳥さんも飛んでて和やかだし。
この前のがホントにウソみたいだよ。
街は平和そのモノ。
いつもこうだと良いな。
メイルくん的には良くないんだろうけど。
歩いてたら事務所に戻ってきた。
そろそろおやつの時間だし、みんなでこのリンゴさん食べようかな。
入るよ、チリンチリン。
「いま戻ったよメイルくん!」
ただいまだよ!
それで突然だけど、朗報さん。
「ほらっ、これを見てほしいな。八百屋さんにいっぱい貰ったから、みんなで……って、ん?」
あれ、誰かいるよ。
メイルくんとロザリアさんの他にもう1人。
誰だろう。
お客さんかな?
お客さん用のテーブルに座ってるし。
でもうつ伏せになってて顔が見えないよ。
えっと、これは一体どういう状況なのかな。
「遅いよミチル、一体どこをぶらついてたんだ」
お客さんでいいんだ。
「今は依頼の聞き取り中。早くこっちに来て」
「ごめんだよ」
はあ、お客さん。
私が出かけてる時に限ってよく来るよね。
みんな私が出るタイミング狙ってるのかな。
あっ、別に文句があるワケじゃないよ。
ただそんな気がするよってだけで。
悪く思わないでほしいな。
それで、この人はどうしたのかな?
えっと、さっきからずっとテーブルさんに顔をうずめてるけど。
灰色っぽい白髪で、肩くらいの長さだけど、男の人でいいんだよね。
小刻みに震えてるよ。
お腹でも痛いのかな?
「見ての通り依頼主なんだけど、来てからずっとこの調子で」
入って来てからこれなんだ。
知らない人から見ると幽霊みたいで不気味だよ。
「うぅ……」
まだブルブルしてる。
これじゃラチがあかないよ。
「どうしたのかな? 震えてるだけじゃ分からないよ」
なにか悩みがあってここに来たんだよね。
せっかく来たんだよ。
なんで怯えてるのかは知らないけど勇気さん出そうよ。
「あなたのお悩み、私たちに教えてほしいな」
顔を上げてくれたよ。
「……すみません、もう大丈夫です」
うん。
「じゃあそうだね、まずは自己紹介からお願い」
「ルイス、ルイス=モーガン。32歳。ギルド職員として働いています。今は休職中ですが……」
ギルドの人なんだ。
確かにそんな恰好してるね。
恰好からして職場での地位がそこそこ高い人だよ。
名前はルイスさん。
目元には酷いくまがあって顔色も悪い。
あんまり眠れてなさそう。
全体的にやつれてるおじさんだよ。
灰色っぽい髪色も相まって、年齢の割に老けてるように見える。
「ギルドの人なんだ。そんな人がなんでまた……」
ステューシーさんもそうだけど、わざわざうちなんかに頼らなくても。
一応ライバル店的な立ち位置なんだけど。
「コホンッ、ミチル」
「あっ、なんでもないよ」
声が漏れてたのかな。
独り言だから気にしないでほしいな。
「それでルイスさん、今回僕らに頼みたいことって?」
「それが、うっ、うぅ……」
また苦しみ出したよ。
テンポさん悪いな。
雰囲気も暗いし。
「落ち着いて。ゆっくりでいいから」
メイルくんが落ち着かせてる。
ステューシーさんで慣れてるよ。
横にいるロザリアさんは……興味無さそう。
ずっと無口で紅茶を飲んでる。
相変わらずだけど、ちょっとは協力してほしいな。
「すみません」
「うん、じゃあ続きをお願い」
「なんと言えばいいのか、その……もう一人、私がもう一人いるんです」
もう一人さん?
「それって双子さんかな?」
「いえ、中にいるんです。私の中にもう一人が」
「えっ、どういうことかな? ちょっと意味が分からないよ」
詳しい詳細。
リピートアフタミーお願いするよ。
……はっ!
「まさかこの人、幽霊さんに取り憑かれて」
ヤバいよ。
もしかしたら移されるかも。
ちょっと距離を取るよ。
そんな、今回もまたそういう、
「身体の中にもう一つ人格がある。そう言うことでいいかな?」
「は、はい」
あっ、違ったよ。
「えっとつまりだよ、ルイスさんは二重人格さんってことかな?」
「はい、うぅ……」
そうなんだ。
はえ~、二重人格さん。
聞いたことはあるけど、実際にそうだって人は初めてだよ。
「二重人格、一つの肉体に二つの人格がある状態を差します。元来、人格と言うのは1人につき一つが正常とされていますが、それが何かの不具合で二つに分離、生まれることがあります」
ロザリアさん?
急にメガネをクイッってして。
また始まったよ。
「先天性と後天性、多くは後者とされていて、主に幼少期に受けたトラウマ、恐怖体験などからの精神を保護するための、逃避、精神病の一種だと言われています。昔はあまりの性格の変わりようから悪魔に憑かれている。いわゆる悪魔憑き、そう思う方も少なくなかったとか」
長くなりそう。
リンゴさん食べてようかな。
「元は主人格を守るために生まれた者がほとんどです。主人格の危機的状況、悲しみの感情に反応し表に出てくる傾向が強い。しかしほとんどの場合は主人格にその記憶はありません。当然周囲から身に覚えのない話を聞かされ困惑するそうです。また外部に対し攻撃的な人格も多く、その危険性がゆえに苦しめられることもしばしあります。悪魔憑きと言われる由縁です」
う〜ん。
サクサクしてて美味しいな。
「そして、次第にその攻撃性は主人格にも。精神的または肉体的に危害を与え浸食、やがて主人格に成り代わろうとする。一説によれば世の二重人格者の7割ほどはすで別人格に乗っ取られていて、一般の中に紛れ込み生活されているとか。記述が少ないので真相は定かではありませんが」
んっ、終わったかな。
長い説明ご苦労さんだよ。
「二重人格、安全ならいい。でもここに来るって事はそうじゃないって事だ」
そうだよメイルくん。
ロザリアさんの言ってることが本当なら、ルイスさんはリアルタイムでその別人格さんに攻撃されてるってことだよね。
「はい……突然現れた彼は、私の話を親身になって聞いてくれた。私の理解者となり、孤独な私に励ましの言葉をかけてくれた。気づくと問題を解決していたことも。まるで頼れる兄のような。私は彼に、もう一人の自分に依存していたんです」
ふむふむ。
「だが、それが良くなかった。ある日彼は、『コントロールを変えれば全てが上手く行く』そう囁き始めたんです。それからというモノ、私に攻撃を、まるで本性を表したかのように私から主導権を奪おうと」
最初から乗っ取るつもりだったのかな?
優しい言葉で安心させて。
「恐ろしさのあまり夜も眠れません。前にも増して孤立し、知らないうちに誰かを気づけ、恐れられてしまう。ついには休職を余儀なくされました。日に日に強くなっていくの感じます。彼の笑う声が。今こうしている間にも強く……」
お仕事が出来ないほど追い込まれてるのか。
可哀そうに。
「末期ですね」
うん、辛そうだよ。
「もう限界なんです。鏡を見るのが怖い。あなた方に分かります? 最近では彼の幻覚まで見えるように。外に出ると必ず彼がいて、物陰からこちら見て笑っているんです」
「えっ、それって……」
クイッ
「ドッペルゲンガー、別名シャドウ──」
「ローズ、その話はまた今度で」
ロザリアさん、メガネをまたクイッって。
真顔だけど残念そう。
「つまりキミの依頼は、今いるもう一人の人格をどうにかしたい。そういうことだね」
「はい、無理を承知なのは分かってます、ですが」
「大丈夫。僕ら探偵事務所にお任せを」
「あ、ありがとうございます、うぅ……」
メイルくんはそう言うけど。
実際問題どうするのかな?
二重人格さんの治し方なんて。
「ありがとうございます、ありがとうございます……」
う~ん、結構深刻だよ。




