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51.ある奥さんからの依頼⑨

 教祖さん。

 この人、急に何なのかな。

 見張りさんたちを外させて。


「時に、キミは幸福について考えたことはあるかな?」

「いや、特には」

 

 メイルくんはまだ子どもだよ。

 幸せがどうとかで悩む年じゃないんだよ。


「幸福になるために人は行動し、助け合い、集団を形成する。時に他者を陥れることもいとわない。物事を考える中心にある、生きる上での活力と言ってもいい」


 うん。


「ただ私が思うに幸福とは、感情起伏のほんの一部分に過ぎない」


 どういうことかな。


「悩みのない夜を迎えた時、長年の夢を叶えた時、あるいは想いが通じた時、感じるモノ、それは喜びの感情であり、充実感、達成感をただ幸福という概念に置き換えているだけだ」


 どういうことかな?


「人が定めた概念だ。神と同じように。すがる事で自我を保とうとする」


 う~ん、頭さんがグルグル。


「気に入らない者を陥れた時、その者に不運が訪れた時、キミはどんな感情を抱く? 気にすることはない。人間とはそういう生き物だ。事あるごとに他社と比べ優劣を感じるようにできている。そしてそれは、一時的に得られる快楽に過ぎない」


「そう、大きさは違えど満たされるモノは皆同じ。幸福とはただの快楽。所詮は脳から出る麻薬物質だ。常に満たされることなどありはしない」


「だと言うのに、なぜそこまで神聖視する? 素晴らしいモノだと信じて疑わない。まるで全ての人間の目指す指標であるかのような。そんなのはただ刷り込まれただけの幻想だ。存在するかも定かではないモノのために血道をあげるのは、愚かだと思わないか」


「素晴らしい人生を送る必要はない。人は求めるほど傲慢になっていき、願うが故に破滅するからだ。執拗なまでに追い求め、失うのを過度に恐れる。満たされることはないだろう。果てなき欲求と変わらない。そこに永遠などありはしないのだ」

 

 何なのかな、この人。

 勝手に盛り上がってるけど、言ってること全然分かんないよ。

 絶対ヤバい人だよ。

 アレかな、デフォルトでキメちゃってるのかな。

 

「だからって、みんなを騙して良いワケじゃない」


 メイルくん。

 

「騙す? 私の行動に何か問題があるとでも?」

「破滅しないようにって言うなら、なんでみんなに薬物を、依存させるようなことをやってるんだ。キミは信者たちに全く逆のことをやらせてる」


 たしかに。

 言ってることもやってることも全部意味不明だよ。

 

「彼らが望んだことだ。誰にも迷惑は掛からない」

「それで悲しんでいる人がいることを僕は知ってる。やってる時は良くても、後から周りは不幸になる」

「原因は彼らにある」

「利用しているのはキミだ」


 メイルくん、なんだか怒ってるみたい。

 冷静だけど声がいつもより低いよ。

 

「一つ言っておこう。そもそもあれは薬物ではない。少し味がキツいだけの、ただの清涼飲料に過ぎない。前提からして間違っているのだよ」


 いや、ウソだよ。

 私アレ飲んで思いっきり気を失ったんだけど。

 依存性もあるし、絶対ヤバいヤツだよ。


「ギルドにも指定されていない。なぜそうと決めかかる?」

「検証済みだ。アレを飲んだ人は、フラフラで呂律が回らない状態だった」


 えっ、私そんな状態だったんだ……

 

「人による。私もそうだ」

「個人差はあるみたい。でもどう見ても薬物摂取による影響だ」


 そうだよ。

 まだ公式には決まってないけど絶対薬物さんだよ。


「ふむ、仮にそうだとしても許容の範囲ではないかね。薬も飲み過ぎれば毒に変わる。何事も適量あってもモノ。アレはとある辺境に住む部族が飲んでいたモノだ。未開の土地を探索していた時に偶然発見してね」


 未開の土地で偶然だって。

 いや、何してるのかな。


「彼らが言うには、何か特別な日、宴の席で飲んだりするそうだ。常用的に飲む者もいたが異常は特に見られなかった。長期的に飲んでも悪影響はない。むしろ元気過ぎるまであったよ」


 いっぱい飲んでも大丈夫なんだ。

 はえ~。


「こう言ってみせる者までいた。『これは自分にとって魔力補給のようなモノ。これなくしては生きる意味などない。これのために日々を過ごしている』と」

「思いっきり依存してるじゃないか」

「ああ。だがそれで問題なくやれている以上、他者が口出しするのは野暮ではないか」

 

 どうなんだろう。

 難しいな。


「世の中はキミが思うほど綺麗ではない。残酷で容赦なく、そして酷く汚れている。世界で自分だけが不幸だと錯覚するほどに。すがるモノがなければ生きていくことは難しい。それを奪う権利がキミにあるのか」


 う〜ん。

 

「私はただ、制御する術を教えているだけだ。無意味な苦しみを感じる必要性はない。自らに不幸を感じ自滅することはないのだと。それともキミは、全ての者が幸せになれる権利があるとでも思っているのか」


 幸せになる権利、そんなの分からないよ。


「キミの言いたいことは分かったよ。幸せって人間が作り出したただの概念で、無理にそうなる必要はない。あれが薬物じゃないってことも」


 メイルくん、


「でも、やっぱりキミの意見には賛同できない。もし本当にそうだとしても、幸せになっちゃいけないなんて悲し過ぎる。そんな考え方で生きて何が楽しいんだ。悪人は当然裁かれるべきだ。でもできることなら自分だけじゃなくて、皆が幸せになってほしい。僕はそう思う」


 全員が真顔よりも、笑顔の方が良いよね。


「不可能だ。幸福は争いの上で成り立っている。全ては自身の幸福のため。他人の幸福など所詮はただの踏み台に過ぎない」

「何が正しい生き方かなんて僕には分からない。何のために生まれて、何するために生きるか。幸せになる意味とか権利とか。幸福論者じゃないから全く。でもこれだけは分かる。人の抱える不安や想い、願いを自分の目的のために利用する。それは悪いことだ」


 悪いこと、そうだね。


「目的は知らないよ。キミが何をやってどうになりたいとか。でも僕にはどうも、キミが適当なことを言って人を騙す詐欺師にしか見えないんだ」


 うん、私もそう思うよ。

 

「それで構わないよ。キミの出した結論だ。私は否定しない」


 あっ、詐欺師でいいんだ。


「さて、そろそろ時間だ。これから皆でキミたちの処遇を決めることになっている」

 

 尋問タイムは終わりみたい。

 乗り切ったってことでいいのかな?

 

「どうなるかは皆次第だが、それまでは大人しくしていたまえ」


 教祖さんが出て行ったよ。


 足音が遠くなっていく。


 ……チラッ、行ったかな?


「ふう~」


 緊張さん。

 メイルくんしか話してないけど、見てるこっちが疲れたな。

 

「でも流石だよメイルくん。教祖さん相手に全く遅れをとってなかったね」


 話に入る隙間が全然なかった。

 最後はなんか良い感じでまとめてたし。

 やっぱりうちのボスなだけあって口論になると、

 

「よし、チャンスだ」


 えっ?

 

「見張りのいない今しかない。ローズ」

「はい」


 あれ?

 ロザリアさんが縄を解いてた。

 そんな軽々と、いつの間に。


「どうぞ」 

「んっ、ありがとうだよ」


 そのまま私とメイルくんの縄を手際良く解放。


「目的物はもう手に入れてある。見張りが戻る前に脱出しよう」


 なるほど、それはグッドアイディアだよ。


「だね。こんな所とは早くおさらばしたいな」

 

 なんかズルい気もしなくもないけど、もうそんなことは言ってられないよ。

 早く逃げないと私たちが危ないんだし。


 バイバイ、物置部屋さん。

 ないと思うけどまた機会があったらよろしくだよ。



「誰もいない」

 

 メイルくんと一緒に外に顔を出すよ。ヒョコって。

 妖精さんいわく、近くに人はいないそう。


「静かだね」


 風さんも人の気配を感じないって。

 ロウソクの火も消えてて辺りは薄暗い。

 ちょっと不気味かも。


 続いてロザリアさんも顔を、ヒョコッ

  

「お開きでしょうか」

「いや、分からない」

 

 さっきまでのパーティな雰囲気と変わって、今は本当に廃教会いるみたいだよ。


「来た時と同じで裏口から出よう」

「了解だよ」


 移動開始だよ。


 ササッ、サッ


 そして、サッ


 何事もなくついたよ。

 ここは出口さん。

 

 最初来た裏口から、そ〜っと。


「……ん? なにかな」


 表側がやけに騒がしいような。

 光が照って眩しいし、誰かの怒号のような声が聞こえてくる。


「何かは知らないけどあっちに人が集中してる。チャンスみたいだ」

「うん」


 なんだろう、外で飲み直してるのかな。

 それも意外と悪くないかもしれないよ。


 よく分からないけど、ここは見つからないように慎重に、


 パリッ!


「あっ」


 ガラスの破片が、


──誰だ! そこにいるのは!

  

「わっ⁉」


 急に光が、まぶしいよ!

 

「しまった、見つかった」

「はわ⁉ はわわわわ⁉」

 


 まずいよ! コンタクトだよ!

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