50.ある奥さんからの依頼⑧
「どうするのかな。メイルくんまであっさり捕まっちゃってるよ」
相変わらず狭い部屋の一室。
そこに私たちは閉じ込められてる。
最近ニューでメイルくんが追加されたよ。
「ダメだ。がっちり絞められてる。僕じゃどうにも」
メイルくん。
縄で縛られた手で、同じように縛れたロザリアさんの手を解こうとしてる。
でも無理みたい。
子どもや女性の力じゃ解けないと思うな。
「ところでサンプルの方はどう?」
「ごめんだよ。まだ取れてないよ」
色々壊しちゃって、もうそれどころじゃなくて。
「確保済みです」
えっ、ロザリアさん。
今なんて言ったのかな?
「念のために数本ほど」
「そっか」
ええっ⁉
「いつの間に⁉ 初耳だよ!」
「お静かに」
「……あっ、ごめんだよ」
今の見張りさんに聞かれたかな。
チラッ
……大丈夫みたい。
「なんで教えてくれなかったのかな」
ヒソヒソさん。
「話に出なかったので」
そんな、結構重要なことだよそれ。
「あの状況でよく持ち出せたよね。盗賊さんもビックリの所業だよ」
紅茶は微妙だけどそういうとこは器用だよね、ロザリアさんって。
「いえ、そのようなことは」
謙遜しないでほしいな。
「なら後はここを出るだけだ。問題は見張りの2人をどうするかだけど──」
「むっ、風さんに反応。誰かがこっちに来るよ」
足音がどんどん大きくなっていく。
来た、ドアの真ん前で止まった。
ドアが開いて、そこから光が差し込む。
「──やはり仲間がいたのか」
全身を覆う真っ黒なローブにドクロの仮面。
黒魔術師みたいな恰好。
「私はここの、進行役のようなモノだ。皆からは身に染める者と呼ばれている」
全然自己紹介になってないよそれ。
「どうだろうか、キミたちのことも教えてくれると嬉しいのだが」
誰も教えないよ。
私もメイルくんも、ロザリアさんも。
「まあいい。キミたちにいくつか聞きたいことがある。見たところ子どもにその保護者のようだ。返答次第では帰してあげても構わない」
ひえ~、尋問タイム開始だよ。
「なぜキミたちはここにいる? まだ夜遊びするには早い」
「別に、僕だって夜遊びくらいするさ」
「ほう?」
「3人で遊んでて気づいたらここにいたんだ。僕も不思議だよ」
メイルくん、あんまり刺激しない方が……
「他にお友だちは?」
「さあ? いるかもしれないし、いないかもしれない」
「連れの2人が貯蔵庫にいたようだが、一体何をしていた」
「廃教会でかくれんぼ。中々雰囲気があっておススメだよ」
無理があると思うな。
ある意味間違ってはないけども。
「なぜ私をつけていた?」
「その仮面が気になったんだ。なんで着けてるんだろうって」
あっ、それ私も地味に気になってたよ。
自称幸せを求めない人ってどんな顔してるんだろうって。
「何を隠そう僕はキミのファンなんだ。もしスペアとかあれば譲って欲しいんだけど」
煽らないでほしいな。
「吐かせる手段はいくらでもある。それをしないのはキミが子どもだからではなく、私の趣味ではないからだ。度胸があるのは良い事だが、そういった状況にある事をキミは自覚した方がいい」
そうだよメイルくん。
世の中には怖い大人がいっぱいいるんだよ。
「もし今後似たようなことが起きた場合、キミのその態度では後ろの2人にも危害がおよぶかもしれない。身の振り方を考えるべきだ」
なんか諭すみたいな言い方だよ。
「私はこう思っている。キミたちは何者かの手引きでここに探りを入れに来た。それはここに内通者、あるいは裏切り者がいる可能性を差している」
最近身内を疑ってる?
「スパイがいると皆が不安になるのでね、早めに炙りだしておきたい。協力してくれるのなら今後、我々に関わらないことを条件に帰してあげよう」
むっ
「簡単なことだ、深く考える必要はない。ただここを教えた者を答えるだけ。それだけでいい。それだけで日常に戻ることができる。キミたちは何も見ていない。今日起きたこと、そして聞いたこと。何も知らないのだ」
なるほどだよ。
裏切者を答えれば逃がしてくれるんだって。
「少し考える時間をあげよう」
う~ん……
私たちに教団を教えた人って、奥さんってことでいいんだよね。
あっ、でもこの場合は旦那さんが要人になるのかな?
なら別に裏切者とかじゃないし。
ほとんど私たちの独断だから答えようがないんじゃないかな。
身内にスパイがいるんじゃないかって疑ってるんだろうけど、この人勘違いしてるよ。
みんなの信仰心を疑わないでほしいな。
「その前に、僕も聞きたいことがある」
んっ、メイルくん。
「なんだね?」
「さっきキミは自分の集会で『幸せにならなくてもいい』って、そう言ったよね」
「ああ。覚えがある」
「幸せを求めない。そうすれば小さな幸せに気づくことができる。そう言う考え方もあるんだろうけど、それって結局は幸せを求めてるってことならないかな」
ん? どういうことかな?
「人それぞれだと思うんだ。幸せって誰かが定めたり導いたりするモノじゃない。あくまで自分がどう感じるかの問題で。もちろん生きていくためには大事な感性だと思う。それを必要ないと勝手に決めつけて、でも本心ではちゃんと望んでる。僕にはどうも無理してるように見えるんだ」
幸せを願わないことで幸せになれる。
それって結局は幸せになろうと願ってる?
あっ、でも願っちゃうとダメだから幸せにはなれなくて……
う~ん、頭の中がグルグルするよ。
あれ? しあわせってなんだっけ?
美味しいモノだったことは確かだけど……
「つまりキミは、私が彼らにホラを吹き込んでいる。そう言いたいのかね?」
「いいや、ただちょっと極端だなって思っただけさ」
う〜ん、やっぱり宗教さんって難しいな。
「少し席を外してくれないだろうか。彼と話しがしたい」
教祖さんのお願い。
見張りさんたちがどこかに行ったよ。
「さて」
何なのかな。




