17.新米冒険者からの依頼⑦
「どうして冒険者に? やっぱり冒険が好きだから?」
「またいきなりだね、メイルくん」
冒険が好き。
良くある理由だよ。
特にブロードさんなんて、私の何てことない話をキラキラした目で聞くんだから、さぞかしそうなんだろうね。
「そうだな。ワタシはガキの頃、周りの大人からそういう話を聞いて育ったし、そういう本もたくさん見てきた。いつしか自分もって、そう思ったのがきっかけだな」
ありきりたりかな。
「知ってるか? フンチョビの冒険記って本。まあ幼児向けの絵本なんだが」
「フンチョビの、冒険記?」
なにかな?
聞いたことない名前の本だけど。
「あっ、知ってる。初めてドラゴンを発見した人の話だよね。僕も子どもの頃に全巻読んだよ」
「おっ、結構マイナーだが知ってるのか、流石メイル」
「うん、意外と話が凝ってて面白いよね。子ども向けとは思えないくらい」
はえ〜、メイルくんは知ってるのか。
実話かな? それともフィクション?
だってドラゴンだなんて、幻中の幻で……
「色々諸説あるんだけど、最後は結局ドラゴンに……ああ、なるほど。だからブロードは槍にこだわってるのか」
「いや、それとはまた違う理由だ。まあ色々あってな、偶々ってヤツだ」
ん? どういうことかな?
私を置いて行かないでほしいな。
「そう、いつかワタシもあのフンチョビのように、ドラゴンをこの目で見たみたい」
本の真似ごと? 追体験?
「そんでもって一戦交えてみたい。それがワタシの夢だ」
ドラゴンと戦う?
……いや、
「なにを言ってるのかな。夢って、そんなの絶対……」
あっ
まただ。
ブロードさんの瞳、またキラキラしてる。
その輝いた目で、どこか遠くを見つめてる。
その先にはきっと……
この人、本気なんだ。
本気でドラゴンと会って、戦う気でいる。
無理だなんてこれっぽちも思ってない。
「ふん、たいそうな夢だね。でもちょっと楽観的過ぎなんじゃないかな? もしそれでドラゴンにやられて、命を落としてしまったらどうするのかな」
何の功績にもならない。
誰にも認められない、何も残らない。
バカ以外の何モノでもないよ。
「もしドラゴンに会えたとしてもたぶん……ううん、絶対後悔すると思う」
私はそんな最後はごめんだよ。
だから、
「たしかにお前の言うことはもっともだ。ワタシ自身、今はこんなことを抜かしているが、実際になってみるまで分からん」
「そこまで分かってるんなら」
「そうだな」
えっ……
「例えそうなっても、それで命を落とすことになっても、ワタシに悔いはない。自分で決めたんだ。どんな最後になろうと、それがワタシだって、胸を張っていたい」
なにかな、この人……
「まっ、単にカッコつけてるだけだ。このザマじゃどこかの迷宮で野垂れ死ぬが関の山だ」
「そんなことない。信念ってさ、貫き通することは簡単じゃない。すごく難しいことだと思うよ。少なくとも僕は笑ったりしない」
信念、貫き通す力……
「うん、ブロードはカッコいい。僕はそう思う」
「よせ。別に褒めてほしいワケじゃない。ワタシとしたことが柄でもなかったな」
私には、そんなのない。
あれ、どうしたんだろう。
この気持ち。
私、なんでブロードさんに……
「……で」
ギロッ
「ワタシは話したぞ。どれ、次はお前の話を聞かせてもらおうじゃないか」
へっ? 今なんて?
「ワタシだけ不公平だ。次はお前の番だぞ、ミチル=アフレンコ」
えぇ、なんか圧すごいよ……
「なんでお前は冒険者になったんだ? 何か夢とかはないのか?」
「いや、その……」
「誰か気になるヤツはいないのか? んん、そこんところどうなんだ? 詳しく聞かせてもらおうじゃないか」
ち、近いよブロードさん。
そんな、いきなり……
「ちょっと、ミチルが困ってる」
「いいだろ。別に減るもんでもないし。で、どうなんだ? ん? ん?」
そんなこと、森の中で言われてもだよ。
「うぅ……えっと、えっと……」
そんなふうに見ないでほしいな。
頭がグルグルするよ。
ジィ~
うぅ、助けてミホちゃん……
「──待て2人とも。この感じ、何か見られているぞ」
えっ?
見てるのはブロードさんの方じゃ、
「ミチル、なんだか空が……」
あれ? ホントだ。
いつの間にか夜みたいに真っ暗になってる。
まだ夕方にもなってなかったのに。
それに、なんだか寒い。
おかしいよ、まだそんな季節でもないのに。
「数が多い、囲まれたな」
ブロードさん、さっきから何を言ってるのかな。
だって今まで風さんが見張ってくれてて……
まさか気付かれないように?
いや、でもこの森にそんな魔物はいな──
「来るぞ」
ボワンッ
黒い……
ううん、闇に覆われた紫の炎。
ボワボワッ、ボワンッ
ロウソクの火が一つずつ、私たちを取り囲むように。
「コイツら……狼か」
「黒い狼だ。しかも今、何もないところから出てきた」
「ああ、だがなんだこの禍々しさは。身体から黒いオーラのようなモノが。これも魔物なのか!?」
「結構凶悪そうだけど……ミチル、これって……」
ま、まさか、
「ヘル、ハウンド……」
揺れる炎、あの黒い体色、濃い赤目は絶対そう。
「……ヤバそうだな」
地獄の番犬って呼ばれる魔物。
集団戦術が得意で、群れで行動している。
だけど厄介なことに単体でも結構強い。
「個体差はあるけど、最低でもCランク以上」
今までに遭遇したパーティのほとんどが全滅してる。
あまり魔物に詳しくない私でも知ってるくらいだもん。
ヤバいなんてレベルじゃないよ。
遭遇することって自体が、もう……
「コイツら全員、並の冒険者と同等か」
「でもおかしいよ、だってこの魔物は極度の高地やダンジョンの最下層とかにいるはずだよ。なのに……」
もっと高レベルな、それこそ一流冒険者が行くような場所。
こんなところで遭遇していい魔物じゃない。
それがなんで地上にいるのかな。
よりにもよって、私たちの目の前に……
「考えてる暇はなさそうだ。今にも襲ってきそうだぞ」
「ミチル、どうしたらいい?」
「どうするって、そんなこと言われても……」
どうしよう。
見た感じ、10匹以上……
ううん、たぶん奥にもっといる。
「おい、戦うのか逃げるのか、ハッキリしろ」
私じゃどう頑張っても2、3匹が限界。
2人抱えて逃げるのも無理。
かと言って、私じゃ2人を逃がす時間稼ぎにもならない。
こんなの、どうしようも……
「おい、どうするんだ!」
「っ……戦えない人は黙っててほしいな!」
いま考えてるよ!
「ミチル、そんな言い方は」
「もうっ、2人ともうるさいな!」
えっと、いま戦えるのは私だけ。
とりあえず私が2人の逃げる時間を少しでも稼ぐのが懸命で……
あっ、でもメイルくんだって一応腰に剣をひっ下げてる。
剣術は学んでるらしいから、少しは……
ブロードさんだって魔術師ならサブの短剣くらい持ってるはず。
あっ、でもこの人のことだからだぶん……
そもそもそんなの持ってたところで、今さらどうにもならない。
3人で戦えばとかそんな次元じゃないよ。
どうしたら、
えっと、えっと……
っ……だから言ったんだよ。
こんなことになるんなら、あの時メイルくんを止めておけば──
「──お別れだな」
キュイイイン!
わっ!? なにかな!?
この光はなんなのかな⁉
隣がまぶしいよ!
シュウウウ……
えっ、ブロードさん?
なにか今一瞬、すごい光ってたけど。
ガラスが砕けたような大きな音がしたけど、一体なにを、
「っ⁉ ブロード! キミの魔晶石が!」
えっ? もしかしてそれ、ひび割れしてる?
形も違う。
さっきまでデコボコだったのに、なんだか丸くなってる。
いつの間にか、杖にハマって……
「わっ!?」
なにかな!?
杖に手をかざしてなにしてるのかな⁉
これは魔力!?
杖から青い光が溢れ出てる!?
煙……いや、熱だ。
手が、杖が、まるで熱を帯びてるみたい。
すごい力強い魔力。
その膨大な魔力全てを、先端に集中させてる。
剣を研ぐように鋭く、丁寧に伸ばしてる。
ジュウウウ……
刃ができてる。
ブロードさんの魔力が圧縮された魔法の刃。
それが細長い杖の先端に、まるで槍。
月みたいに綺麗な、青く透き通った……
「す、すごい。ブロード、これがキミの……」
「フェチョナルだ」
えっ?
「ワタシの名前だ。フェチョナル、ブロード=フェチョナル。二度は言わないぞ」
──ここからのことはあまり覚えてない。
色々あってパニックだったし、見てるだけでやっとだった。
隣にいるメイルくんもそうだったと思う。
でも、たった一つだけ。
この時の私は……
ううん、私とメイルくんは、
「お前たちはここで見ていろ。あとはワタシが」
ブロードさんの背中が、
「……行くぞ!」
大きく見えた。