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3.

 新しい年になってすぐに入寮の手続き案内が届き、お手伝いさんと一緒に最低限の物を纏めていく。入寮二日前には制服が届き、着替えて両親の前へ現れたら泣かれた。


「しばらく会えないのか…」

「寂しくなるわね…」

「ちゃんと長期休みは帰ってくるし、手紙も書くから!」


 そんな会話を出発当日にもう一度繰り返して、皆に見送られながら馬車で王都へ向かった。

 到着してお手伝いさんと一緒に割り当てられた部屋に荷物を運べば、頑張ってくださいと二通の手紙を渡し彼女は屋敷に戻っていった。


(さて、これからは一人でやっていかないと…)


 出来ることはやってきたつもりだ。それが学校で上手く活かせればいいのだけど。

 入寮は入学式の一週間前から受け付けている。私は少しでも早く新しい環境に慣れたくて初日に来たから、ほとんど誰もいない寮棟は静かだ。上級生も新学期前の休暇で各々自宅へ帰ってるし。


(片付けはゆっくりやれば良いし、手紙読もうかな)


 持ったままの封筒は見慣れた淡いブルーと、これまた見慣れた筆跡で私の名前が書かれている白いもの。前者はメルディ、後者は父だ。

 優先順位は父の方だろうけど、それを放ってメルディの手紙を開ける。ごめんねお父さん。


(向こうはもう始まるのね)


 隣国の入学式は明日らしい。四つあるクラスの一番上にはなったが、どうやら試験の結果は一位ではなかったらしい。友人曰く入学時の座席は成績順とのこと。事前に配られた座席表を確認したら自分より前に二人いたので、来年は絶対に一位をとってやると文字だけでも意気込みが凄い。

 交流会は手紙の時点での再来年だったようで、来年、私達が二学年の年にあるようだ。お互い頑張ろうとも書かれていた。


(うん、頑張る…頑張らないと…)


 荷解きが終わり次第返事は書こう。今後はこちらに手紙が届くようにしてもらうべきか。一応住所は書いておいて彼に選んでもらえばいいか。

 メルディの手紙をそっと脇に移動させ、次に父からの手紙を手にする。慌てていたのか、便箋を折り直した痕跡がある。


(何か緊急事態かしら)


 家を出る時に渡されたわけだからそれは無いはず。それならば時間はいっぱいあっただろうに。

 たった一枚、たった一文の中身は母の字だった。何故。


 "隣国より縁談のお話をもらったの"


「は?」


 何故入寮前に直接言わないんだとか、なんで隣国なんだとか、色々言いたいことはあったけど。

 一音だけしか発せなかった私、別におかしくないはず。



 ◆◇◆



「随分早く来たのね」

「新しい環境に慣れておきたかったので」


 向かいの席で優雅にカップを傾ける上級生、ラヴェンダ・ブラワの質問に嘘偽り無く返せば、まぁ確かにと頷いてくれる。部屋の片付けが一通り終わった翌日に両親への手紙をと机に向かったタイミングでやってきた訪問者だ。

 ラヴェンダ姉さんは例の隣の領主の娘さん。両親が学校でよろしくと向こうの両親に話していたらしい。それを聞いたラヴェンダ姉さんが早めに戻ってきたら既に私が入寮していたから驚いていた。


「いつも通り砕けた口調でいいのに」

「学校ですのでその辺りはしっかりしておこうかと」

「真面目で良い子ね」


 そう言って微笑んだラヴェンダ姉さん、尊い。眩しい。

 私が仲良くするようになる数年前に彼女は婚約者が決まり、学校を卒業と同時に嫁ぐそう。海に面している隣国モンレスではなく、反対側の隣国フレイヴァに。


「ラヴェンダ姉さ…先輩と一年しか一緒に生活が出来ないのは残念です」

「あら、嬉しい。ピスコが兄さんと結婚してくれれば良かったのに。義理でも妹になってほしかったわ」


 本当に残念そうにしてくれる彼女に胸がグッときた。アカン、ときめきが止まらない。

 ブラワ家の跡取りであるユーリ兄さんは、半年前の結婚式後領地経営に携わり始めたそうだ。勿論招待されていたので参列したが、白のタキシードがよく似合っていた。


「ユーリ兄さんはとても素敵ですが、私ではギフトが残念なので釣り合いません」

「ギフト重視の結婚なんて今時古いわよ。そんなの王族だけでやればいいのに」


 今度はプリプリし始めたラヴェンダ姉さんは、私の出したビスケットを摘むとヒョイと口に放り込んで肘をつく。見た目も動作も綺麗なのにたまに行儀悪くなるギャップ、大変よろしいです。


「そうなっていれば、私ももっとスムーズに婚約出来たんでしょうね…」

「でも、隣国から打診がきたのでしょう?モンレス?フレイヴァ?」

「はい。ただ、まだ詳細が全く分からないので、どっちの国かもどんな男性なのかも…」


 それを聞く為にも早く返事は返したいのだが、美女とお茶する方が大事だ。どうせ今回も駄目になるからがっついたところで、なんて思ってはいない。決して。


「フレイヴァなら私と同じだから、ピスコが卒業してからも頻繁にお茶出来るのに」

「私は跡継ぎですので婿に来てもらうことになりますけど。ラヴェンダ姉さんは何故フレイヴァの方と?」

「母方の祖父が向こうの人で。兄さんが遊びに行きたいって駄々こねた時があってね。従兄弟の友人よ」


 ラヴェンダ姉さんのお母さんには姉がいて、その息子の友人だそうだ。兄と一緒に行った時に遊びに来ていた彼が一目惚れしたと。分かる。ラヴェンダ姉さん本当に綺麗だからね。


「恋愛結婚じゃないですか」

「そうでもないわよ。私のギフトが向こうの仕事に使えるからってお祖父さんが言ってきたのが最初よ」

「仕事に?」

「婚約者の家は国からお願いされて土地の整備しているらしいの。元々領内の道を綺麗にしてたところにベルトラムから来ていた商会の馬車が通って感動したって。それが広まって王様の耳にも届いたって感じらしいわ」

「なるほど。その整備にラヴェンダ姉さんのギフトが丁度良いと」

「私の固めるギフトがね」


 婚約者のギフトは土を均すものだそうだ。均すだけでもだいぶ違うけど、それをラヴェンダ姉さんが固めれば。

 例えば災害があっても道が荒れることはなくなって、被害を受けた領への援助等はしやすくなるだろう。倒木とかはどうしようもないけど、それでもだいぶ違う。


「固めるのは永続的に?」

「えぇ。だから昔は暴走させてグラスの水を固めてしまって。お気に入りだったのに…とても残念だったわ」


 その当時を思い出しているのかラヴェンダ姉さんが小さく溜息をこぼした。

 固めること自体は別に他にも手段があるだろうけど、彼女の場合は一瞬でそれが出来るわけだ。しかも劣化することなく永続的に。

 そりゃ向こうの家が婚約者にと望むわけだ。


「本当にギフトって…。私のなんて…」

「私はピスコのギフト、素敵だと思うわよ?ケイティ領の孤児院、他領から申請が来ているのでしょう?」

「はい。でも、そもそもそこまで大きい建物でもないので…」


 最初に建てた孤児院はリフォームされて綺麗になったが、教会の敷地はそこまで広くないので増築は出来なかった。以前よりケイティ領は豊かになったので孤児になってしまう子達も減り、それによって孤児院に空きができたものの、他領の孤児全員を受け入れるのは不可能だ。


「ブラワ領は定期的に支援をしてくれているので…まぁ、そもそも人数も少ないので受け入れても数人ですが」

「本当は自分達で解決しなければいけない問題を押し付けているのだから支援して当然よ。ケイティ領主が穏和な人だからって図々しいのよ。タダで受け入れろなんて」


 ケイティ領は私の前世の知識と両親のギフトのおかげで、国の中でもだいぶ栄えている。ここ数年は孤児院を出た子達が勉強の成果を遺憾無く発揮して貢献してくれていた。

 二年前に領を出て、城下町のちょっと良いお店で働き始めた子だっている。裏方で経理を任されていると手紙が届いていたらしい。毎日が楽しいと。

 領の発展を知った国から是非話を聞きたいとお手紙がきたけど、丁重にお断りしたと母が言っていた。自分の知識はともかく、それを実現させることができる両親のギフトあっての話だから他が真似するのは難しいし。一番の理由はこれ以上有名になることで私のポンコツギフトが多くの人に知られるのを回避したいからだろう。本当に申し訳ない。


「お菓子って民からしたらちょっとした贅沢品になってしまうから。それをお勉強したご褒美にって定期的に貰えるなら皆頑張るわよね。それが結果的に未来の彼等の人生を豊かにしている。ピスコのギフトは役立たずなんじゃないわ」


 そう言ってビスケットを手に取り微笑んだラヴェンダ様に、嬉しくてちょっぴり泣きそうになったのは内緒だ。



 ◇◆◇



 入学式前日。

 あの日ラヴェンダ姉さんに交流会の話をしてみると、確かにその話は生徒の間で噂になっているらしい。自身が卒業した後の話だからそこまで詳細を把握していないことを謝られたが、寧ろその会話の中で一つ上の学年に第二王子がいることが分かったので感謝しかない。


(第二王子の側近候補が二人いるとも言っていたから、三人は交流会メンバー確定よね)


 ヒロインはいるのだろうか。ラヴェンダ姉さんが選ばれるであろう生徒を予想してくれた中に珍しいギフト持ちがいるという話は出なかったけど。


(ラヴェンダ姉さんと同じ学年なら卒業後の話になるから、交流会に関しては問題ないけど…)


 私と同じで今年入学なのが一番マズイ。交流会は勿論、ラノベ展開に巻き込まれる可能性もあるわけで。第二王子は勿論、これから双子王子も入学が控えてるからね。

 常に完璧を目指すということは、彼女と同じクラスになる確率も高いと思うし。


(やっぱりこのギフトがポンコツなのが悪い…)


 これさえなければ別に完璧を目指す必要はないのだ。ポケットを睨みつけて深く息を吐く。


(いや、ギフトがなんであろうとメルディに恥ずかしい姿は見せたくない)


 選ばれろって脅されてるし。

 未だに彼のギフトの話は聞かされていない。手紙には相変わらず学んだこと、行った場所の感想が短く書かれているだけ。

 向こうは既に学校が始まっているから、これからは学校生活の話が増えるのだろうか。


(メルディと同じ学校だったら、もっと楽しかっただろうなぁ)


 同じ学校、同じクラスだったら。一緒に勉強して、一緒にご飯食べて。

 あぁでも。


(ちゃんとした家に引き取られたわけだし、もう婚約者がいるかもしれない)


 交流会の最後にはそれぞれの婚約者を伴ってのパーティーがあるらしいとラヴェンダ姉さんが言っていた。選ばれることしか考えていないメルディにも勿論相手が必要になってくるわけで。

 今までの手紙にはそんな話書かれてなかったけど、別に態々私に言う必要ないと考えてるのかもしれないし。


(いいなぁ、メルディの婚約者になる人)


 母からの手紙には詳細を教えろと返してあるから、次に来る手紙で分かるだろう。

 自分のギフトを知っているうえでの打診なら受けるべきなんだと思う。ただビスケットを出すだけの私にこれから先婚約者が出来る確率はかなり低いから。


(考えるのは後回し…って昔の自分を殴りたい)


 蓋をしていただけでずっとメルディのことは好きだったんだ。ちゃんと向き合って、両親に頼んで彼が引き取られた家に打診でもなんでもすれば良かった。

 今更なんだけどさ。


(交流会までの一年ちょっとで相手見つかるかなぁ)


 在校生、新入生の中でまだ婚約者がいない生徒は多くない。私のように残念なギフトの持ち主だったり、ギフトの優秀さを上回るくらい人間性が駄目な奴だったり、跡継ぎでもないからとそこまでギフトにも結婚に拘ってない人だったり。


(狙うなら拘りのない人よね)


 別に相手のギフトはどうでもいい。領の仕事は私がメインでやるわけだし。今がベストな状態で、それをこの先ずっと維持出来るように協力さえしてくれれば。

 もし結婚出来なかった時を考えて、養子のことも考えなければ。孤児院で優秀な子がいれば引き取ってもいいかもしれない。


「メルディ」


 じくじくする胸をギュッと掴む。名前を呟いただけでこれだ。後悔しかない。


(でも、情けない姿は見せられない)


 入学祝いだと両親から渡されたバレッタを視界に入れて、明日からの決意を固める。

 王子がいようが関係ない。

 目指すは学年首席。そして婚活の成功だ。






「僕達からって言ってしまって良かったのかな?」

「本人の希望ですもの。それにしても…ふふっ、あの子があんなに愛されてるなんて、母として嬉しいわ」

「まぁ、それで上手くいくならいいんだが…」

「嘘は言っていなかったのでしょう?それなら、ピスコが幸せになる未来は確定ね」



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