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フレデリックは、翌日も最低限の言葉しかクレアに掛けなかった。だが、クレアはそれを苦にするふうでもなく、淡々と世話をしてくれた。フレデリックから見てもクレアはやつれて生気が無かったが、それでも一生懸命に世話をしてくれた。
フレデリックがクレアを他のお世話係と違うと感じたのは、食事の時だった。フレデリックの呪いの一つに、自分自身の顔が焼けて真っ黒になっていることがある。焼けただれているのでは無く、焦げて炭化しているように見えるのだ。それなのにどうして死なないのか。それが呪いだからだ。死なせてもらえないと言ってもいいのかもしれない。そんな顔を人に見られるのは苦痛だった。呪いを受けた状況を考えれば治療を受けることは許されないような気がして、ずっと拒否してきた。ただ、痛みだけはなんとかしたくて、鎮痛剤を処方してもらい、痛み止めの効果を持つハーブを取り入れていた。
フレデリックの気持ちが分かったのか。クレアは食事の時にお茶を淹れるために席を外したように見せて、離れてくれた。いくつもあるハーブティーの中から、ラベンダーを選んで淹れてくれた。もしかしたら、頼めば身の回りの世話をしてくれるのかもしれない、と期待を持つようになったのは三日目だった。
「何か必要なことはありませんか?」
クレアの柔らかい声に、思わずフレデリックはこう言ってしまったのだ。
「外が見たい。」
クレアはそっと近づくと、失礼します、といってケットをまくった。クレアとフレデリックの目が合った。クレアは微笑むと、背中に手を入れても痛くはありませんか、と聞いてくれた。大丈夫だ、というと、背中にそっとクレアの細い腕が差し込まれ、上半身を起こされた。
「痛いところはありませんか?」
「問題ない。」
「では、窓を開けますね。」
平屋の家だ。腰高の窓を開けば、庭が見える。庭は庭師のジルが丁寧に手入れしているので、季節の花が咲いている。この時期はノースポールやマーガレット、シクラメンが庭を飾っている。
「今日も晴れていい天気ですね。」
「冬はこんなものだろう?」
「・・・そうですね。」
フレデリックにとって、久しぶりの庭だ。花を見る気はなかったのだが、やはり目に入る。花を見ると、季節の移ろいを感じさせられて、自分はいつまでこうしているのだとふとフレデリックはため息をついた。
「寒かったでしょうか?何か掛けるものをお持ちしますね。」
クレアの声を聞くだけで、どうしてこんなに癒やされるんだろう。それに背中に差し入れられた手は、とても温かかった。クレアが膝と肩に掛けるように、二枚小さめの毛布を持ってきてくれた。膝と肩にそれぞれ掛けてくれると、ほわっとした温かさに包まれる。
「お茶、お淹れしますね。」
「紅茶にできるか?」
「あ、はい。」
クレアは水場に行くと、紅茶の缶を取り出した。先ほどクロリスからもらったレモンピールがあるのを思いだし、茶葉にまぜて淹れた。レモンのいい香りが乗る。
「お待たせしました。」
クレアはマグカップを傍に置いた。やけどのせいか、フレデリックはものをこぼしながらでないと食べることができない。気づいたのは二日目の朝だ。前の日のスープをこぼした跡があったのを見つけたクレアは、黙ってそれを片付けた。フレデリックもそれに気づいたようだが、やはりそんな風にしか飲食できない自分が歯がゆいのだろう、ありがとうとも何とも言わなかった。今も、マグカップを使うのは、普通のティーカップでは飲みにくいからだ。スープがマグカップに入っていたのも、同じ理由だとクレアは気づいている。
こぼしながらでなければ飲めないフレデリックだが、今日はそれを取り繕う気はないらしい。動かしにくい手を動かしてマグカップを掴むと、こぼしながらも少しずつ飲む。
「いい香りがする。レモンか?アールグレイはなかったはずだが・・・。」
「先ほどクロリスさんに、レモンピールの砂糖漬けをいただいたんです。それを一緒に淹れてみました。淹れ直しましょうか?」
「いや、さっぱりするし、いい香りだ。頭もスッキリするような気がする。」
「そうでしたか。お口に合ったようでよろしゅうございました。」
クレアは話しながら迷った。口元を拭いて差し上げたいが、お許しは出るだろうか?
「あの、団長?口元をお拭きしても・・・?」
「ああ、拭いてくれるか?ただ、こすると痛いんだ。そっと押し付けるように拭ってくれると助かる。」
「承知いたしました。」
クレアは、アンジェラからガーゼの生地を少しもらってあった。昨夜、そのガーゼをハンカチサイズに切って、周囲を縫っておいた。肌に優しいガーゼなら、より痛みを与えないはずだと思い、クレアはそのガーゼをそっと口元に押し当てた。
「痛くはございませんか?」
「ああ、ありがとう。」
何だろう。フレデリックは痛みが和らぎ、心が少しだけ晴れたように感じた。呪いを受けたあの日から一度もなかったことだ。クレアはそれ以降、黙って傍で控えている。余計なことはしない、言わない。必要な時に、必要なだけの手助けをしてくれる。こんな世話係は初めてだ。確か20歳くらいだと聞いている。結婚せずに45歳になってしまった自分にもし娘がいたとしたら、こんなふうに看病してくれただろうか。いや、娘なら貴族令嬢だ、この顔を見て悲鳴を上げ、逃げたに違いない。
「どうして俺に優しくしてくれるんだい?」
フレデリックの問いかけに、クレアが目を丸くした。
「先日お話しした通りですわ。私には行き場がないんです。ここを追い出されないように、必死なだけですよ。」
クレアは笑って言ったつもりだ。だが、その笑いに寂しさや悲しみが多分に含まれていることに、フレデリックは気づいている。
「君は、どうしてそんなに自分を責める?」
クレアがはっと息を呑み、俯いた。
しまった、傷付けてしまっただろうか?
「私の軽い一言が、人の心をどうしようもないほど傷付ける原因となってしまったんです。私がもっと頑張っていれば、その人は心を狂わせることもなかったはず。川に落ちた時、このまま死ねばお詫びになるかと思ったのですが、神様はそれを許してくださらなかった。だから、いつ死んでもいいように、できるだけ周りの方が嫌な思いをしないようにしようと心がけているんです。」
「何があったんだ?」
クレアは、どうせ家令のデニスには話したのだからと腹をくくり、自分が余計な情報を与えたせいで妹が恋人に違法な惚れ薬を飲ませて心を歪めたこと、解毒薬がないために開発しようとしたが間に合わなかったこと、薬効の出る前に恋人がクレアのことを忘れたくないと泣いて叫んだことを話した。涙がポトポトと白いエプロンに染みを作った。
「・・・そうか。だが、君がその薬が違法な所でなら売られていると言わなかったとしても、家族は自分たちでその情報にたどり着き、きっと何らかの形で君から恋人を奪おうとしたのではないか?」
「可能性はあります。でも、私の存在を記憶からすっかり消されてしまったんです。解毒薬さえ作れれば。」
「解毒薬?君が作るのか?」
「はい。私は騎士団に勤める魔法薬師でした。」
「そうか。薬を作れると知って、紹介所の職員は君を推薦したのか?」
「いいえ、私が魔法薬師であったことは、デニスさんにしか伝えておりません。デニスさんにも、もう作らないとお話ししてあります。」
「どうして?」
「私が作ってきた薬というものが、一歩間違えば恐ろしいものになるということを突き付けられたようで、魔法薬を作ることが怖くなったんです。」
「もったいない。」
「え?」
クレアはフレデリックの言葉に、思わず聞き返してしまった。
「もったいないって思ったんだ。騎士団の医務部に務められるほどの力があるんだろう?いいことに使って、帳消しにはできないのか?」
「まだ、心が追いつかないんです。でも、私の力がお役に立つのなら頑張れると思います・・・。」
「また作りたくなったら作ればいい。素材を買う金は、俺が出してやる。」
「そんな・・・。」
「いいんだ。俺も今はこんな形だが、これでもこのロターニャの騎士団長だ。部下の役に立つ人材を見つけるのは、大事な役割だと思っている。それにな、もし俺に娘がいたら、きっと君くらいの年齢だろう。そう思ったら、君のことを支援したくなった。この体で言えることではないか。」
「団長・・・。」
フレデリックの顔が、いつになく優しい気がする。
「少し寒くなってきたな。窓を閉めてもらえるか?」
「はい、お待ちください。」
クレアは窓を閉めた。冬の空気はグラシアールより暖かいとは言え、やはり冷たい。クレアはフレデリックの背と頭にそっと手を回すと、ベッドの上に横たえた。
「ありがとう。少し眠るよ。君も休憩するといい。」
「は、はい。ありがとうございます。」
離れようとしたクレアの手に、フレデリックの手が触れた。
「君は今、何を望む?」
「団長が、治療を受けてくださることを望みます。」
フレデリックは瞠目した。まさか、そんな答えが返ってくると思っていなかったのだ。
「分かった。クロリスに手配してくれと伝えてくれるか。」
「はい!」
クレアがいつもより跳ねるように部屋を出て行った。うれしそうだったな、とフレデリックは思う。フレデリックは気づいていなかった・・・自分の顔も、僅かだが、本当に極僅かだが、微笑んでいたということに。
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