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ただ幸せに、なりたかった2(オスカーハピエンバージョン)  作者: 香田紗季


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8/26

読みに来てくださってありがとうございます。

今回も微変更です。

よろしくお願いいたします。

 この地の公爵フェルディナントは、職業斡旋所からの緊急連絡を受けて頭を悩ませていた。


「騎士団長の世話人を確保」


 それはフェルディナントが心待ちにしていた報告だった。だが、その後の文言に期待値が下がる。


「身元保証無し。グラシアールから流されてきた模様。帰国を頑なに拒否しており、生きることに執着がない。但し、平民だがそれなりの教養あり。魔法反応あり、薬師の経験がある可能性もあり、と。随分と訳ありのお嬢さんですな。」


 家令のデニスが、フェルディナントから手渡されたメモを見て感想を述べた。


「断りましょうか?」 

「だが、自分がお世話する間は他にやけどを負う者が出ない、だからやると。薬師の経験があるかもしれないような娘が、なぜやけどを負いたがる?」

「それを口実に、団長の妻に収まろうという魂胆かもしれません。」

「お前の判断で間違ったことはない。お前に任せる。」

「かしこまりました。面接次第で、そのままお帰りいただきます。」


 デニスは頭を下げて執務室を後にした。フェルディナントは椅子に深く沈み込むと、あの戦いのことを思い出す。ひどい戦いだった。呪いを受けて苦しんでいる騎士団長フレデリックを何とかしてやりたい。誰もが尊敬し、誰もが好きになり、誰もがその腕を一流と認め、誰よりも周囲を気遣えるフレデリックが、理不尽とも思えるような呪いの中で死んでいこうとしている。せめて最後は、恨みを残さないで逝けるようにしてやりたい。だからこそ、今日やってくる女に対して、フェルディナントは期待できなかった。


・・・・・・・・・・・


 パットに連れられて領主の館にやって来たクレアは、その館の大きさからここの領主が相当な力を持った人だと見当を付けた。心配するパットを見送ってから、クレアは門番に取り次ぎを頼んだ。


「お待たせした。家令のデニスだ。」

「クレアと申します。職業斡旋所にてご紹介いただいた者です。」

「では、こちらへ。」

「はい。」


 デニスはクレアを門番のところで待たせながら、様子を窺っていた。門番と話し込むような娘もいたが、クレアは余計な話を一切しない。やや前屈みになって視線を落とし、その姿勢をずっと保っている。


 あれは確か、グラシアールで平民が貴族を待つ時にする姿勢だ。


 デニスは、その立ち姿の美しさに好感を持った。貴族に日常的に接したことがあり、その指示を待てる娘だと判断した。クレアと面接をするために家令の執務室に向かったが、クレアは廊下で足音を立てず、適切な距離を保って付いてくる。廊下の鏡や天井に仕込まれた隠し鏡を見たが、常に背筋を伸ばした前傾姿勢で、視線を斜め前にして歩いている。


 執務室に着いたデニスは、クレアをしっかりと見た。ソファへの腰掛け方に問題はない。目に生気はあまりない。体はひどくやつれている。だが、何とも言えない暖かいものがにじみ出ている。


「あなたは身元保証がないということだが、説明できるか?」


 クレアは一瞬ためらうような表情をしたが、観念したように全てを話した。


 騎士団医務部で魔法薬師として働いていたこと。

 給料は全て家族を養うために使われ、家事も一人でこなしていたこと。

 暴力や暴言は日常茶飯事だったこと。

 騎士と恋仲になったこと。

 そして、妹に婚約寸前だった恋人を奪われたこと。

 恋人を手に入れた妹と、妹を可愛がる両親に家を身一つで追い出されたこと。

 町で恋人と妹が歩く姿を見て動揺し、川に落ちたこと。

 ロターニャの海岸に流れついて、パットとアンジェラに助けられたこと。

 だから、実家から追い出され、許可も得ずに一方的に騎士団に辞表を置いて来た自分には、身元を証明してくれる人がいないのだということ。


 「私は、家族から虐げられていたことも悲しかったのですが、一番悲しいのは、妹が薬に手を出し、恋人の心を狂わせてまで手に入れようとしたことなのです。人の心を何とも思わない妹と、私を忘れたくないと涙を流して抵抗しようとした彼の姿を思い出すと、私は耐えられませんでした。死んでしまった方がいいと思っていました。それなのに、生きてこの地に着きました。アンジェラさんに言われたんです。きっと生きて何かすべきことがあるんだろうって。死ぬことへの抵抗もない、どこにも居場所のない私だからこそ、誰もしないお仕事をするべきだろうと思っています。」


 思いのほか重い話に、デニスはどのように判断すべきか迷った。


「魔法薬師と言ったが、団長を薬で治療してもらえるのだろうか?」

「私は魔法薬師を辞めています。この国での許可証もありませんし、魔法薬の悪い面を見てしまった今は、まだ・・・。」

「それがなければ人が死ぬという場面であっても?」

「そんなことにはさせません!助けられる力があるのに助けないなんて、そんなこと許せない・・・そう、許せないんです、彼を助けられなかった私自身を。」


 グラシアールに人をやって調べる必要はあるが、場合によっては逮捕されかねないような重い話をしたのだ。それに、嘘を言っている兆候が何一つなかった。


「まあ、やってみないと分からない仕事だから、まずはやってみるといい。無理だと思ったら、ここに来て私に一言辞めたいと言えばいい。」 

「承知いたしました。」

「では、別館に行こう。」


 シロと言い切れないが、余計なことを考えてはいないと判断したデニスは、別館行きの馬車を用意させた。


「あの、馬車ですか?」

「事情があって、別館は最低限の人で回し、人家から遠いところに作ってある。今日は馬車を出すが、次からは自分で歩いてもらう。しっかり道をおぼえてくれ。」

「承知いたしました。」


 クレアはじっと窓の外を見ている。指示されたことにきちんと従う姿勢は好ましい。馬車の中で、デニスは炎の騎士と呼ばれている人物がこの国の騎士団長であること、そしてフレデリックという名前であること、重度のやけどを負っているので驚かないでほしいことを伝えた。クレアは頷いた。


 別館は、馬車で10分ほどの所にあった。歩けば20分はかかるが、速歩の馬なら急いで掛けつけられる距離だ。先ほどの説明の中で、あの邸が公爵邸だと知ったクレアからすると、別館は随分小さなものに見えた。


「最低限でやっているから、常にお世話する人がほしかったんだ。分かってもらえただろうか?」

「はい。中を見てみなければ分かりませんが、無駄がない感じがします。」


 無駄がない。そういう評価をするのか、とデニスは興味を持った。とはいえ、自分の仕事は本館でしか行えない。公爵の仕事を補助するのだから、客人のお世話をすることができない。この娘がうまくやってくれれば、王家の覚えもよりめでたくなる。


「クロリス、全員を集めてくれ。」


 別館に入ったデニスは、出迎えに来たメイド長のクロリスに指示した。クロリスは奥に戻ると、男性三人、女性一人を連れてきた。


「こちらはクレア、今日から団長のお世話係をしてもらう。」

「クレアと申します。よろしくお願いいたします。」


 丁寧なお辞儀に、全員の目が釘付けになる。


「貴族のお嬢様みたいだね。」


 クロリスが笑って言った。


「私がクロリス。メイド長と言っても、このメンバーの中で代表っていうくらいのものだ。隣がジュードとチャーリー。二人とも執事となっているけど、従僕と執事の兼務だね。それからメイドのシャルロットと庭師のジルだ。」

「では、私は本邸に戻る。クロリス、クレアを部屋に案内してやってくれ。後のことは頼んだ。」

「承知いたしました。じゃ、クレア、こちらにおいで。」


 クレアはクロリスについて行こうとしたが、何かに躓いて転んでしまった。誰かが足を出して転ばせたのだ。


 え?どうして?


 呆然とするクレアに、シャルロット、ジュード、チャーリーがクスクスと笑っている。


「お前たち、何やっているんだい!」

「何もしていませんよ?一人で転んでいるから、どんくさい奴だと思っただけです。」


 チャーリーの言葉に、クレアはぞっとした。またここでも実家と同じようなことが起きるのだろうか。クレアは黙って立ち上がると、失礼しました、とだけ言ってクロリスの斜め後ろに付いた。


「クレア、あんた・・・。」

「いいんです。慣れていますから。」


 クロリスは黙ってクレアを部屋に案内した。


「シャルロットは、仕事はできるが結婚相手を探しにこの邸に来たような子だ。ジュードとチャーリーは、情けないことだがシャルロットに夢中でね。クレアが自分より若いから気に入らないのかもしれない。でも、何かあったらすぐに言うんだよ。」

「大丈夫です、私、団長様のお部屋にずっといるようにするつもりなので。」

「でも、そんなことしたら・・・。」

「私は死ぬことが怖くありません。むしろ、死ぬためにここに来たんです。だから、どうか気にしないでください。そうだ、団長様のお世話って何をすればいいのでしょうか?着替えますので、すぐに教えてください。」


 お仕着せに着替えたクレアは、クロリスについて部屋の位置を教えてもらった。そして、団長のお世話とは、団長の傍で、要求されたことをすることだと言われた。


「具体的には?」


 メモをしながら聞くクレアに、クロリスは言った。


「水がほしいとか、体をおこしてほしいとか、まあいろいろだよ。」

「分かりました。」

「あんた、本当に真面目だねえ。」

「それしか取り柄がありませんから。」


 寂しそうに笑ったクレアに、クロリスは痛ましいものを見た時のような顔をした。


「じゃ、団長のところに行こうか。」


 連れてこられたのは、別館の更に別棟と言ってもよい位置に立てられた平屋建ての家だった。


「団長、入ります。クロリスです。」


 返事はないが、クロリスはその鋼鉄の扉を開けた。


「耐火扉なんだよ。」


 そこまでしないといけないのか。それほどフレデリックの魔力は強いのか。クレアは気を引き締めた。


「団長、新しいお世話係が来ましたよ。」

「世話係など必要ない!」


 低い声と共に、熱い風が吹き抜けた。加減はされたらしい。


「そうおっしゃっても、公爵様もご心配なさっていますよ。」

「俺はもう長くないし、これ以上犠牲者を出したくない。」

「あの、クレアと申します。」


 ベッドの中から、そっと顔が出てきた。50歳くらいだろうか。真っ黒に焼け焦げてひどいやけどを負っている。それなのに治療されていない。


「どうして治療をお受けにならないのですか!」

「お前、俺が怖くないのか?」 

「怖い?何がです?」

「もういい。疲れた。眠らせてくれ。」

「かしこまりました、クレア、行くよ。」


 だがクレアは動かなかった。


「クレア?」

「私はお世話係です。部屋の中で、ご用を言いつけられるのを待ちます。」

「クレア・・・分かった。頼んだよ。」


 クロリスはそっとクレアの両手を包むようにした。


「ご機嫌を損ねないように。いいね?」

「はい。」


 クロリスが出て行くと、クレアはベッドから少し離れた所にある椅子に座った。部屋の中にはベッドとサイドテーブルと、椅子が二つだけ。サイドテーブルには薬がある。クレアは薬を見た。どうやら痛み止めのようだ。


 どうして治療を受けないのかしら?


 クレアはじっと座って待ち続けた。空がオレンジ色になっても、フレデリックはベッドに隠れたままだ。だが、ぐう、というお腹のなる音が聞こえた。クレアはそっと近づくと、お食事の用意をしてもよろしいでしょうか、と小さな声で尋ねた。ややあって、頼む、という小さな声が聞こえた。クレアはキッチンに向かった。クロリスとシャルロットが食事の準備をしている。この少人数なので、料理もこの二人がしているようだ。


「団長が、お食事をご希望です。」

「へえ、珍しいね。食べたいって仰ったのかい?」

「はい。」 

「分かった。すぐにワゴンを用意するよ。」


 クロリスはワゴンに、具材を軟らかく煮たスープがカップに一杯と、パン一切れと、お湯の入ったポットを置いた。


「ハーブティーがお部屋の水場の近くにあるから、それを食後に淹れて差し上げて。」

「承知しました。」


 シャルロットが睨み付けているようだが、こちらも仕事中だ。ワゴンを運んでフレデリックの元に戻った。


「団長、お食事をお持ちしました。ベッドに運べばよろしいのでしょうか?」

「サイドテーブルの上に置いてくれ。」

「かしこまりました。」


 サイドテーブルの上に、スープとパンを並べる。ワゴンごと水場に移動し、ハーブティーを探す。ラベンダーと書かれたボトルが目に入った。


 皮膚の痛みに効くラベンダーを飲むと言うことは、やはり痛みを感じていらっしゃるのね。


 ラベンダーをゆっくり蒸らして煮出し、ラベンダーティーを作る。ちら、とベッドの方を見ると、姿を隠すようにしてカップを傾けている。やはり人に見られたくないのだろう。あの顔を最初にさらしたのは、追い返すためだったに違いない。パンには手を付けていないようだが、カップを置くともぞもぞとベッドに戻ったのが見えた。クレアはワゴンにラベンダーティーを載せてベッドサイドに戻った。


「ラベンダーティーをお持ちしました。」

「・・・。」


 お茶をサイドテーブルに置くと、後ろ向きになってゆっくりとカップとパンの皿を片付ける。手が伸びてきて、お茶を飲み終わるとカップが置かれた。


「片付けて参りますね。」


 クレアがキッチンに戻ると、クロリスが心配そうに待っていた。


「どうだった?」

「パンは召し上がりませんでした。スープはほとんど召し上がったようです。ラベンダーティーも」

「クレア、どうしてラベンダーを選んだの?」

「痛み止めの効果がありますので。」

「・・・そう。知っていたのかい?」

「はい。ハーブのことは、多少。」


 本当は多少なんかじゃない。だが、その過去は封印したのだ。


「助かったよ。もう上がるだろう?」

「いいえ、まだ失礼すると申し上げておりませんので。」

「そう。食事はここにあるから、後でお食べ。」

「はい、ありがとうございます。」


 クレアは再びフレデリックの部屋に戻った。


「団長、戻りました。ご用がありましたら、いつでもお声をおかけください。」

「帰れ。」

「それはできません。」

「家族が心配するだろう?」

「家族には家を追い出されました。ここを出たら、行く所がありません。」


 アンジェラとパットの家があるが、いつまでも頼るわけにはいかない。クレアはフレデリックに言った。


「ここを追い出されたら、私、死ぬのを待つだけなんです。ですから、もう少しだけ、ここに置いてくださいませんか?」

「・・・勝手にしろ。だが、俺の機嫌を損ねるようなことはするな。俺の意志とは関係なく、炎に巻かれて死ぬことになる。」

「それならそれで、私は構いません。」

「・・・そうか。」


 それ以上フレデリックが何か言うことはなかった。あれだけのやけどだから、体を拭うこともできない。21時頃になって、フレデリックが「部屋に帰れ。」と言った。


「若い女が、夜、男の部屋にいるのは良くない。」

「はい、ご配慮ありがとうございます。明日の朝、参ります。お休みなさいませ。」

「・・・」


 クレアはキッチンに立ち寄った。だが、もう食事は片付けられていた。固くなったパンが一つ、無造作に置かれていた。クレアはため息をつくと、パンをエプロンのポケットに入れて自室に戻った。そして、自室の中が荒らされているのを見つけて片付けた。どうせ数枚の着替えしかない。金目の物がなくてよかったと思った。パンをかじると、半分残して紙に包み、バッグの中に隠した。夜着に着替えると、ベッドに入ろうとして・・・ベッドが濡れているのに気づいた。クレアは床の上にケットを敷くと、その中にくるまって眠った。ここ数日ベッドで足を伸ばして寝ていたが、この状態はいつものことだ。実家で同じように寝ていたのだから、辛くも何ともない。クレアはそのまま眠った。夢も見なかった。

読んでくださってありがとうございました。

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