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3日後、スカーレットは友人を通じて紹介してもらった違法薬物の密売人のところに行った。
「惚れ薬があるって聞いたんだけど。」
「あるよ。どんなのがいい?」
「どんなのがあるの?」
「時間限定のやつが一番安い。とりあえず既成事実を作りたいだけの時によく出る。」
「だめ。もっと強いのがほしいわ。二度と他の女のことなんか見えなくなるようなの、ないの?」
「持っているだけで死刑になるような代物だが、一番愛している者のことだけを忘れて、目が覚めた時に最初に見た者を一番に愛している者だと錯覚させる奴がある。だがお嬢さん、あんたに払えるか?」
「いくら?」
「100万。」
「はあ?バッカじゃないの!そんなお金払ってもし効果がなかったらどうすんのよ!」
「なら、前金と成功報酬という形にするか?前金50万、成功報酬50万。どうだ?」
100万は無理だ。だが50万なら家の中のものを売れば何とかなるだろう。それに、オスカーが手に入れば50万なんてすぐに出してくれるに違いない。
「分かった。お金を用意するから、確保しておいて。」
「いつ来る?」
「明日。約束するわ。」
「いいだろう。待っている。」
スカーレットは急いで家に帰ると、両親にこのことを話した。急いでドレスを古着屋に持ち込み、アクセサリーも半分ほど売った。執着していたはずなのにと母は驚いたが、スカーレットはにやっと笑って言った。
「オスカー様にもっといいのを買ってもらうから。」
50万を何とか工面したスカーレットは、翌日意気揚々と密売人の元に向かった。
「約束の50万よ。」
密売人は3度金額を確かめると、スカーレットに薬を渡した。きれいなピンク色をした液体が、ガラス瓶の中に収められている。
「いいか、持っているだけで死刑だ。見つかる前に早く使うんだな。」
「ええ、そうするわ。ありがとう。」
密売人は浮かれたスカーレットを見送ると、その場を離れた。本来なら20万で売っていたものだ。値切ることなく50万で買った馬鹿な女。騎士団に通報されるのも面倒なので、密売人はその日の内に街から姿を消した。
翌朝、スカーレットは上機嫌であった。早く起きたスカーレットを訝しみ、クレアは何かあったのかと尋ねた。
「例の薬が手に入ったのよ。」
「違法なものだという認識はあるのね?人に使うべきではないわ。」
「何よ、いい子ちゃんぶって。だからお姉ちゃんって大嫌い。」
「薬が手に入ったのなら、ペンダントを返して。」
「効果がちゃんと出たのを確認したらね。」
「待って、薬が手に入るまでっていう約束だったでしょう!」
「うるさい!」
パーンと乾いた音がした。頬に痛みが走る。
「何回でもやってあげるわよ?」
そう言ってスカーレットはクレアの頬を打ち続けた。顔を隠そうとしたが、母がクレアを羽交い締めにして、クレアは顔を隠すことができなかった。こんな顔では出勤できない。クレアは自室に引き籠もった。しばらくすると、家の扉をノックする音が聞こえた。来客らしい。クレアはぼーっとしたまま机に突っ伏していた。
「クレア!いるんだろう!」
オスカーの声にはっとしたクレアは、よろよろと立ち上がり、這うようにして応接にたどり着いた。
「オスカー様!」
オスカーはクレアの顔を見て全てを察したのだろう。クレアを腕に囲い込むと、スカーレットたちを鬼の形相で睨み付けた。
「お前たち、クレアになんてことを!」
「あら、私たちがやったっていう証拠、あるの?」
「お前の手、随分腫れているな?」
スカーレットはしれっと両手を隠す。
「ふん、こっちだって痛かったのよ。誰のせいで私の手が赤くなったと思っているのよ!」
「呆れた。このまま騎士団に突き出せるな。」
「まあまあ、オスカー様もお茶でも飲んで落ち着いてくださいな。」
母がスカーレットに目配せをした。クレアは何度もぶたれたせいか、軽い脳しんとうでも起こしていたのだろう、考える力を失っていた。惚れ薬を手に入れたスカーレット。そしてスカーレットはオスカーのファンだった。そのオスカーに、スカーレットがお茶を出す。普段のクレアだったらその段階で母とスカーレットの企みに気づけただろう。だが、その日のクレアにはできなかった。そもそも本気で他人に使うような犯罪者とまでは思っていなかったといった方がいいかもしれない。
「どうぞ。」
大声を出して喉が渇いていたのだろう、オスカーは出されたお茶を一気に飲み干した。その横にいた私は、いつもはしない甘ったるいジャムのような匂いにはっとした。この家にジャムはない。媚薬によく使われる匂いにあまりに似ている。オスカーは一口に飲んでしまった。そして、うっと呻いた。顔が真っ赤になっている。
「どうしたの?」
「媚薬のようなものを盛られたようだ。」
オスカーは狼狽しているた。クレアははっとしてスカーレットを見た。
「スカーレット、あなたまさか・・・。」
「ええ、私の愛して止まない人・・・オスカー様に、お姉ちゃんのことを忘れた上で私のことを好きになってもらえるお薬を飲んでいただいたの。」
「なんてことを!どうすればいい!」
「普通の解毒薬ならあるわ!」
クレアは常に持ち歩いているポーチから解毒薬を取り出した。スカーレットが妨害しようとしたが、オスカーがなんとか飲みきった。
「だめだ、全く効いてこない。」
「惚れ薬は違法薬で解毒薬がないの・・・惚れ薬用の解毒薬を作ろうと思って手を尽くしている所だったの・・・。」
スカーレットと母がこちらを見てうれしそうにしている。クレアはごめんなさい、ごめんなさいと繰り返すしかなかった。クレアはオスカーに、反応の鈍い頭を必死に働かせて伝えた。スカーレットたちに脅されて惚れ薬を売っている場所を聞かれた。違法なところにならあるんじゃないと言ったこと。本当に手に入れるとは思っていなかったこと。本当に他人に飲ませるとは思っていなかったこと。それでも不安で解毒薬の開発に着手していたこと。
そして妹の言葉通りならば、次に目が覚めた時にはクレアのことを記憶から消去してしまうことを・・・。
「俺が、クレアを忘れるのか?」
オスカーはクレアを抱きしめながら、苦しげに尋ねた。
「本当に、一生思い出せないのか?」
「妹の話通りなら、おそらく幻覚キノコを使っている。特定の感情を持つ者を忘れる記憶操作の効果があるの。だから、私の存在はあなたの記憶から永遠に消える・・・。」
「嫌だ!俺はクレアを忘れたくなんてない!」
「ごめんなさい、私がもっと早く解毒薬を作れていればよかったのに・・・ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・。」
オスカーがクレアを抱く力が弱くなってきた。睡眠薬の効果が出始めたようだ。
「嫌だ、眠りたくない、眠らない!」
オスカーが必死で自らを傷付けて眠るまいとする。血が手に広がっていく。
「面白いわね、こんなふうに抵抗するのね。」
「でも、目が覚めたら私のことしか見えなくなるのよ?不思議ね、魔法薬って。」
他人事のようにしている二人が憎い。だが、ふらふらする頭で反撃することができない。クレアは必死に手を伸ばして、常に持ち歩いていた傷薬をオスカーに塗る。クレアにできたのは、それだけだった。
「クレ、ア・・・。」
「オスカー様。」
「嫌だ、ずっと一緒に・・・。」
その言葉を最後に、オスカーは深い眠りに入った。父親たちがオスカーをスカーレットの部屋に運んでいった。クレアは応接間に取り残された。泣くことさえできなかった。違法なところにならあるんじゃないと軽い気持ちで言ったのは自分なのだ。そして、解毒薬を完成させられなかったのも自分だ。
いつの間にか、夕方になっていたようだ。スカーレットの部屋から、まあ、目が覚めたのね、という甲高い声が聞こえた。
終わった。終わってしまった。
しばらくすると、家族とオスカーがクレアのいる応接にやって来た。オスカーの手は、スカーレットの腰に回されている。
「あら、まだここにいたの?」
スカーレットはゴミでも見るような目でクレアを見た。
「誰だい、スカーレット?」
聞きたくなかった。クレアの存在をこの世から抹消した、クレアを愛してくれた人の声が聞こえた。
「オスカー様が気にするような子じゃないわ。ちょっと用事があってここにいただけ。
「そうか。でも随分泣いていたようだね?」
「オスカー様、他の女のことを心配するのは、婚約者としていけないことですわ。」
「そうだね。ごめん。」
ふふふ、とオスカーとスカーレットが微笑み合っている。私は二人を直視できずにいた。
「早く出て行きなさい。もうあなたは用済みなの。」
「お願い、私のものを返して!」
「何のことかしら?知らないわ。」
「ひどい、どうしてこんなことを?」
「お前は生まれた時から、誰からも可愛いと言われなかった。私にもあの人にも似ていないから浮気を疑われた。私を苦しめたのはお前の方なんだよ。分かったらとっとと出てお行き!」
母に蹴り飛ばされた。クレアは母に言われた言葉をよく飲み込めなかった。自分の姿が両親に似ていなかった、それだけでクレアは虐げられていたということなのか。
「聞こえなかったのか?お前は俺の子かどうか今でも疑問に思っている。俺の家族は三人だけなんだ。出て行け!」
父まで手を上げた。見かねたオスカーが、それ以上手を上げたら暴行罪で逮捕されることになると説明すると、暴力は止まった。
「お嬢さん。あなたがどういう立場の人か分からないが、この家にいても暴力を振るわれるだけだ。信用できる人のところに逃げた方がいい。」
オスカーの言葉が突き刺さる。信用できる人は、あなただったのに・・・。
「そういうわけで、お姉ちゃん。お姉ちゃんは出て行って。オスカー様は私がちゃ~んともらっておくから、心配しなくていいわよ。」
クレアはよろよろと立ち上がった。三人の顔を順番に見る。そして最後にオスカーの顔を見た。
「さようなら。」
クレアは19年間を過ごした家から追い出された。もう太陽も沈んで、空には月が輝き始めている。行く場所のないクレアは、騎士団に向かってとぼとぼと夜道を歩き始めた。そして、一度だけ家だった場所を振り返ってつぶやいた。
「私は、ただ幸せになりたかっただけなのに。どうしてこんなことになってしまったの。」
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