24
読みに来てくださってありがとうございます。
今日でおしまいです。
次の25(最終話)は19時に投稿します。
よろしくお願いいたします。
「オスカー様」
クレアの呼ぶ声がする。ついに幻聴まで聞こえるようになったのだろうか。
「オスカー様、どこにいるの?」
クレアの優しい声が、遠くに聞こえる。
「クレア……。」
かすかに声が出た。そういえば、もうどのくらい食べていないだろうか。水は、壁のとある場所にしみ出しているところがあり、それをすすっていた。
「声がしました! 近くにいるはずです。」
ドアの隙間と思われる部分から、オレンジ色の光がうっすらと見える。
「オスカー様、いたら、声を聞かせて!」
「クレア……。」
かすれてはいるが、全力で出した声に、足音が止まる。
「ここです。ここから聞こえました。オスカー様? そこにいるのね?」
「ああ。」
鍵を開けようとしてるのか、ガチャガチャという音がする。待ってください、というクレアの声が聞こえた。
「今から開けます。オスカー様は目を閉じていて。明かりがまぶしすぎて目を潰す可能性があるの。目、閉じましたね? 開けますよ?」
クレアの指示にオスカーは目を閉じる。足音が近づいた。暗闇で見えないが、レモンの香りと共に誰かの手が探るように触れ・・・そしてオスカーに抱きついた。
「オスカー様!」
「クレア……目が覚めたのか。」
「はい。」
だがオスカーの命は風前の灯火だ。「氷狼の騎士」を恐れたリナルドが、ルシファーが青龍にかけたのと同じ魔術、相手の命を吸い上げる魔術を掛けたのだ。フレデリックと戦わせるつもりのロターニャ王が知ったら怒り狂っただろうが、リナルドにとっては徐々に苦しめながら殺すことが復讐のつもりだったようだ。
「いろいろごめんなさい。」
「いいんだ。クレアが無事でいてくれて……」
オスカーは重い腕を何とか持ち上げて、クレアを抱きしめた。
「逃げます。目の保護のために、布を巻きますね。」
目の周りを幾重にも布が巻かれたのが分かる。
「オスカー様、クロリスさんとジルさんもいます。立てますか? 立てなければ、ジルさんが運んでくれます。」
「頼めるだろうか?」
ジルがオスカーを担ぎ上げた。
「行きますよ。声を出さないでくださいね。」
静かに移動が始まる。空気が変わったのを感じる。すえた匂いがなくなって、酸素が身体に入っていくのが分かる。それと同時に、王城内で剣と剣のぶつかる音や怒号が聞こえるのに気づいた。
「馬車に、早く!」
クロリスの声が緊張を孕んでいる。ジルがオスカーを抱えて馬車に飛び込む。クロリスがクレアを押し込み、自分も飛び込んで扉を閉め、鍵を掛ける。王を捕らえるため、王太子たちと立ち上がったフレデリックが心配だが、オスカーさえ確保できれば、フレデリックは王城を焼いてもいいと意気込んでいた。使用人たちが巻き添えになるのは嫌だとクレアが言うと、善処すると言ってトーンダウンしていた。
「出して!」
馬車は途中までゆったりと進んだが、ある場所を境に猛然と走り出した。丸一日走らせると、一度馬車を降り、宿に入った。ジルたちに手伝ってもらいながら、クレアは一瞬ためらった後、オスカーの服を脱がせた。医師がやって来て傷や怪我、病気がないか確認した。目だけは巻かれたままだった。
「なんらかの魔術がかけれられていますが、ロターニャの医療では何もできません。クレアさん、できますか?」
「はい、少し時間はかかると思いますが、何とかなると思います。」
「では、皮膚を清潔にして、傷薬と痛み止めは置いていきますので。」
医師が帰った後、クレアはジルと二人でオスカーを浴室に連れて行き、きれいに洗った。汚物にまみれた身体からは悪臭がしていたが、クレアは嫌がる素振りもなく、きれいに身を拭ってくれた。傷に沁みたらごめんなさいと言いながら、石鹸を泡立ててきれいに汚れを落としてくれた。目の布を付けたまま髪を洗われた。一度目の周りの布を外され、絶対に目を開けてはいけませんと言われながら顔を洗われた。すぐに目に布が巻かれ、タオルで拭かれ、傷薬を塗られ、清潔な服を着せられた。そして痛み止めと薄いスープを飲めと言われた。だが、どうしてもうまくいかない。次の瞬間、唇に温かく柔らかいものが触れ、温かいスープが流し込まれた。
「クレア……。」
「もう一口だけ。飲みたくないかもしれないけれども、頑張って。」
再び唇にクレアの唇が触れ、スープが流し込まれる。
「もう、一口。」
オスカーの声に、もう一度唇が重なった。スープの味などしない。ただ、クレアの唇の柔らかさだけが記憶された。
「ベッドで休んでいただきたいのだけど、追っ手がかかるはずだと団長が言っていたの。このまま公爵領まで逃げます。あと半日だけ我慢してください。」
オスカーはジルに再び抱え上げられて今まで乗ってきた馬車とは違う馬車に乗ると、頭が柔らかいものにのせられた。おそらくクレアの膝だろう。
「このまま寝てください。大丈夫、もう離れないから。」
クレアの声がする。もっと聞いていたい。オスカーは手を伸ばし、クレアの手を探した。クレアはすぐに手を掴んでくれた。その手を自分の頬に寄せ、深呼吸する。ふわっとレモンの香りがする。ああ、クレアの薬の香りだ・・・オスカーは一気に眠りに落ちていった。
・・・・・・・・・・
オスカーが目覚めた時、部屋にはクロリスとジル、それにフレデリックがいた。目を真っ赤にしている。
(見えている?)
オスカーははっとして、追跡の魔術や抵抗できないようにする魔術、それに命を吸い上げる魔術を埋められた場所に触れた。痛みも、魔術を埋められた時にできた傷もない。
「いくらクレアでも、こんな、全くの元通りになるなんて。それにあの魔術師は、命を吸い上げる魔術は絶対に解けないと言っていたのに。」
「クレアの薬のおかげだ。」
フレデリックが真っ赤な目でオスカーの枕元に近づいた。
「オスカー、君は馬車の中でクレアの薬を飲んだ。それが何なのか、君なら分かるんじゃないのか?」
呪いや魔術を完全に解くことができる魔法薬は一つしかない。
「まさか、『魔女の秘薬』?」
「そのとおりだよ。」
『魔女の秘薬』は、魔女の間でのみその作り方が伝えられているものだ。魔女に気に入られていたクレアは、その製法とレシピを口伝で受け継いでいたらしい。全ての呪いと魔術に対応するだけの魔法を組み込むため、魔力量がなければ作れないし、その術式は精緻を極めるため、余程の集中力と技術力を持つ魔法薬師でなければ作れない。飲んだ患者にも膨大な魔力量を要求するこの薬は、その副作用で患者を死なせないために、体内で魔法を展開させるための魔力を術者、つまり魔法薬の制作者から供給する術式も組み込んでいる。つまり、呪いが重ければ重いほど、掛けられた魔術が強ければ強いほど、そして程度がひどければひどいほど、魔法薬の制作者の魔力を奪い続けることになる。製作者の魔力が枯渇すれば、制作者は生命維持のため強制的に昏睡状態に入ることになる。
「クレアは元々、俺に飲ませるために『魔女の秘薬』を作った。俺は不死鳥の呪いを受けていたから、その呪いを解いて俺を王都に帰し、自分はこの街で静かに暮らすつもりだったようだ。だがクレアは不死鳥と話をして俺の呪いを解いた。結果的にこの薬は使われずに残っていた訳だ。オスカーを診断した医師は、お前の体にとてつもない魔術が掛けられていることには気づけたがそれを解く手段を持たなかった。それで、クレアが『魔女の秘薬』を飲ませたんだ・・・自分の魔力と体力を全てお前に捧げることで贖罪になるだろうか、とクレアは言っていたよ。」
「では、クレアは……。」
「また昏睡状態に戻ってしまったよ。」
オスカーを癒やす為に魔力を供給し続けたクレアは、眠り続けている。オスカーの身体の中の極僅かな傷さえ、クレアの魔力が治してくれたのだ。
オスカーはふらふらと立ち上がった。立ちくらみがして、フレデリックに支えられる。
「クレアの所へ行きたいのですが。」
「いいだろう。」
クレアは意外なことに、隣のベッドに寝かされていた。
「クレアが、もうオスカーと離れたくないって。恋人に戻れなかったとしても使用人でもいいから傍に置いてほしい、それまで少しだけ眠らせてくださいって……。」
「クレア……。」
オスカーを救い出し、口移しでスープを飲ませ、そしてクレア自身の犠牲を必要とする薬でオスカーの消えかけた命を救ってくれたクレア。クレアはそもそも何一つ間違ったことをしていない。ただ、あの家族に利用されただけだ。オスカーは眠り続けるクレアの頭を抱きかかえると、嗚咽の声を漏らした。
「クレアはいつだって俺の心を救ってくれるな。」
オスカーはそう言うとそっと眠るクレアの額にキスをした。
「君が目覚めるまで、ずっと待つよ。10年でも、20年でも、ずっと。そして、ありがとうって言わせて。」
その日からオスカーはクレアの傍を離れなかった。鍛錬も室内で行った。そして、デニスにお願い事をした。呼ばれたデニスは、オスカーの依頼に目を丸くし、そして微笑んで、承知しました、と言って下がった。数日後、部屋にはレモンの鉢植えが置かれた。ジルとクロリスが嬉々としてレモンの世話をした。葉を食べていた虫は、見つかり次第恐ろしい剣幕で窓から捨てられた。
ロターニャ王、ウォルター伯爵並びにその騎士団長イサークは、戦争を引き起こした外患誘致の罪により、そしてスタリオンの副騎士団長リナルドはスパイ行為により、処刑された。フレデリックは、甥である王太子チャールズの後見となった。元々フレデリックが父だったならと思い続けてきたチャールズは、即位するとフレデリックを立てて何事も相談し、国をよくするために努力すると誓った。
ロターニャから、フレデリックの反対勢力がなくなった瞬間だった。
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